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コロナ専門家会議廃止の怪

2020.06.26 Fri

とても奇妙な会見でした。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(専門家会議)の脇田隆字座長、尾身茂副座長、岡部信彦構成員の記者会見が6月24日に日本記者クラブで行った記者会見です。会見の冒頭、脇田座長は、会見の目的を次のように述べました。

 

 感染状況がいったん落ち着いた今、我々の立場からみた専門家会議の課題に言及するとともに、専門家組織のあるべき姿をはじめとして、必要な対策を政府に提案したい。

 

奇妙だと言ったのは、ほぼ同時刻に、新型コロナウイルス対策担当の西村康稔経済再生相が記者会見し、専門家会議の「廃止」を明らかにしていたからです。西村氏は、政府のコロナ対策本部のもとにあった専門家会議の代わりに、コロナ特措法に基づく新型インフルエンザ等対策関係閣僚会議のもとに設置されている有識者会議の分科会としてコロナ対策分科会を「新設」すると説明しました。(写真は会見で専門家会議の廃止を説明する西村経済再生相、ANNnewsCHの映像から)

専門家会議は、いわば、はしごをはずされたわけです。政府にとっていまもっとも重要な政策課題であるコロナ対策で、その中心を担ってきた専門家会議を廃止するのなら、少なくとも事前に座長や副座長に、政府の方針を伝えるべきで、異常な出来事というしかありません。

 

西村氏は、専門家会議は、法律的な裏付けがなかったので、特措法に基づいた分科会を設けることにした、と説明しました。もし、それが理由なら、専門家会議を法的な裏付けのある分科会に「改組」するといえば済む話です。あえて、抜き打ち的に「廃止」としたのは、専門家会議に政府が不信感を持ったからでしょう。

 

その不信感をにおわせるのが、会見後に座長が配布した「次なる波に備えた専門家助言組織のあり方について」と題した資料にある次の一節です。

 

 感染が拡大傾向になるなかで、感染症対策及び公衆衛生政策上、より有効な提案を行うためには、専門家としての意見をしっかり主張するとともに、政府の考え方や実行している対策の全体像を理解することも必要であると考えたため、一定の緊張関係のもと、厚生労働省や内閣官房の職員と構成員が毎日のように議論しながら「状況分析・提言(案)」をとりまとめ、会議ではその案をさらに徹底的に議論した。会議終了後に会議での意見を取り入れて文章を完成させ、記者会見で発表するという形式を続けることになった。

 

文中にある「一定の緊張関係」です。専門家会合の提言などは、事前に、厚労省や内閣官房の官僚とすりあわせをして原案をつくり、それを専門家会議での意見を加えたうえで、発表していたという内幕というかプロセスを明らかにしました。政府の諮問会議などでは、当然のように、そうした介入が行われていますが、科学的知見を集める会議ですから、そこへの政治の介入には構成員から反発もあったと思われます。

●なぜ、廃止されたのか

この日の記者会見では、3月2日に専門家会議が出した「見解」の原案には、無症状の人も感染力があるという記述があったのに、政府側から「パニックが起きかねない」という懸念が表明され、削除されたという事実があるのか、という質問がありました。これに対して、脇田氏は、「そういう発言があったかもしれない」と、否定しませんでした。最終的には、専門家会議も納得したうえで、見解や提言を発表しているので、政府の介入とは言えない、としていましたが、専門家の科学的な知見が官僚によってゆがめられた、ということでしょう。

 

政府側が専門家会議に不信感を持ったとすれば、そうした政府介入の内実が外に漏れていることだと思います。NHKのウエブニュース(6月24日)は、3月2日の「見解」で、専門家らは当初「無症状、あるいは軽症の人が感染拡大を強く後押ししている可能性がある」という文書をまとめていたが、最終的には「症状の軽い人も気がつかないうちに感染拡大に重要な役割を果たしてしまっている」という表現になったと報じています。役人や官邸がきらうのは、こうした内幕を暴かれることでしょう。

 

さらにいえば、専門家会議が見解や提言を「発表」したり、それをもとに記者会見を開いたり、という「前のめり」に政府側が不満を持っていたということもあると思います。専門家会議の「あり方」には、次のように書かれています。専門家会議が政策面まで出しゃばりすぎたことへの反省ですが、これも、政府内からの批判に応えたとも読めます。

 

 本来であれば、専門家会議は医学的見地から助言等を行い、政府は専門家会議の「提言」を参考としつつ、政策の決定を行うものであるが、外から見ると、あたかも専門家会議が政策を決定しているような印象を与えていたのではないかと考える。

 

そうなると、新たに設置される「分科会」の意見は、議事録には残されるのでしょうが、国民ではなく政府側が聞き置くアドバイスという位置づけになり、それをもとに政府が政策を決定、発表するという仕分けになるのでしょう。政府としては、好都合でしょうが、国民からすれば、コロナの現状についての現時点での専門家の生の見解や提言から遠ざけられる、ということになりかねません。

●専門家会議は国民を守ったのか

政府にとって目障りな存在になってきた専門家会議を廃止するのは、国民の命を守るという点からすると、好ましい方向転換とは思えません。しかし、記者会見を聞きながら、はたして、専門家会議は、国民の命を守るという観点から適切な提言などをしてきたのだろうかと疑問に思うやり取りがありました。

