大手メディアが伝えない情報の意味を読み解く
情報屋台
社会
国際
からだ

新型コロナが炙り出した それぞれの国の光と影

2020.03.30 Mon

そもそも、生物とは何か。現代の科学では「細胞とそれを包む細胞膜を持つもの」と定義されている。

あらゆる生物は、細胞の形態や構造によって「細菌」と「古細菌」、「真核生物」の三つに分類される。動物も植物も真核生物の一種である。ウイルスはそのどれにも含まれない。細胞も細胞膜もないからだ。遺伝情報を含む核酸とそれを取り囲むタンパク質で構成される「微小な粒子」なのだという。

「ちょっと待て」と言いたくなる。新型コロナウイルスの猛威にさらされ、右往左往している人間から見れば、ウイルスはどう見ても「生きている」。生きて我々に取り付き、ものすごい勢いで増殖しているではないか、と。

それでも、生物学者の多くは「ウイルスは生物である」とは認めない。ネット上の百科事典「ウィキペディア」のウイルスの項には「生物と非生物、両方の特性を持つ」と書いてある。理解不能である。

ウイルスは「生命とは何か」というテーマにも関わる、深い謎を秘めた存在のようだ。世界はいまだ多くの謎に満ちている、と言うしかない。

その謎の一つが中国の武漢で突然変異を起こし、中国から日本を含む周辺国、そして世界に広がった。人々をおののかせ、政治家を悩ませ、世界経済の屋台骨を揺さぶるに至った。

新型コロナウイルスの感染拡大に、それぞれの国はどう対処したのか。それを追っていくと、その国の光と影が炙(あぶ)り出され、見えてくる。

このウイルスの存在に最初に気付いたのは武漢の李文亮(リーウェンリアン)医師たちだった。昨年末、「新しいタイプのコロナウイルスの感染が確認された」として、同僚の医師らにSNS(交流サイト)で患者の症状や肺のCT検査データを伝え、注意を喚起した。

ところが、それがネットで広がると、武漢市の公安局(警察)は「デマを流した」として李医師らを訓戒処分にし、国内メディアも「悪質なデマ」と報じた。処分を受けた後も、彼は患者の治療にあたっていたが、自らもウイルスに感染し、身重の妻を残して33歳で死去した。

亡くなる前、李医師はインタビューに応え、「健全な社会には一つだけでなく、様々な声があるべきだ」と語った。穏やかな表現の中に「自由がない国」への痛烈な批判を読み取ることができる。こうした初期の硬直した対応が中国での感染爆発を引き起こした。

もっとも、初期の失態に気付いた後の中国共産党の対応は「断固たるもの」だった。武漢市全体を封鎖し、全国から医師や看護師を動員して送り込んだ。さらに、軍隊を使って仮設の隔離病棟をたちまち完成させた。

中国には「土地の所有権」というものはない。土地はすべて国家のものであり、個人や企業には利用権が与えられているだけだ。このため、必要になれば、すぐに土地を収用できる。仮設の隔離病棟を短期間で建設できたのも、簡単な手続きで必要な土地を確保できるからだ。

この土地収用の簡便さは「腐敗の温床」の一つになっている。改革開放路線が始まってから、企業が次々に設立され、中国は「世界の工場」と呼ばれるようになったが、その過程で「金もうけに目がくらんだ共産党幹部と起業家」が農民や住民を追い出し、土地を強奪する事件が頻発している。中国にはその不正を告発し、正す自由がない。

腐敗はとめどなく広がり、暴動や流血事件となって噴き出している。その実態を赤裸々に描いたのが『中国の闇 マフィア化する政治』(何清漣、扶桑社)という本だ。著者は米国に逃れ、「共産党幹部が黒社会を束ね、あるいは黒社会の幹部が要職に就いて暴虐の限りを尽くしている」と、実名を挙げて告発している。

その中国での感染拡大はピークを越え、パンデミック(世界的大流行)の震源は欧米に移った。その中でも深刻なのがイタリアである。

新型コロナによるイタリアの死者は3月中旬には中国を上回った。最初の死者が確認されてから3週間余りで3000人を超えており、初期の段階で事態を甘く見て警戒を怠ったことがうかがえる。

