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コロナ検査の拡充をはかるには

2020.07.23 Thu

7月23日のテレビ朝日系列「モーニングショー」が特集した「なぜPCR検査は増えないのか」という放送を見ながら、なぜ増えないのか、という理由がよくわかりました。解説したコメンテーターの玉川徹氏の説明がわかりやすかったのではなく、「増えないのは、感染者に偏見を持つ国民にも問題がある」という肩透かしのような結論だったからです。PCR検査の拡充を一貫して訴えてきた玉川氏が、行政の誤りの原因は国民にもあるという「一億総ざんげ」思想で納得するような状況であれば、検査がふえるはずがないと納得した次第です。

 

この特集で、検査が増えない事情を玉川氏に説明していたのは、東京財団政策研究所の小林慶一郎氏でした。小林氏は、「第二波に備え、9月末までに1日10万件、11月末までに1日20万件の検査と必要な診察ができるよう検査・医療体制を予め整備すべきである」という提言(6月18日)を掲げて、新型コロナウイルス感染症対策分科会の委員になった人です。経済社会活動を活発化させるためには、検査の拡充が不可欠という考え方で、私もその意見には賛成だったので、提言の賛同者のひとりに加わっています。

 

その小林氏が検査の増えない理由として指摘していたのが「感染症コミュニティー」の存在です。厚労省の医系技官、感染症研究所、保健所など感染症に対応する行政機関や行政官のことで、日本にコロナ感染症が発生した当時から、検査をふやせば、陽性者がふえ、病院は感染者であふれ医療が崩壊する、という論理で、検査に消極的でした。その後、コロナ専用の病床が整備され、無症状や軽症の感染者についてもホテルや自宅での“隔離”も認められるようになったことなどから、検査の拡充は政府の基本政策になりました。それでも、依然として検査数が増えない現実があり、小林氏は、その背景として、感染症コミュニティーが隔離による人権侵害を恐れているのでは、という見方を示していました。

 

国によるハンセン病患者に対する隔離政策が社会的な差別や偏見を助長した歴史があり、それに対する国の責任は、裁判などを通じて追及されてきました。だから、PCR検査で陽性反応が出ても実際には感染していない偽陽性が出れば、非感染者を隔離するという人権侵害の責任を国が負うことになる、というのです。

 

それも検査に消極的な理由のひとつでしょうが、それが主因でしょうか。そして、PCR検査がふえないのは、昔のハンセン病と同じような感染者に対する社会的な偏見や差別があるからだとして、「行政の不作為を批判するばかりでなく、感染者に偏見を持つ国民意識を変えなければならない」という趣旨の結論を導くのは強引だと思います。そればかりでなく、検査に消極的なのは人権を考えたと言わんばかりの結論で喜んでいるのは、感染症コミュニティーではないか、と私には思えました。

 

福島原発事故のあと、原発を推進してきた電力会社、役所、研究者、メディアなどが「原子力ムラ」と言われるようになりましたが、小林氏の指摘した感染症コミュニティーは、まさに「感染症ムラ」でしょう。今回のコロナ対策には検査の拡充が不可欠で、政府の方針もだんだんその方向になってきました。しかし、検査に消極的だった「感染症ムラ」の人たちは、いろいろな理屈をつけて、自分たちの失敗を正当化しようとしているように思えます。そのひとつが偽陽性による人権侵害という理屈だと、私には見えるのです。

 

新型コロナウイルスの特徴は、無症状の感染者が多く、そこからも感染することで、このステルス性こそが新型ウイルスの最大の武器になっています。それがわかってきた段階で、感染が広がった各国は検査に力を入れるようになり、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も3月16日の記者会見で、「検査、検査、検査。疑わしい例はすべて検査する」と、検査の拡充を訴えました。

 

ところが、日本では、「軽症例には基本的にPCR検査を推奨しない」とした「考え方」を日本感染症学会と日本環境感染学会が4月2日に発表、これを受けるように、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーらがつくった「コロナ専門家有志の会」はホームページで、「体調が悪いときにすること」として「#うちで治そう」「#4日間はうちで」というメッセージを4月8日に掲載(のちに削除)しました。みな、「感染症ムラ」の人たちです。

 

また、こうした「専門家」と歩調を合わせて、「専門医で検査拡大に賛成している人はいない」といった論調で、検査拡充を主張する人たちを「煽っている」という言い方で非難してきた「医療ジャーナリスト」もいます。朝日新聞などの大手メディアのなかにも、検査の拡充は医療崩壊につながる、という論理で、検査拡充に消極的な記事を書いてきた医療の「専門記者」たちもいます。かれらもまた、「ムラ」の住民だと思います。

 

検査をふやせば、無症状や軽症の人たちが病院を占領することになり、重症の患者への治療ができなくなる、というのは、病院の当事者が感じている心配だと思います。第1波が押し寄せているなかでは、それに近いことが起きていたこともあったと思います。

 

しかし、感染の広がりを抑えるには、無症状の人たちを「発掘」する検査が必要なことも確かなことです。となれば、採用すべき政策は、医療のひっ迫を避ける検査体制をつくることで、そのためには、検査専門の場所を病院とは別に設けたり、無症状や軽症者の待機場所をホテルなどに用意したりといった対応策が必要になります。実際、地域の医師会が検査センターを設けたり、無症状などの人たちのためのホテルを行政が借り上げたりといった具体策が取られるようになりました。

 

