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ステイホーム戦略の終わり

2020.05.30 Sat

非常事態宣言が全面解除され、通勤電車の混雑も繁華街の活気も徐々に戻っているようです。安倍首相は、宣言解除の記者会見(5月25日)で、「日本ならではのやり方で、わずか1か月半で、今回の流行をほぼ終息させることができた」と胸を張りました。しかし、自粛によるステイホームという日本モデルで、収束(官邸は「終息」ですが、私は「収束」とします)したのであれば、宣言解除でアウト・オブ・ホームになれば、感染はすぐにぶり返すのではないでしょうか。

 

現に北九州市では、4月末からほぼ3週間にわたって感染者ゼロの日が続いていましたが、5月23日以来、連続して感染者が出たため、28日から小倉城などの公共施設を休館にしました。小倉城は26日におよそ3か月ぶりに開館したばかりだったそうで、つかの間の再開になってしまいました。東京の感染者数が増えてきたのも気になります。

 

新型コロナとのお付き合いがはじまって5か月余り、このウイルスの性質や対処法も、だいぶわかってきました。また、ステイホーム戦略が経済的には大きなダメージを国民経済に与えることも実感したところです。そうなると、ステイホームに代わる新たな戦略を進める必要が出てきたと思います。

 

これまでの発熱など発症者を見つけて、隔離するという方法では、発症しない人が多く、その人たちも感染源になる今回のコロナに対応できないことは、はっきりしています。どうすればいいのか。結論は明白で、無症状の人を含めて感染者を見つけて、その人を何らかの形で隔離し、ほかの人たちは普通の日常生活を送る、ということです。そのためには検査しかありません。

 

世界の多くの国で、PCR検査を拡大させているのは、都市封鎖(ロックダウン)ではなく、できるだけ多くの人を検査して、陽性者を隔離する、という戦略に切り替えているからでしょう。もちろん、爆発的な感染が迫っている場合には、強制でも自粛でもステイホームに戻ることが必要です。しかし、そうでない場合には、非感染者を家に留めるのではなく、感染者を家やホテルや病院に留めることにしなければ、経済が持たない、ということになります。

 

日本は、PCR検査をふやせば、潜在的な感染者を含め、多くの感染者を発見することになり、大量の感染者の隔離によって、病院のベッドはあふれ、医療が崩壊する、という理由で、PCR検査を極端に抑制してきました。その結果、医療崩壊は防げたかもしれませんが、なかなか検査を受けられずに重症化する感染者を救うことができませんでした。

 

政府は、以前に比べれば、「検査の拡充」にだいぶ力を入れるようになりましたが、検査によって、日常を取り戻すという発想にはまだなっていないようです。安倍首相は前述の会見でも、三密を避けたり、手洗いを励行したりといった「新しい生活用式」を続ければ、最悪の事態は避けられると語っています。感染者の発見についても、クラスター対策を強化するとして、濃厚接触の可能性を通知するアプリの導入を提案していました。

 

たしかにクラスター対策は必要です。しかし、発症者を追う戦略をとっているだけでは、サイレントキャリアと呼ばれる無発症の感染者を見逃すことになり、感染拡大の可能性は消えません。非常事態宣言の前と後とで、政府の戦略はあまり変わっていなように思えます。成り行きまかせ、といっては言い過ぎでしょうか。

 

プロサッカーリーグの無観客による再開を決めたドイツは、すべての選手らにPCR検査を義務付けています。プレーグラウンドにいる人たちは、すべて感染していないとようにする、という考え方です。これを社会全体にあてはめることはできないでしょうか。地域グラウンドも、学校グラウンドも、ビジネスグラウンドも、そこに参加している人たちを検査によって非感染という状態にする。これが、それぞれのグラウンドで安心してプレーできる政策だと思います。

 

日本は検査体制でも世界の大勢から周回遅れになりましたが、規制解除後の大勢でも周回遅れになりそうです。このままでは、国際交流の体制でも後れをとり、オリンピックがはかない夢に終わってしまいます。

 

新型コロナで使われている検査は、PCR検査だけではありません。新型コロナウイルスが変化させたタンパク質である抗原の有無を調べる抗原検査、抗原を除去しようとするタンパク質である抗体の有無を調べる抗体検査も開発されています。こうした検査を戦略的に使えば、効率的な検査体制を整えることができると思います。とくに、抗体検査は、どの地域で感染が広まっていたかといった疫学的なデータを得るのに有効です。

 

全国民にPCR検査というのが理想的かもしれませんが、物理的にも経済的にも、すぐには実現できないでしょう。より現実的な検査体制としては、①医療機関、教育機関、福祉・介護施設、警察官などライフラインの従事者全員のPCR検査を段階的、定期的に実施する仕組みをつくる、②感染が広まっている地域を見つけるため、サンプル調査による抗体検査を地域や職域ごとに実施して、陽性者が多い地域や職域では、全員のPCR検査を実施する、③PCR検査よりも結果判定が早い抗原検査は、救急搬送時などに使う、といった方策が考えられます。

 

検査なくして新しい日常なしだと思いますが、検査に消極的だった感染症学会の幹部が政府のコロナ政策を仕切っている以上、検査体制を前提とするような社会にはすぐにならないでしょう。

