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戦略なき自粛解除のツケ

2020.07.06 Mon

 

東京都知事選は、現職の小池百合子氏が圧勝しました。新型コロナウイルスの感染が心配されるなかでの選挙戦でしたが、選挙期間は、第1波の感染が収まった時期と重なりました。そのことが現職には幸いしたと思います。選挙期間の最後の1週間は、東京都内での感染者数が急増していました。もし、選挙期間がもう数週間、後ろにずれていれば、コロナ対策への不安と疑問もふえ、圧勝にはつながらなかったでしょう。

 

東京の感染者数のグラフ(7月4日集計分までのグラフ)を見れば、波の高さがどれだけになるかは不明ですが、第2波が到来したことは明らかです。緊急事態宣言や東京アラートを解除しながらも、第2波に対する国や都の備えが不十分だったわけで、戦略なきコロナ対策のほころびが早くも見えてきたということでしょう。

 

  • 「シーシュポスの神話」を書きかえるには

 

感染拡大の情報に接しながら、私はアルベール・カミュの作品で知ったギリシャ神話の「シーシュポスの岩」を思い出しました。神に背いた罰としてシーシュポスは巨大な岩を山頂まで上げるのですが、山頂の寸前で岩は再び転がり落ちてしまいます。これを永遠に繰り返さなければいけないという話です。

 

自粛要請で感染者が減ったので、自粛を解除すると、再び感染者がふえる、というありさまは、この神話そのままだと思ったのです。朝日新聞は7月4日の社説で、次のように東京都の無策を「戦略不在が広げる不安」と題して批判しています。

 

透けて見えるのは、再開したばかりの経済活動をとにかく維持したいという思いだ。政府も同様で、「もう誰も、緊急事態宣言とかやりたくないですよ」(西村康稔担当相)と言いながら、ではどうやって感染防止の要請と両立させていくのか、具体策を提示できないでいる。

 

当然の批判ですが、それならどんな具体策を提示すべきなのでしょうか。この社説は、残念ながら具体策は示していませんが、世界の先進国を見ると、徹底した検査で無症状を含めた感染者を洗い出して隔離する一方、経済活動は徐々に広げていくという方向になっています。

 

検査も、これまでのPCR検査だけでなく、抗体検査や抗原検査も加わっています。これらの組み合わせで、経済と感染防止の両立は可能になってきています。政府は具体策が思いつかないのではなく、それを実施する決断力がないのだと思います。

 

たとえば、「ステイホーム戦略の終わり」(5月20日)で提起しましたが、サンプル調査による抗体検査を地域や職域ごとに実施して、陽性率の高い地域や職域に対しては、全員のPCR検査を行う、といった方策を取れば、感染防止と経済活動の両立は可能だと思います。岩の上げ下ろしを永遠に繰り返す「シーシュポスの神話」を書きかえるのです。

 

  • 検査の公的負担が必要

 

いま、東京では、新宿や池袋など「夜の街」での感染拡大が大きな問題になっています。自治体は、ホストクラブなどに対して従業員らの検査を要請していると報じられています。しかし、こうした地域での安全度を高めようとするのなら、ホストなどに限らず、地域で商売をしている人たちや住民すべてを対象にした検査を実施すべきだと思います。

 

それには、お願いと言うだけではなく、検査費用の公的負担を考えるべきです。検査の拡充には費用がかかりますが、感染の拡大による経済損失の規模を考えれば、検査費用は高いものではありません。

 

現在の検査では、症状が出たり、保健所が濃厚接触者と認めたりした場合には、保険適用が認められますが、そうでない場合には、全額自己負担になっています。しかし、症状のない感染者も多く、そういう人たちも感染源になるというのが新型コロナの特徴ですから、首都圏や大阪のように、感染の広がりが程度認められる地域では、症状のない人も保険適用にすべきだと思います。

 

