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鈴木エイト著『自民党の統一教会汚染 追跡2000日』を読む

2022.10.08 Sat

旧統一教会(以下、統一教会)と自民党との癒着の関係を克明に追った鈴木エイトさんの新著『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』(小学館)を読みました。興味深い本を読んだ時のいつもの感想は「面白かった」ですが、この本の読後感は、ここまで自民党への「汚染」が進んでいたのかという意味で、本当に「恐ろしい」と感じました。取材には多くの圧力や困難があったと想像する内容で、これぞジャーナリズムだと感心しました。

 

◎「最高指導者を教育せよ」

 

この本はどの章を読んでも衝撃的な事実に圧倒されるのですが、私がもっとも衝撃を受けたのは、第7章「顕在化する総裁・韓鶴子の反日思想」で紹介されている統一教会の韓鶴子総裁の言葉でした。2018年に韓国で行われた日本人幹部の修練会で発言した「みことば」の内容で、2019年に入手した教団の内部資料によるものだそうです。そこで韓総裁は次のように語っています。

 

「皆さんは、必ず国家の復帰を果たすと決意しました。国家の復帰の責任を果たすにおいて、まずはその国の最高指導者を(私たちの教えで)打ち負かさなければなりません。屈服させなければなりません。何を言っているのか分かりますか。そのために、私が多くのことをしてあげたではないですか。日本が世界に目を向け、アジアを考えることができるように、その様に教育しているではないですか。皆さんが今や、堂々と日本が進むべき道に対して、見せてあげ、教えてあげ、教育しなければなりません。(中略)そのため、家庭連合の祝福を受けなければならないと教育しなければなりません」

 

日本の最高指導者といえば、首相ということになると思いますが、2018年当時の首相は安倍晋三氏です。その指導者を統一教会の教えで屈服させ、家庭連合の祝福が受けられるように教育せよ、というのです。著者は、これは日本人幹部への「指令」だと解説しています。思い上がりもいいところだと思いますが、こうした宗教やその関連団体の会合で、韓総裁にへつらうような言葉を口にした自民党の政治家たちも何をか言わんやです。

 

◎「国家復帰」とは

 

ところで、「国家の復帰」とは、初めて聞く言葉です。本書に引用されている教団の内部資料によると、国家復帰とは、「真の父母様の主権によって国家を動かすことのできるすべての基盤の造成」だそうです。文字通り解釈すれば、文鮮明と韓鶴子の教祖夫妻の「主権」によって国家を操作できるようにする、という意味ですが、著者によると、国家は韓国だけではなく、世界中の国家だそうです。

 

多くの宗教は勃興期や成長期には、世界の民は神の僕(しもべ)だとして宗教による世界征服を掲げますから、統一教会の「国家復帰」に驚くことはないのかもしれません。しかし、教祖夫妻が「主権」というのなら、一般の人々は教祖夫妻の「僕」ということになります。人権とか国民主権とかという概念はないのだろうかと思いますが、安倍氏をはじめとする自民党の人たちは、どうしてこうした宗教と関係を持ち、教祖夫妻に「敬意」を表してきたのかと、再び考えてしまいます。

 

統一教会の自民党への政治工作の狙いが政治家のお墨付きを得たり、宗教法人としての法人格を維持したりといったレベルであれば、統一教会の票とボランティアを自民党があてにするのは「持ちつ持たれつ」という関係かと思います。しかし、日本という国家の政治支配が統一教会の狙いであり、それに自民党の有力政治家が協力するということであれば、持ちつ持たれつどころか、国家の存立が脅かされることになるのではないかと思ってしまいます。

 

◎オウム真理教を想起させる

 

国家存立の危機とまで言うのは、統一教会の政治的な影響力への過大評価かもしれません。しかし、教祖の考えるような世界や社会にならないのは、従属しているはずの政治家が悪いというような妄想が肥大化すれば、政治家を教会の教えではなく力ずくで屈服させるという力が働いてもおかしくはありません。

 

宗教による妄想と現実との乖離を暴力で解決させようという事例を、私たちは麻原彰晃が教祖として率いたオウム真理教の一連の事件ですでに見ています。彼らは、当初は「ポア」と称して、敵対する人たちを殺害し、最後は地下鉄の車内でサリンをまくという無差別テロに及びました。宗教に限りませんが、自分たちの正義を絶対化すると、敵対する人々の生命や財産は相対化され、テロや戦争や略奪の論理になっていくことを数々の歴史が教えています。

 

(上掲の写真は朝日新聞デジタルクロニクルに再掲された1995年3月20日夕刊で地下鉄サリン事件を報じる紙面)

 

