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原発の再稼働を越えて「大きなテーマ」が問われた

2016.10.18 Tue

新潟県の知事選挙で野党3党の推薦を受けた米山隆一氏(医師、弁護士)が、自民党と公明党が推薦した森民夫氏(前長岡市長)を破って当選しました。米山氏の立候補表明は告示の6日前。一方の森氏は自民、公明の推薦に加えて連合新潟の支持も得て、早くから事実上の選挙戦を展開していました。各政党のいわゆる「基礎票」だけをみれば、誰がみても「森氏の楽勝」のはずでした。

選挙結果は、そうした事前の予想を覆しました。何が起きたのか。新聞各社が投票直後に実施した出口調査をみれば、それは明らかです。新潟県の柏崎刈羽(かりわ)原発の再稼働には有権者の6割が反対しています。普段、自民と公明を支持している有権者のかなりの部分が再稼働に反対する米山氏に投票したのです。「政党の基礎票をもとに考える」という従来の政治手法、選挙分析そのものが「大きなテーマ」が争点になった場合には役に立たないということを示しています。

 当選後に米山氏が発したメッセージは実に明快でした。彼は「原発再稼働に関しては、皆さんの命と暮らしを守れない現状で認めることはできない」と明言したのです。新潟県知事選は、原発の再稼働の是非という問題を越えて、実は「私たちの命と暮らしをどう守り、これからどのような道を切り開いていくのか」というより大きなテーマが問われた選挙だったのではないか。

新聞各紙は「柏崎刈羽原発の再稼働が遠のけば、東京電力の経営再建が危うくなり、日本のエネルギー政策そのものが揺らぐ」といった解説記事を載せました。もちろん、そうしたことも重要なことですが、世の中には経済の効率や発電のコストよりもっと重要なことがあります。それは「私たちはどのような社会、どのような未来を望むのか」ということです。

原子力発電について、政府与党も経済産業省も電力各社もずっと「日本では炉心溶融のような過酷事故はあり得ない」と言ってきました。「だから、広域の避難計画は必要ない」と主張してきました。そうした説明はすべて虚偽でした。しかも、そのように説明してきたことを心から謝罪し、進むべき道を根本から考え直そうとする政治家、官僚、経済人はほとんどいません。

 福島の原発事故の検証もまともにせず、放射性廃棄物をどう処理するかの目途も立たないのに、原発の再稼働と輸出にしゃかりきになる政治家、官僚、財界人。誰も責任を取ろうとしない。誰も改めようとしない。そんな政治でいいのか。そんな社会でいいのか。新潟県の有権者は「いいわけがない」という強烈なメッセージを発した、と言うべきでしょう。

 メディアは、日本のエネルギー政策や電力供給、経済全体への影響という面からの分析に力を入れがちです。もちろんそれも必要ですが、一人ひとりの心の在り様、未来への眼差しは実はもっと「大きなテーマ」なのではないか。それを的確に伝える記事が少なかったことに寂しさを感じたのは私だけでしょうか。

 心に浮かぶのは福島県の飯舘(いいたて)村の光景です。私が初めてこの村を訪れたのは2007年の晩秋のことでした。日本の町や村に残る伝統や文化に触れ、その魅力をあらためて見出すことを目指す「日本再発見塾」がこの村で開かれると知り、参加しました。飯舘は阿武隈山系の高原に広がる人口6000人ほどの小さな村ですが、高原の地形と気候を活かして畜産や野菜・花卉(かき)の栽培に取り組む元気な村でした。

 1989年に「一番きつい立場にある嫁を海外旅行に送り出す」という試みを始めた村としても知られています。「若妻の翼」と名付けられたこの事業は、稲刈りの準備が始まる初秋に行われました。「若い女性たちがどれだけ大きな役割を果たしているか。一番忙しい時期に送り出すことで分かってほしかった」と、当時の村長は語っています。19人がヨーロッパに旅立ち、その体験を綴った『天翔けた19妻の田舎もん』は、地域おこしに取り組む人々を大いに勇気づけました。

5年前の福島原発事故で放射能に汚染され、この村が全村避難に追い込まれたことはご承知の通りです。苦しい中で、村民が力を合わせて取り組んできた様々な試みはすべて吹き飛ばされてしまいました。日本再発見塾に参加した時、私が宿泊させていただいた藤井富男さんの家族も住み慣れた土地を追われ、福島市のアパートで避難生活を始めました。事故の翌年、人影が消えた飯舘村を歩き、その帰りに藤井さんの避難先を訪ねました。「畑に出られなくなって、父ちゃんは元気ないです」と嘆いていました。

 原発事故は数万、数十万の人たちに藤井さんの家族と同じ苦しみを与え、今も与え続けています。それは避難に伴う補償金をいくら積もうと、償えるものではありません。福島から多くの避難者を受け入れ、支えてきた近隣の宮城や山形、新潟の人たちはその悲しみを肌で知り、一人ひとりが「原発って何なんだろう」とずっと考えてきたのです。その思いは、安全な東京で机に座って「エネルギー政策はどうあるべきか」とか「発電コストはどのくらいか」などと頭をひねっている政治家や官僚より、もっと切実なのです。

 せつないのは、この国にはそうした思いを受けとめる政党が見当たらないことです。自民党や公明党は現世利益にしがみつき、そっぽを向いています。民進党は今回の新潟県知事選で自主投票という名の「逃亡」をしました。終盤にドタバタと、蓮舫代表が米山氏の応援に駆けつけても「逃亡」の烙印は消せません。「大きなテーマ」に出くわすたびに、この政党はバラバラになって逃げ出してしまうのです。

米山氏を推薦した3党はどうか。共産主義の実現を目指す政党に私たちの未来を託すことができるでしょうか。自由党? 代表の小沢一郎氏は東日本大震災と福島の原発事故で人々が苦しんでいる時に、被災地を訪ねるどころか東京から逃げ出す算段をしていた政治家です。社民党は「過去の政党」。私たちの思いを掬い取ってくれる政党はどこにも見当たりません。多くの人が深い悲しみをもって、投票所に足を運んだのではないか。

 

≪参考文献&サイト≫

◎ウィキペディア「米山隆一」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E5%B1%B1%E9%9A%86%E4%B8%80_(%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%B6)

◎米山隆一氏の公式サイト

http://www.yoneyamaryuichi.com/profile.html

◎『飯舘村は負けない』(千葉悦子、松野光伸、岩波新書)

◎「日本再発見塾」の公式サイト

http://www.e-janaika.com/index.html

 

≪写真説明とSource

◎新潟県知事選で当選した米山隆一氏

http://togetter.com/li/1037751

 


この記事のコメント

  1. 国民 より:

    何を言ってるのですか?「せつない」などと嘆いている場合ではありません!民主主義は私達が作る社会です。政治家を動かすのは、私達国民です。政治家は私達の代表ですので私達がしっかりしよう。ボトムアップにしましょう!頑張りましょうね!

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