症状のない人に保険適用はなじまないというのであれば、保険適用と同じ個人負担を求めたうえで、国や地方自治体が保険適用分にあたる部分を負担する仕組みを考えるべきだと思います。1回の検査が数万円という検査を「お願い」ベースで強いるのは限界があります。

 

こうした方策を取らなければ、検査の拡充で、より安全な地域を拡大して、感染の不安を取り除くという「攻めの対策」はできないと思います。欧米も保険適用を含めた公的負担での検査を実施しているところが多いようです。日本は世界最大級のコロナ対策と言いながらも、肝心のところにはお金を使っていないのです。

 

  • 抗体検査の有効性

 

検査の充実という点で、PCRとともに、抗体検査の必要度が高まっていると思います。抗体検査は、地域などでの感染の広がりを疫学的に調べるのに有効だとされてきましたが、感染した場合の重症化する可能性を調べるのにも有効だということがわかってきたからです。

 

「ステイホーム戦略の終わり」で紹介したように、東京大学先端科学技術研究センターのプロジェクトリーダーである児玉龍彦氏は、日本の感染者に特異な現象として、感染後、すぐに現れるはずのIgM抗体よりも、あとで出現するはずのIgG抗体が先にふえる例が多いことを発見し、IgG抗体が先に出るのは、すでに何らかの抗体を持っていたからで、その抗体を持っていない感染者は、ほかのウイルス感染と同じようにIgMが先に出て、重症化の可能性が高い、と説明していました。

 

児玉氏は7月2日に日本記者クラブで行われた記者会見では、IgG抗体がIgM抗体よりも先に出現する理由について、次のように説明しています。

 

抗体には、初の感染ではIgMが先に上昇するが、2回目以降はIgGがすぐ上昇することが一般的である。国内感染例の多くではIgMよりもIgGの上昇が先に見られており、何らかの感染の記憶を持つ可能性が高い。東アジアの沿海部の国では、中国南部を中心にウイルス感染症が伝播した記録が多年にわたり存在する。交叉免疫が感染の広がりを一定に抑えている可能性がある。

 

東アジアの沿岸では、SARSやMRAS、風邪コロナなど、今回の新型コロナと同じ様な性質を持つコロナファミリーによる感染症が流行していたため、それらに感染したことのある人々は、その記憶が新型コロナの毒性を中和させるIgG抗体を呼び起こすというわけです。風邪コロナで体内に記憶された免疫が別のコロナである新型コロナにも有効だというのが「交叉免疫」ですが、児玉氏によると、今回のコロナでの交叉免疫については、仮説ではなく実証段階にあると説明していました。児玉氏の日本記者クラブでの会見は、下記で視聴することができます。

 

https://www.jnpc.or.jp/archive/conferences/35679/report

 

また、「交叉免疫」について、最新の情報も含めてわかりやすく書かれている記事を見つけました。『WIRED』のネットメディアに寄稿しているジャーナリスト、秋山沙奈江氏の「『普通の風邪』による免疫が新型コロナウイルスを撃退する?新たな研究結果が意味すること」(2020年5月31日)です。

https://wired.jp/2020/05/31/cross-reactive-t-cells/

 

感染第2波の広がりは、待ったなしの状況です。個人へのお願いだけではなく、科学的な知見を踏まえた具体策の実行を切に望みます。

(冒頭の写真は、独ミュンヘンの州立古代美術博物館所蔵の岩を持ち上げるシーシポスが描かれた陶器)


この記事のコメント

  1. KG小林 より:

    PCR検査を拡充するには電通に丸投げしてしまえば,一気に話は進むように思います.費用が中抜きされて,そのカネがどういうふうに回るか存じませんが(容易に推測できますが言わぬが花でしょう)自民党・公明党の皆さんは,俄然,やる気が起こるように思います.半分冗談ですが,国民に不誠実で無策な現政権だったらありうることかと…

  2. 高成田 享 より:

    以前は、政権党と財界との癒着なんて言葉がよくいわれましたが、最近は政権と政商とのお友だち関係、という言葉に取って代わられたようで…。

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