医師や看護師が身に付けるマスクや防護服が足りない。肺炎を発症した患者を救うために必要な人工呼吸器も集中治療の設備も不足しているという。初期対応の失敗に加えて、こうした医療体制の脆弱さが事態を悪化させている。

欧州連合(EU)の創設メンバーでありながら、イタリアはずっと「財政の劣等生」として扱われてきた。豊かな北部と貧しい南部、競争力のある一握りの大企業と膨大な数の零細企業、恵まれた公務員と不安定な雇用に甘んじなければならない民衆・・・。イタリアはそうした様々な「二重構造」を抱えながら、政府が借金を重ねてしのいできた。

昨年の6月、欧州委員会は「イタリアの財政状況はEUの基準から逸脱している」として、「制裁手続きに入ることが正当化される」との報告書を公表した。「政府は支出を抑え、増税に踏み切れ」と圧力をかけたのである。それに応えるため、イタリアでは医療や福祉の予算が削られ、医師の国外への流出も起きていた。

新型コロナは、そんな悶え苦しむイタリアを襲った。防護服が足りない病院では透明なゴミ袋を加工して使い、長時間勤務で疲れ切った看護師は机につっぷしたまま寝込んでしまう。そうした映像がネットで流れ、「医療崩壊寸前」と報じられている。

外出を控えて自宅にとどまるよう求められた住民たちは、フェイスブックなどのSNSで「治療に取り組む人たちを励まそう」と呼びかけ始めた。ベランダに一人、また一人と姿を現し、声を合わせて歌い出す様子がテレビで流れた。さすが「芸術と文化の国」である。

人様のことはこれくらいにして、わが国の光と影を考えてみたい。

新型コロナの侵入を水際で食い止めることを目指した初期対応は無残なものだった。横浜港の桟橋に係留された豪華クルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号は「巨大なウイルス培養器」と化してしまった。

厚生労働省が対策の中心になったからである。感染を防止するため、客船には厚労省の職員や災害派遣医療チーム、自衛隊の隊員らが送り込まれたが、指揮系統がバラバラで、厚労省にはそれを統率する力がなく、対応も不適切だった。

薬害エイズの経緯を振り返ってみれば明らかなように、この役所は医療や製薬の権益がからむことには必死で取り組む。けれども、「国民の命と健康を守るために何を為すべきか」を真剣に考える人が少なすぎる。ゆえに、危機に対応する能力がない。

クルーズ船の惨状を見て、安倍晋三首相も腹をくくったのだろう。その後は、厚労省の幹部ではなく、感染症の専門家の意見に耳を傾けるようになった。その専門家の一人、川崎市健康安全研究所長の岡部信彦氏は朝日新聞(3月18日付)のインタビューに応えて、こう語っている。

「私は医療がある程度保たれていれば、致死率はそんなに高くならないのではと思っています。重症になる人ができるだけきちんとした医療を受けられるようにしておくことが大事で、それができれば日本での致死率は1%前後で収まるのではないでしょうか」

「データに基づいて、最終的には一つの方向性を出していかなければならないと考えています。無症状の人からうつったという論文も出てきているので、パーフェクトな『封じ込め』は不可能です。それでも社会活動を止めて『封じ込め』を追求するのか、ある程度の流行を前提に重症者・死亡者数の減少、最小の社会的被害に抑える方向にかじを切るのか」

説得力のある考え方である。新型コロナと普通のインフルエンザの大きな違いは、前者には特効薬がなく、予防のためのワクチンもないことだ。そのため、不安が広がっているが、手立てを講じて感染の爆発を防ぎ、医療体制を維持し続ければ、なんとか乗り切ることができるはずだ。

幸いなことに、私たちの国には献身的な医師や看護師、医療従事者がたくさんいる。介護や福祉の現場も踏ん張っている。彼らを支えつつ、社会的なダメージや経済的な損失をできるだけ小さくするために何を為すべきか。指導者も私たち一人ひとりも、これからそれを問われることになる。

新型コロナで炙り出された「日本の闇」は何か。私は「マスク不足」にそれを感じる。安倍政権は「マスクの増産をお願いしている」「増産する企業には財政的な支援をする」と何度も表明したが、マスクはいまだに不足している。