 

それは、PCR検査の拡充という点で、適切な提言をしてきたのか、ということです。クラスター対策を重視するあまりPCR検査がおざなりになったのではないか、という趣旨の質問に対して、尾身氏は次のように語りました。

 

 我々は当初から、PCRはキャパシティの問題だと思っていて、2月10日の(専門家会議が発足する前のアドバイザリボード)の会合でも、問題意識を政府に申し上げた。それ以降も、政府には、すいぶんと申し上げたし、強い要望もした。3月28日の政府対策本部の基本対策対処方針にも、民間検査機関のける検査体制の強化も盛り込まれた。PCRとクラスター対策は表裏一体のものだと考えている。

 

たしかに、2月10日の「議事概要」には、「PCR のキャパシティをとにかく上げるのだというようなことが前提になる」、「アカデミアのラボをもっと活用することがあっても良い」といった発言が収録されています。また、3月28日の基本対処方針にも「民間の検査機関等の活用促進」、「PCR等検査の拡大」といった文言が出てきます。

 

専門家会合は当初から、PCR検査の拡充を提案し続けてきた、というのでしょう。しかし、国民の目には、PCR検査拡大の必要性を専門家会合が訴えている、というメッセージは伝わってこなかったように思います。むしろ専門家会合には限りませんが、「専門家」から伝わってくるのは、PCR検査をすれば医療崩壊が起こる、という消極論ばかりでした。

 

たとえば、専門家の集団である日本感染症学会と日本環境感染学会が4月2日に発表した「コロナに対する臨床対応の考え方~医療現場の混乱を回避し、重症例を救命するために~」と題した共同声明では、「軽症例には基本的にPCR検査を推奨しない」と書かれています。専門家会議が当初からPCR検査の重要性と拡充を提起していたのなら、4月になっても、こうした「声明」が出たのはなぜなのでしょうか。

 

メディアでPCR検査の必要性を訴えていた、テレビ朝日の「モーニングショー」などは、ネットなどでは、そのことで「反政府」といった叩かれ方をされていました。専門家会議がもっと積極的にPCR必要論を提起していれば、正論が異端視されることもなかったと思います。PCR検査体制の拡充策をどこの国も採用するなかで、日本が圧倒的な後進国になったばかりでなく、日本の感染者数が少ないということについても、PCR検査が少ないという理由で、ほとんど評価されなかった責任の一端は、専門家会議にあると思います。

●検査の目詰まりの原因は

安倍首相は、5月4日の会見で、「PCR検査をやる、人的な目詰まりがあった」と、検査体制が不十分だったことを認めました。PCR検査は、保健所などに設置された「帰国者・接触者相談センター」が窓口となり、検査は「帰国者・接触者外来」の指定を受けた病院などが行い、そこで採取された検体を各地方衛生研究所が検査するという行政検査が主となり、そこが目詰まりを起こしたのです。医師の判断で医師会などが運営する検査センターが採取し、その検体を民間の検査会社が検査するという民間検査の流れがつくられはじめたのは、4月中旬以降のことです。

 

記者会見では、専門家会議は保健所の機能を過信していたのではないか、といった質問が出ましたが、尾身氏は次のように反論しました。

 

 最初から保健所が大変だというイメージは持っていた。保健所は目いっぱいという現場の声は届いていた。日本は、SARSや2009年のインフルエンザなどで、たまたまいい結果が出ていたので、危機管理の文化が醸成されなかったという、その一環のなかで、こうなった。これを教訓として、第2波、第3波に向けて活かしたい。

 

たしかに、保健所は、コロナの相談窓口、検体の運搬、入院の手配、クラスター対策による濃厚接触者への連絡や検査など、まさに目いっぱいになっていました。専門家会議は当初から、その認識を持っていたというのですが、それなら、もっと積極的に民間検査会社や大学などの研究機関を使う非行政検査の拡大を積極的に提案すべきだったと思います。

 

会見で、地域の衛生研究所にあたる川崎市健康安全研究所長でもある岡部氏は、次のように述べています。

 

 日本の体制は、通常の行政検査や少し変なものが出てきたときには対応できるが、パンデミックで大量の検査をするシステムはできていない。大きな課題だと思う。

 

こうした構造的な問題について、専門家会議は厚労省などとのすり合わせのなかで、十分にアピールすることができなかったのかもしれませんが、そうであるなら、役所との「一定の緊張関係」どころか、役所を忖度した専門家会議だったと言うしかありません。

●感染の専門家よりも経済優先?

今回の突然の専門家会議の廃止で、浮かび上がってきたのは、専門家会議が政府の政策決定や実行にとって目障りな存在になったので、使い捨てにしたのではないか、という疑念です。PCRなどの検査をめぐって、保健所がパンデミックに対応できないのであれば、民間や大学などをもっと活用する、という当たり前の提言も積極的にできなかった専門家会議ですら、邪魔な存在だと政府が考えているとしたら、これから設置される分化会に大きな期待はできないし、第2波、第3波では、経済優先のもとに、人々の生命が軽視されるコロナ対策が進められるのではないかと危惧します。

(冒頭の写真は、日本記者クラブが配信している6月24日の記者会見の映像からで、左から、尾身茂氏、脇田隆字氏、岡部信彦氏)


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