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租税回避地?いや資産隠匿地でしょう

2016.04.22 Fri

ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、シリアのアサド大統領、パキスタンのシャリフ首相、そして英国のキャメロン首相。租税回避地の内部文書が大量に暴露された、いわゆる「パナマ文書」事件は、日ごろ光を浴びることのない世界の裏側でどの国のどういう政治家がうごめいているのかを実に生々しく照らし出してくれました。

権力の専横を追及するジャーナリストが次々に奇怪な死を遂げる国、ロシア。指導部が「汚職撲滅」を唱えても全く説得力がない国、中国。アラブの春で独裁者が相次いで失脚したのに「冷酷無比」とされる独裁者が生き残った国、シリア。政治家の腐敗ぶりでは第一級と折り紙つきの国、パキスタン。こうした国々と一緒に自分の国の名前が、しかも首相がらみで出てきたことに英国の有権者が怒り、キャメロン首相に「辞任しろ」と迫るのは当然のことでしょう。

そもそも、租税回避地(タックス・ヘイブン)という名称が美しすぎる。本来は、法人税や所得税を極端に安くして金融や物流の拠点として栄えることを目的にした制度だったようですが、その後、「こちらの方がより安全で便利」という競争原理が働いて暴走し、今ではその多くが「資産隠匿地」と呼ぶべき代物になってしまいました。腐敗した権力者が資産を隠し、大企業が税逃れに活用し、ギャングが資金洗浄に利用する場と化しています。なにせ、登記した会社の内容を詳しく公開する必要がなく、会計報告も不透明なままでいいのですから。不正が疑われる資産は数億円、数十億円というスケールのものが多数あると伝えられています。

主要国で構成するOECD(経済協力開発機構)が透明性を高めるための行動計画を取りまとめ、対策に乗り出していますが、その主要国の中にも租税回避地を利用している政治家や企業人がいるのは半ば周知の事実です。実効性が上がるわけがありません。膨大な電子ファイルを入手した人が南ドイツ新聞に情報を提供し、同紙が「国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)」に協力を求めたのは賢明で適切だった、と言うべきでしょう。

新聞社にいた頃、先輩記者に「日本の政治家の錬金術は主に三つある」と教わったことがあります。土地転がしと株の売買、海外取引の三つです。土地転がしは、田中角栄首相の金脈報道をきっかけに露骨な手法は通用しなくなりました。株の売買もまた、竹下登首相もからんだリクルートの未公開株汚職が発覚してからルールが厳格になり、簡単にはあぶく銭を手にすることができなくなりました。けれども、海外取引や対外援助がらみの闇資金は追及するのが極めて難しく、腐敗した政治家の錬金手法として温存されてきました。

どの国でも、権力者の腐敗と闘ってきたジャーナリストはみな、「海外取引の壁」の厚さに何度も煮え湯を飲まされ、切歯扼腕してきたのです。国際調査報道ジャーナリスト連合は、そうしたジャーナリストたちがこの壁を乗り越えるために創った組織であり、パナマ文書事件は長く苦しい闘いの末に辿り着いた成果なのです。これまでに報道されたのは1150万点とされる文書のごく一部であり、これから続々とスクープが放たれることでしょう。

一連の文書は、租税回避地での会社設立を引き受けているパナマの法律事務所から流出したため、「パナマ文書」事件と呼ばれていますが、会社そのものの所在地はカリブ海のバージン諸島やケイマン諸島が多いとされています。どちらも英国の領土です。その気になれば、英国の政府と議会が情報公開や会計の透明さを求める政策を打ち出して改善できるはずです。が、金融サービス部門で世界を引っ張る英国は「大事な顧客を失いたくない」と考えるかもしれません。当局に期待するのは無理でしょう。

この手の金融サービスで英国と競っているのはアメリカです。多くの米国の政治家や企業人が「租税回避地」を利用しているはずですが、今回は全く名前が出てきていません。「大事な文書を漏らしてしまうような法律事務所」ではなく、もっとしっかりした(より悪質な)法律事務所を使っているため無傷で残っているのかもしれません。あるいは、競争相手の英国をたたくために米国寄りの勢力が意図的にリークした、という可能性も否定できません。金融取引の闇は深く、現時点では情報提供の背景は不明です。

それにしても、カリブ海に浮かぶバージン諸島やケイマン諸島が今、「資産隠匿の島」として世界の注目を集めていることに、私は歴史の暗喩のようなものを感じます。これらの島々は大航海時代が始まってから、アフリカで拉致され売買された黒人奴隷たちが最初に連れてこられ、サトウキビ栽培の奴隷労働に従事させられたところです。厳しい歴史を背負わされた人々の島が、腐敗した政治家や企業人が資産を隠す場所として利用され指弾される――そういう歴史を強い、おとしめた人間たちの末裔が過去を振り返ることもなく、のうのうと生きているのに。

 

≪参考サイト≫

◎国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)とは何か(東洋経済Online)

http://toyokeizai.net/articles/-/112693

◎国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の公式サイト(英語)

https://www.icij.org/index.html

◎パナマ文書に登場する主な政治家(ICIJのサイト内。英語)

https://panamapapers.icij.org/the_power_players/

◎パナマ文書に登場する3万7000人の名前が検索できるサイト(英国の日曜紙サンデー・タイムズが開設。英語)

http://features.thesundaytimes.co.uk/web/public/2016/04/10/index.html

 

≪写真説明とSource≫

◎パナマ文書に登場する政治家の似顔絵(上記の3番目のサイト)


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