 

そうなると、「新しい日常」についても、考え直す必要があると思います。東京や大阪などの自治体は、独自の基準で、休業や閉館の解除を決めています。それも大事だと思いますが、もっとも心配するのは、夜の会食です。職場の仲間たちが夜の街に繰り出せば、口角泡を飛ばす議論になったり、大皿の料理を直箸でつまんだりすることになるでしょう。最近の知見によると、新型コロナは、唾液中にたくさん存在するようで、会食のリスクは、満員電車よりもずっと高いのではないでしょうか。

 

きれい好き、握手ではなくおじぎ、家の中では靴を脱ぐなど、日本人の文化的特性が新型コロナの蔓延を低く抑える要因になったと言われています。しかし、群れたがる、という日本人の特性がクラスター発生のリスクを抱えていることも忘れるわけにはいきません。

 

もうひとつ、今後のコロナ戦略を考えるうえで大事なのは、日本人の感染者や死者数が欧米に比べて低い要因を突き止めることです。京都大学の山中伸弥教授は「ファクターX」という言葉を使っていましたが、これがわかれば、日本の戦略もずいぶんと違ってくると思います。

 

ある程度流行した感染症は、ある集団が感染症にかかるか、ワクチン接種によって抗体ができるまで、感染は終わらないといわれています。「集団免疫」という考え方で、ロックダウンや自粛によるホームステイ作戦によって、短期的な流行の波を抑えることができても、規制を緩めれば、再び感染者は増加する、という繰り返しが集団面記の獲得まで続くということです。

 

これまで日本で行われた抗体検査は、サンプル数が少なかったり、精度が疑われたりで、明確な数字が出ていませんが、いろいろなデータを見ると、感染が広げっていた東京でも数パーセントという程度だと見られています。新型コロナで集団免疫を獲得するには、60~70%が必要といわれているので、ワクチンが開発されない限り、日本が集団免疫を獲得するには何年もかかるということになります。

 

しかし、文化的特性ではないファクターXが存在すれば、その分を考慮しながら対策をとることができます。一時、BCGの摂取がファクターXの有力候補になりました。現在も消えたわけではありません。

 

東京大学先端科学技術研究センターのプロジェクトリーダーである児玉龍彦氏が仮設として提起しているのは、21世紀に入ってから主に東アジアの人々が感染した「コロナX」があって、そのときに獲得したウイルス抗体が今回の新型コロナウイルスに対しても、感染を防いだり、感染しても重症化するのを防いだりしいるのではないかというものです。

 

児玉氏の仮説は、Youtubeメディアの「デモクラタイムス」で、解説されているので、詳しくはそれを見ていただきたいのですが、以下の説明は、私なりの理解ということになります。

 

https://www.youtube.com/watch?v=8crwEQN_DbA

 

まず、人口当たりの新型コロナの死亡者数です。下のグラフ(データはOur World in Dara)をみると、欧米(イタリアと米国)に比べて、東アジアの台湾、中国、韓国、日本)の死亡者数が低いことがわかります。グラフは、死亡者数の縦軸が対数になっているので、普通のグラフにすれば、比較できないほどの差が出ています。これを見れば、「日本モデル」の成功とは、というよりも、東アジアに特有な現象が起きていることになります。

児玉氏は、抗体検査でも、日本の感染者に特異な現象が現れていると語っています。抗体にはいろいろな種類があり、HIVのようなウイルスであれば、最初にIgM抗体がふえて次にIgG抗体がふえるのですが、日本の新型コロナ感染者の場合、IgG抗体が先にふえる感染者が多く、IgM抗体が先にふえる感染者の場合、重症化することが多い、というのです。(下図は、児玉氏がYoutubeで示した図をコピーしたもの)

児玉氏は、IgGが先に出るのは、すでに何らかの抗体を持っていたからで、その抗体を持っていない感染者は、ほかのウイルス感染と同じようにIgMが先に出て、重症化の可能性が高い、と考えると、新型コロナの抗体検査における特異な現象の説明がつくと言います。

 

BCGであれ、コロナXであれ、ファクターXが特定できれば、集団免疫の獲得水準を欧米よりも低いところで考えることができるかもしれません。また、IgMとIgGの現れ方の差は、抗体検査が疫学的なデータだけではなく、個人の治療に役立つデータになるかもしれません。

 

ここまで日本が爆発的な感染から免れてきたのは、ファクターXのおかげかもしれませんが、ウイルスは日々進化しているそうですから、第2波、第3波にも、それが効くかどうかはわかりません。ブレーキペダルの調整に頼るのではなく、いろいろな検査を組み合わせた戦略的対応が必要な時期に来ていると思います。

 

(冒頭の紙面は、朝日新聞5月27日付けの福岡・北九州版)


この記事のコメント

  1. 松本直次 より:

    確かにこの感染症は不思議な流行をしています。致死率が高く、人口当たりの感染者数・死者数が多いのはほとんど西欧の「先進国」です。西欧の次に悲惨なのが南米で、欧州でも東欧はましです。中東の各国も感染者は多いですが、本当に新型コロナだろうか或いはPCR検査は適正なのか(偽陽性)と疑問になるほど致死率が小さい国がいくつもあります。

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