検査による医療崩壊という根拠が弱くなったところで、検査消極派の人たちが強調しはじめたのが「偽陽性、偽陰性」のデメリット論です。PCR検査によって感染者が見つかる「感度」は7割といわれていますが、消極派の人たちは、感染しているのに検査で見過ごされる偽陰性者が3割もいて、このひとたちが大丈夫だと思って、感染を広める、という主張をしています。それなら、陽性者を見つけることで、この人たちが感染を広げることを防いだメリットは、どう評価するのでしょうか。

 

また、偽陽性者が隔離されてしまうというデメリットはありますが、その人たちの苦痛は、ハンセン病患者とその家族が味わった苦痛と同じようだとは思えません。

 

検査を受ける人たちに、偽陽性と偽陰性の可能性をちゃんと説明すれば、多くの人たちは、たとえ「偽」であっても公益のためだと納得すると思います。また、濃厚接触者など保健所からの行政検査を求められた人ではなく、自分の意志で検査を受ける人からは、検査機関などが「偽」による賠償責任を負わない、という免責を条件にするなどの手立ても考えられます。

 

私は、なぜPCRが増えないか、という疑問の答えは、感染症という分野については、国立感染症研究所を頂点とする「感染症ムラ」が仕切っていて、検査についても自分のテリトリーのなかにおいておきたいから、だと思います。

 

これまでの感染症は、感染研・地方衛生研究所・自治体の保健所というヒエラルキー構造のなかで、処理されてきました。新型コロナに対しても、当初は、感染を疑う個人、あるいは感染を疑われる患者を診た医師が自治体の保健所や相談センターなどに連絡して、そこで指定された検査機関で検査を受けるという仕組みが取られました。

 

しかし、それだけでは検査を受けられない「検査難民」がたくさん出てくるなかで、民間の検査機関や大学などの研究所の活用を求める意見も高まりました。その結果、医師や医師会が疑われる人の検体を採取して、それを民間の検査機関で検査する仕組みも加わりましたし、検査装置のある大学などの研究機関の活用も政府の施策に盛り込まれるようなりました。こうした改善策は、「感染症ムラ」からすれば、テリトリーの侵害だと思っているのではないでしょうか。

 

コロナ問題で積極的に発言しているNPO法人医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は、「資金と情報を独占する『感染症ムラ』 新型コロナウイルスと臨床研究」(時事通信社「厚生福祉」2020年7月7日号)という論文で、コロナ研究開発費の多くの資金が国立感染症研究所に配分されているなど「感染症ムラ」が資金と情報を占有していると指摘しています。

 

モーニングショーに戻ると、玉川氏は、小林氏から「感染症コミュニティー」というせっかくのヒントを出されたのに、「偽陽性の人権侵害」という論理に飛びついてしまい、「ムラ」の構造に迫ることができなかった、のだと思います。あるいは、「ムラ」に近づいたときの怖さを知っているので、危険を避けて、偽陽性論に乗ったのかもしれません。

 

というのも、モーニングショーに出演している元感染研の岡田晴恵氏(白鴎大学教授)が2月28日の番組で、検査が増えない理由として、感染者のデータを感染研のあるOBが掌握しておきたいからといった趣旨の発言をして、「ムラ」の存在を臭わせたのち、「訂正」も「フォローアップ」もないまま、この問題には触れていなようにしているからです。

 

世界は、検査で感染者をあぶりだして隔離し、感染していない人たちで経済を再開させ、それでも感染が拡大すれば外出や営業を規制するという戦略で、コロナ禍の安全と経済の両立をはかろうとしています。それが必ずしも成功しているとは言えませんが、日本の場合は、戦略なき経済の再開で、予想された通り、感染者の拡大を招いています。

 

なぜ検査が増えないか、ということを追求しても「ムラ」の存在に押し戻されるだけかもしれません。これからのコロナ対策で必要なキーワードは検査料の軽減です。蔓延が懸念される地域では行政による幅広い「無料検査」が必要で、そうでない地域では、「保険適用並みの検査料」が必要だと思います。数万円もかかる検査料をそのままに、検査の拡充を進めようとしても、住民に過度な負担を強いることになってしまうからです。

(冒頭の写真は、「モーニングショー」の公式ページに掲載された特集を予告する案内)

 

 


この記事のコメント

  1. 松岡茂雄 より:

    検査は治療ではありません。大切なのは発症者の治療です。感染はある程度しかたない。死者が少ない現状、ウイズ・コロナで日常生活を少しずつ取り戻すことが、経済崩壊と医療崩壊を防ぐために必要です。

  2. 高成田 享 より:

    たしかに、検査しても治るわけではありませんね。中症から重症への急激な変化例もあると指摘されていますから、検査の拡充が早期発見・治療につながると思います。

  3. 松岡茂雄 より:

    陽性率が何%なのか、恣意的な検査や、全数検査の推進でなく、地域別、年齢別にサンプル調査をして実態を把握するべきです。現状では検査が増えると感染者数の発表が増えマスコミや政治家が不安をあおばかりです。大切なのは、軽症者、重傷者、死亡者数をリアルタイムで把握し、必要と予想されるICU、ECMO、専用病室を準備することでしょう。

  4. 無記名 より:

    歯に衣を着せぬ岡田教授が「TVでは(言えない)」の発言が凄く気になっていました。
    最近では
    ”国会議員は検査を増やしたいのに国が増やさない”
    という情報も散見されるようにもなってきてます。
    国の検査方針の根源を説明頂き、大変興味深く読ませて頂きました。有難うございます。

  5. 高成田享 より:

    本日(8月6日)の「モーニングショー」で、玉川氏は、PCR検査がなぜふえないのか、という特集で、ハンセン病の話を持ち出したことは、不適切だったと謝罪していました。間違えたら、すみやかに訂正するということは、大事なことですし、評価したいと思います。

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