◎「家庭の価値」

統一教会の影響力という点で気になるのは、「家庭の価値」の重視です。統一教会が現在の団体名である「世界平和統一家庭連合」に変更したのは、家庭の価値をこの宗教として前面に出すことにしたからでしょう。多額の献金によって、多くの信者の家庭を崩壊させてきた統一教会が「家庭」を説くのは悪い冗談のように思えますが、自民党の保守派と呼ばれる人たちが主張する家庭教育の重視と重なっていることがとても不気味です。

 

本書では、第6章「50周年大会の勝共連合、教団関連組織の工作」で、統一教会の関連団体や関係する人たちが地方議会で、家庭教育支援条例を制定したり、国会で家庭教育支援法の成立を求める意見書を採択したりする運動を活発に行ってきたことが詳述されています。こうした運動は、自民党の保守派につながる日本会議などの動きと連動しているようで、本書は、この連動・連携を次のように語っています。

 

「宗教右派による草の根運動には、成長の家原理主義=日本青年協議会=日本会議という本流の他に原理研究会=統一教会=国際勝共連合という流れもあった。この二者は人的交流で協調しながら連携し、また別動隊とし、それぞれの野心のために前者は政権への影響力を保持しようと画策し、後者は政権との取引により共存関係を築いている」

 

こうした記述を読むと、統一教会と自民党との関係は、自民党による「絶縁宣言」くらいでは断絶できないところまできていると思わせます。家庭教育をめぐる政府の施策などと統一教会とのかかわりの検証が必要なことを示しています。岸田政権下で発足した「こども家庭庁」の名称がこども庁から変更され、「家庭」が加わった経緯もあらためて検証が必要でしょう。

(上掲の写真はこども家庭庁のパンフ。同庁をつくる話し合いがどのようなものだったのか、知りたいところです)

◎民主主義は「家」ではなく「個人」

 

家庭教育の重視は、大事なことだと思いますが、共働きの家庭が当たり前になったり、離婚がふえ母子家庭や父子家庭もふえたりしている現代社会は、こどもは家族と共に社会が育てる、という決意が必要になっています。しかし、統一教会や自民党保守派の人たちが主張する家庭教育の重視には、戦前の家父長的な家族のあり方への復帰の思惑が見え隠れし、社会が解決すべき問題を家庭に押し付けているように思えます。

 

現在の憲法25条第1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」とあります。これに対して、自民党の憲法改正案では、第1項に「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」という規定が加わり、第2項は「婚姻は、両性の合意に基づいて」と、現憲法の「のみ」を省いた条文にしています。

 

第1項に家族の尊重という条文をわざわざ入れたのは、戦後民主主義あるいは西欧の社会観が行き過ぎた個人主義を助長している、という見方を反映しているのでしょう。「家族は助け合わなければならない」という修身の教科書のような文言も、幼児の保育、老後の介護、生活保護などは、まず家族が行うべきだという「自助」の理念を示すものなのでしょう。

 

婚姻の合意で「のみ」を省いたのは、「両性の合意」は当たり前なのだから、それをことさらに強調することはないと言うのでしょう。しかし、戦前の日本の婚姻制度では、婚姻は家長である戸主の同意が必要とされていました。このため、戸主に反対されたカップルが恋を貫こうとすれば、「駆け落ち」や「心中」に追い込まれることもあったのです。憲法の「両性の合意のみ」という言葉には、そうした婚姻制度には戻さないという戦後民主主義の決意が込められていると思います。人生を決めるのは「家」ではなく、「個人」だというのは、民主主義の根幹のひとつです。

 

◎安倍氏のビデオメッセージ

本書によると、安倍首相は2021年9月に統一教会の関連団体である天宙平和連合(UPF)の集会に寄せたビデオメッセージのなかで、下記のように語り、この団体が強調する「家庭の価値」を評価するとともに、「偏った価値観を社会革命運動として展開する動き」への警戒を呼びかけています。

 

「UPFの平和ビジョンにおいて家庭の価値を強調する点を高く評価します。世界人権宣言にあるように家庭は世界の自然かつ基礎的集団単位としての普遍的価値を持っています。偏った価値観を社会革命運動として展開する動きに警戒しましょう」

 

「偏った価値観」が何を指すのか不明ですが、夫婦別姓や同性婚の法的な整備を求める運動や、LGBTの人たちが生きやすい社会の多様性を広げようとする運動などを安倍氏は考えていたのでしょうか。

(上掲の写真は「ほぼ日刊カルト新聞」2021年9月12日のウェブ紙面)

◎家庭は普遍的な価値なのか

書評から横道にそれますが、「家庭」は安倍氏が言うように、世界人権宣言で「普遍的な価値」と規定されているのでしょうか。世界人権宣言は次のように書かれています。

 

世界人権宣言16条

1 成年の男女は、人種、国籍又は宗教によるいかなる制限をも受けることなく、婚姻し、かつ家庭をつくる権利を有する。 成年の男女は、婚姻中及びその解消に際し、婚姻に関し平等 の権利を有する。