しかも、政治家は「マスクの増産」は口にするが、「マスクの供給がどうなっているか」については語らない。語れないのだろう。日本の政府にはマスクの供給状況についての信頼できるデータがないのではないか、と疑っている。

日本政府の情報技術(IT)対応は、信じられないほど遅れている。各省庁がバラバラに情報機器とソフトを導入した。それどころか、一つの省庁の中でも部局によってシステムが異なる。情報を共有したくてもできない状況にある。貴重なデータを連携して活用するすべもない。

政府からの補助金に頼って仕事をしてきた都道府県も右ならえ、である。私は「山形県の知事部局のシステム」について情報公開を求めた。その結果、出てきた文書を見て仰天した。78ものシステムがただ羅列してあったからだ。どのシステムを基幹にして、どのような態勢を築くのか。基本構想がまるで分からない。そもそも、構想がないのだろう。

日本と対照的なのが台湾だ。4年前に発足した蔡英文(ツァイインウェン)政権は、「台湾IT十傑」の一人とされる唐鳳(タンフォン)氏をデジタル担当相に抜擢した。当時、35歳。歴代最年少での入閣だった。

この人物が今回の新型コロナ対策で縦横無尽の活躍を見せた。1月末からマスクの管理に乗り出し、どのように流通しているかネットで公開した。民間のアプリを使えば、自分の地域のどの薬局にマスクがあるか、スマホで誰でも見られるようになった。

マスクを配給制にし、住民はICチップ入りの健康保険カードを示せば、確実にマスクを手にすることができる。3月末からは、スマホで予約すればコンビニで受け取れるシステムも動き出す。世界最先端の取り組みと言っていい。

唐鳳氏は「中国と台湾は距離的に近くても価値観は正反対だ」と言う。中国は民衆を監視し、管理するためにITを利用する。これに対し、台湾は政府を監視し、開かれた社会をつくるために活用するのだ、と。「徹底的な透明性」を唱え、理念でも最先端を行く。

わが日本のIT担当相は誰か。大阪選出の竹本直一(なおかず)代議士である。「入閣待望組」の一人で、昨年9月の内閣改造の際、78歳で初めて閣僚になった。最高齢での初入閣だった。

おまけにこの時、竹本氏の公式サイトは「ロックされて閲覧不能」になっていた。記者会見でその理由を問われ、竹本氏は「なぜロックされているのかよく分からない」と答え、失笑を買った。

日本と台湾のIT担当相の、この絶望的なまでの格差。それはそのまま、日本の政治と行政のIT化がいかに絶望的な状況にあるかを示している。次の世代のことを考えると、私にはこちらの方が新型コロナウイルスより、はるかに恐ろしい。

 

*このコラムは月刊『素晴らしい山形』の2020年4月号に寄稿した文章を若干手直しして転載したものです。

 

≪写真説明&Source≫

◎新型コロナウイルス(テレビ朝日のサイト)

https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000178040.html

 

≪参考文献・記事&サイト≫  *ウィキペディアのURLは省略

◎ウィキペディアの「細菌」「古細菌」「真核生物」「ウイルス」

◎コロナウイルスの基礎知識(国立感染症研究所)

https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/9303-coronavirus.html

◎ウィキペディアの「李文亮」

◎李文亮の名言「今週の防災格言634」

https://shisokuyubi.com/bousai-kakugen/index-795

◎『中国の闇 マフィア化する政治』(何清漣、扶桑社)

◎「イタリア制裁手続き入り『正当化』」(日本経済新聞2019年6月5日)

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45727360V00C19A6FF2000/

◎「イタリア財政危機の構造と制度改革」(経済企画庁経済研究所)

http://www.esri.go.jp/jp/archive/bun/bun094/bun94a.pdf

◎「新型コロナ 緊急事態宣言は必要か」(朝日新聞2020年3月18日付)

◎ウィキペディアの「唐鳳」「竹本直一」

◎Wikipedia 「Audrey Tang」

https://en.wikipedia.org/wiki/Audrey_Tang

◎「台湾のコロナ政策 奏功」(朝日新聞2020年3月7日付)

◎「パンデミック 世界はいま」(朝日新聞2020年3月21日付)

◎月刊『選択』2020年3月号の新型コロナ関連記事

 


コメントする

内容をご確認の上、送信してください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

社会 | 国際 | からだの関連記事

Top