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備忘録(9)中国のウクライナ和平提案

2023.02.25 Sat

ロシアによるウクライナ侵攻から1年となる2月24日、中国外交部(外務省)はウェブサイトで、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題した12項目の和平提案をしました。具体性がなく実現性は乏しいと西側諸国の反応は冷淡ですが、中国はロシアとウクライナの双方が真剣に耳を傾ける存在です。この戦争で、中国が仲介役に乗り出した意味は大きいと思います。

 

人民網(中国共産党の機関紙「人民日報」のネット版)日本語版によると、12項目は①各国の主権の尊重②冷戦思考の放棄③停戦④和平交渉の開始⑤人道的危機の解消⑥民間人や捕虜の保護⑦原子力発電所の安全確保⑧戦略的リスクの提言⑨食糧の外国への輸送の保障⑩一方的制裁の停止⑪産業・サプライチェーンの安定確保⑫戦後復興の推進、となっています。①の要旨は、以下の通りですが、これはロシアのウクライナ侵攻を否定するもので、ロシアには厳しい内容だと思われます。

 

「各国の主権の尊重。国連憲章の趣旨と原則を含む、広く認められた国際法は厳格に遵守されるべきであり、各国の主権、独立、及び領土的一体性はいずれも適切に保障されるべきだ」

 

ロシアのプーチン大統領がこの提案に従って、素直に兵を退けるとは思えませんが、中国提案はロシアに配慮したと思われる項目もあります。それは②冷戦思考の放棄と⑩一方的制裁の停止、です。それぞれの要旨は次のようになっています。

 

「冷戦思考の放棄。一国の安全が他国の安全を損なうことを代償とすることがあってはならず、地域の安全が軍事ブロックの強化、さらには拡張によって保障されることはない。各国の安全保障上の理にかなった利益と懸念は、いずれも重視され、適切に解決されるべきだ」

 

「一方的制裁の停止。国連安保理の承認を経ていないいかなる一方的制裁にも反対する」

 

冷戦思考の放棄は、NATOによるロシア包囲というロシアの懸念に対する配慮で、ウクライナのNATO加盟を断念させるという意味でしょう。また、一方的制裁の停止は、ロシアの経済的な発展を妨げる西側諸国による制裁を解除させるという狙いとともに、中国に課せられている米国の経済制裁も不当だという主張でしょう。

 

この中国の和平提案に対して、ウクライナのゼレンスキー大統領は記者会見で、中国提案について協議するため、習近平主席との会談を計画していると述べました。ロシア軍のウクライナからの完全撤退が含まれていないとして、「提案としては考えていない」としながらも、この提案に沿った和平交渉に関心を示したのは明らかです。ロシア側の反応は明らかではありませんが、22日にモスクワでプーチン大統領と会談した中国の王毅・外交担当国務委員がこの提案を説明したのは確実で、この会談でプーチン氏が習近平主席の「ロシアへの訪問を待っている」と述べたのは、習主席が和平交渉に乗り出すことへの期待とも考えられます。

 

米国はこのところ、中国がロシアに武器供与するとの「情報」を示し、中国の動きをけん制していますが、中国の狙いは、ロシア支援ではなく、停戦なのかもしれません。これまでウクライナ和平については沈黙してきた中国が動き出したのは、戦況が膠着状態にあり、ロシアの継争能力に限界が見えてきた一方、西側諸国にもウクライナへの「支援疲れ」が出てきている、といった情勢判断があったからでしょう。

 

ロシアもウクライナもいま、「春季攻勢」に口にしています。ロシアは航空戦力を投じるとともに、動員で増強した地上軍で再びウクライナ全土を攻撃するとの情報も流れています。一方、ウクライナも米欧から供与された最新の戦車を使って、南部2州と東部2州のロシア軍を分断して南部のロシア軍を孤立させたうえで、東部に展開するロシア軍をウクライナ領土から追い出す作戦を展開するといわれています。

 

このままだと春には、天下分け目の関ケ原の戦い(1600年)と言うと、日本でしか通じませんから、日露戦争を決することになった奉天会戦(1905年)と比較されるような大会戦がウクライナの平原で起きるかもしれません。これまでとは比べようもない大規模な戦いが予想されるわけで、中国の提案はそれを避けようということかもしれません。中国提案の③停戦の要旨は下記の通りで、大会戦による「制御不能」を想定すると、なかなか含蓄があるように思えます。

 

「停戦。各国は理性と自制を保ち、火に油を注がず、対立を激化させず、ウクライナ危機の一層の悪化、さらには制御不能化を回避し、ロシアとウクライナが向き合って進み、早急に直接対話を再開し、情勢の緩和を一歩一歩推し進め、最終的に全面的な停戦を達成することを支持するべきだ」

 

欧米からすれば、中国においしいところを持っていかれる、という懸念があると思いますが、中国提案はウクライナ和平のプロセスとして過小評価できないと思います。

 

(冒頭の写真は、ロシアの侵攻から1年を迎えた2月24日のゼレンスキー大統領のツイッター。「2023年は我々の勝利の年となる」と結んでいます)

 


この記事のコメント

  1. KGK より:

    中国でなくて,永世中立を謳うスイスとか,一応言論の自由がある地域大国のインド・ブラジル・南アフリカなどの提案であれば,高成田さんの言われるように「過小評価できない」と思います.しかしながら,戦狼外交を繰り返し,チベット・ウイグルを弾圧し,香港の一国二制度を形骸化し,ハイテクで人民監視を行ない,国家情報法でスパイ網を全国民に広げ,外国との合弁企業には技術移転を強要し,南シナ海に無理やり領海を拡げようとし,台湾への武力侵攻の可能性を隠そうともしない,そんな「覇権国家」の提案を額面通りに受け取ることは困難です.とはいえ死者が一人も出ない日を迎えるためには,仲介役が必須なので,中国単独ではない複数国の有志連合(例えば,国連安保理の非常任理事国の内,ロシアに経済制裁していない国々)が停戦交渉に乗り出すのがウクライナ・ロシアの双方が受け入れ易いような気がします.

  2. 高成田 享 より:

    和平の仲介者としては、スイスとか北欧がふさわしいと思います。中国に対する評価はKGKさんの意見に同意します。ただ、プーチンもゼレンスキーも習近平と会いたいと言っているわけで、お互いをテーブルに着かせる力があるのは現時点では習近平ではないかと思います。欧米からすれば、トンビに油揚げみたいな話ですが、その力は過小評価できないと思うのです。

  3. 春は遠く より:

    覇権に拘り利を得ている国家が他国の主権を操って代理戦争を遂行している。中国のこの提案には理があります。すでに9年間あまり継続しているドンバスでの戦闘が決着すればロシアは停戦へ向かうでしょう。もちろん、対する国々はまた妨害するでしょう。これも、いわゆるビジネスですか。主権とは国家権力のことではなく、ひとり一人の生きる権利のことでしょう。戦争をする者も、戦争を手助けする者も、戦争に資金や武器を与える者も、みな人権を侵害する侵略者でしょう。

  4. 高成田 享 より:

    大会戦の前哨戦ともいえそうなバフムートをめぐる攻防戦が続いています。中国は全人代が開かれたこともあり、「和平提案」後の動きはありませんが、ご指摘のようにドンバスでの戦闘が膠着状態も含め、「決着」すれば、朝鮮戦争型での停戦が見えてくるような気がします。

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