2 婚姻は、両当事者の自由かつ完全な合意によってのみ成立する。

3 家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会 及び国の保護を受ける権利を有する。

 

安倍氏の言うように、世界人権宣言は家庭を「社会の自然かつ基礎的な集団単位」と規定していますが、これに続く言葉は「普遍的な価値を有する」ではなく、「社会及び国の保護を受ける権利を有する」となっています。普遍的価値はあくまで人権であって、その発露として、16条では、成年の男女は人種や国籍、宗教などによる制限を受けることなく婚姻し家庭をつくる権利があるとしたうえで、その婚姻は両当事者の合意によってのみ成立し、家庭は社会及び国の保護を受ける権利があるとしているのです。家庭をつくる権利は人権の延長上にありますから、普遍的価値の延長上にあるといえるかもしれませんが、家庭そのものに普遍的な価値があるとまでは書かれていません。

 

家庭は普遍的な価値を有するという安倍氏の人権宣言の解釈は、我田引水ではないでしょうか。自民党も憲法改正案で「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される」という文言を人権宣言16条3項にならって使ったのなら、2項に使われている「婚姻は両当事者の合意によってのみ成立」の「のみ」を憲法改正案で残してはいかがでしょうか。

(上掲の写真は、世界人権宣言70周年を記念して国連広報センターが掲載したもの。子どもたちが人権宣言のポスターを見ています)

◎鈴木エイト氏の功績

私が鈴木エイトさんの名前を知ったのは、安倍氏が暗殺された直後、銃撃した山上徹也容疑者の動機が「特定の宗教団体に恨みがあった」としか報じられなかったため、どこの宗教団体だろうかと興味を持ったときです。ネットを検索していたら、鈴木エイトさんが主筆を務める「やや日刊カルト新聞」の2021年9月12日の記事で、安倍氏がUPFの大規模集会にビデオメッセージを寄せていたことを知り、山上容疑者が恨みを持った宗教団体は統一教会だと推測したのです。

 

その後、メディアは続々と自民党と統一教会との関係を報じることになりましたが、そのほとんどの情報源は鈴木エイトさんのものだと思います。内閣支持率の急落にもつながった現在の政治状況をつくった一因は鈴木エイトさんということになると思います。

 

「ほぼ日刊カルト新聞」の「参院選カルト候補ぜんぶ載せ」(2022年7月9日)を見ると、統一教会の支援を受けたと判断された自民党の候補のほか、公明党や共産党を含むほぼ全党の候補者にカルトのポイントを付与しています。公党としては怒り心頭でしょう。その一方、「安倍晋三がロシアにメッコール約6万発供与へ 政権内で批判の声も」(2022年4月1日)といった4月1日らしい記事も掲載されています。メッコールは、統一教会系の企業が韓国で製造している清涼飲料だそうです。

 

通常の記事では、統一教会などへの追及は厳しく、「山際経済再生相の選挙運動員に統一教会関係者?」(2021年10月20日)という記事では、統一教会関連の会合に何度も出席した情報が記載されています。山際氏もこの記事を読んで自分の日程を確認していれば、「後出しじゃんけん」などと批判されることもなかったのに、と思います。

 

小さなメディアが統一教会や自民党などカネも権力もある巨大組織に立ち向かう姿は、まさしく蟷螂の斧ですが、いま岸田首相も、自民党も、そして統一教会もこの斧にたぢたぢになっているように思えます。

(上掲のイラストはピクシブ百科事典の「蟷螂の斧」から転載した日暮里氏の作品)

◎ベストセラー

この本が発売されたのは、9月27日の安倍氏の国葬の前日でした。国葬は国費を使う行事ですから、納税者のひとりとしては、安倍氏への銃撃のような悲劇を繰り返さないためにも本書を葬儀の出席者への引き出物にしてほしかったと思います。

 

統一教会問題は、いまもっとも話題になっていることがらですから、本書もベストセラーになっているようで、10月4日にトーハンが発表した週間ベストセラーのノンフィクション・ライトエッセイ分野では、本書が第1位になっています。このベスト10をみると、第2位に『禁断の中国史』(百田尚樹)、第5位に『ありがとう そして サヨナラ 安倍晋三元総理』(月刊Hanadaセレクション)、第8位に『日中友好侵略史』(門田隆将)など安倍さんが喜びそうな本も並んでいます。斧がひとつでは足りないようです。

(上掲はトーハンが2022年10月4日に発表のノンフィクション・ライトエッセイの週間ベストセラー)

(冒頭の写真は、鈴木エイト著『自民党の統一教会汚染 追跡3000日』の表紙)


この記事のコメント

  1. 中北 宏八 より:

    今、一番読むべき本の紹介ありがとう。私はこの要約ですませますが・・・。

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