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スクープ調査報道をひっさげて登場した新興ネットメディア

2017.03.03 Fri

◇東洋経済オンラインが注目したワセダクロニクル

2012年に開始したネットメディア東洋経済オンラインは2016年9月にアクセス数2億ページビューを達成しました。東経オンラインは週刊東洋経済の電子版ではなく、独立のネットメディアであり、無料で読むことができます。経済ビジネス誌のサイトとしてはダイヤモンドオンラインや日経ビジネスオンラインを引き離してダントツの読者数です。

※東洋経済オンライン  http://toyokeizai.net/

その東洋経済オンラインワセダクロニクルという新興ネットメディアの編集長渡辺周氏を招いてセミナーを開催しました。セミナーでは東経オンライン編集長の山田俊浩氏が全体の進行を担当、編集部の風間直樹氏が聞き手になって進行しました。

◇朝日の調査報道部門出身

実は、渡辺さんと風間さんは、共に、最近まで朝日新聞の特別報道部に所属していた先輩と後輩でした。特別報道部といえば調査報道専門の部署として2006年に設けられた朝日の看板部門でした。ところが、2012年、13年と連続して新聞協会賞をとったものの、2014年に、賞どころか、記事の取り消し、社長の謝罪、辞任という事態を起こしてしまいました。東電原発の吉田調書の“スクープ”問題です。正直なところ、セミナーでは、内部にいた立場からこのいきさつをどう見ていたのかと質問をしたいところでしたが、グッとこらえました。

◇ネットでの収入確保に苦闘する新聞

インターネットの普及と、特にスマートフォンに代表されるモバイル端末の普及によって、2006年を境に日本の新聞の発行部数は低落の一途をたどっています。そこで新聞自体もデジタル版(電子版)を発行しつつ、次々に登場しているネットメディアに記事を配信したりしています。しかし、経済紙の日経が発行する日経電子版が2016年後半に有料購読者数50万人を超えたのを例外として、一般紙はいずれも有料会員の獲得に苦労しています。また、新聞社からYahoo!ニュースをはじめとするネットメディアへの配信は、安売りと言える状況であり、新たな収入の柱には遠い状態です。

◇新聞の栄光 調査報道

そのような境遇にある新聞が、これからも存在価値を発揮できるひとつの鍵が調査報道だと言われています。近年の調査報道というと、世界のジャーナリストが協力して取材・発表した「パナマ文書」報道や、映画「スポットライト 世紀のスクープ」の題材となった米ボストン・グローブ紙の報道(カトリック司祭による性的虐待事件)が思い浮かびます。もっと以前だと、ワシントンポストが報じたウォーターゲート事件(1972年)や朝日新聞のリクルート事件(1988年)、毎日新聞の旧石器発掘捏造(2000年)の報道を、私は強い印象とともに思い出します。ワシントンポストがスクープしたあとは他紙も“参戦”して共に権力に対峙しました。リクルート事件においては、私自身にとって、仕事上で面識あった真藤総裁や取締役が逮捕されるというショッキングなエピソードもありました。旧石器発掘捏造報道が出たのは、私がネットメディアやコミュニティサービスをインターネット上で提供する事業に取り組んでいた頃です。ネットメディア時代のジャーナリズムのあり方について考え始めていた時期ということもあり衝撃的でした。

◇新興小メディアの調査報道登場

調査報道が王道だといっても、大新聞でさえ時間と費用のかかる調査報道にむやみに力を入れにくくなっているという昨今ですが、小さな組織のワセダクロニクルは調査報道によるスクープをものにして創刊されました。

2017年に第1弾として発表された「買われた記事」がそれです。本体と一体の100%子会社間という形で、電通から共同通信に、記事の執筆・掲載に対して報酬が払われていたというものです。記事は特定の製薬会社の薬品が有利になるような内容でした。広告ではなく通常の記事で金が動いていたのです。共同通信はいわゆる通信社であり、中でも地方紙が共同に依存する度合いは大きく、地元以外の国内・海外のニュースは大部分共同通信に頼っています。海外のニュースは中央紙も自社特派員だけでなく共同や外国の通信社を使っています。そういう関係があるためか、新聞にはこのニュースは小さくしか載っていません。

※ワセダクロニクル  http://www.wasedachronicle.org/

スクープの内容にはこれ以上立ち入りませんが、資金を寄付で集めて調査報道に果敢に取り組むワセダクロニクルのような組織が現れたことは、これからのジャーナリズムの展望に一条の光を見る思いです。

◇寄付で支える無料メディア

調査報道を目標に掲げているワセダクロニクルは、渡辺編集長によると、10人くらいのジャーナリストと学生20人ほどで編集部を構成しています。10人の内訳は元新聞記者やドキュメンタリー作家、フリージャーナリスト、エンジニアなどで、学生はリサーチャーという立場で情報を探索したり資料をつくったりするのが役割で、学生にはターゲットへの取材(渡辺さんによれば地上戦)はさせないとのこと。

フリーミアムというインターネットビジネスの言葉があります。無料でコンテンツを見せて登録会員を多数確保して、その中から有料会員を募って一段上のサービスを提供していくビジネスモデルです。ワセダクロニクルは有料販売はめざしていませんが、無料読者の中から寄付を期待するという意味でフリーミアムに近い路線です。それどころか、無料なのは記事の閲読だけでなく、書いている記者も無料奉仕だというのです。給料をもらうのは、成果を見せて価値を認められてからだという発想です。

とはいえ経費はかかりますから、日本でも盛んになってきたクラウドファンディングを利用して資金を集めています。現在350万円を目標に募集中ですが、あと90日募集期間が残っているにもかかわらずすでに415万円に達しています。(2017年3月3日現在)

※編集長の呼びかけ  http://www.wasedachronicle.org/donate/

※クラウドファンディング  https://motion-gallery.net/projects/waseda-journalism

広告にも購読料にも頼らず寄付だけでいくというのがいまの方針です。寄付も1口の最高は50万円としており、仮にポンと1000万円出すという人がいても受け付けないとのこと。つまり、特定の人や組織の影響力を排除したいという考え方です。課金モデルや広告モデルも検討したが、独立性を重視したといいます。

◇海外で先行する寄付による報道機関

クラウドファンディングのアピール文の中にもあるように、海外では寄付で活動している調査報道機関が登場して実績をあげています。ピュリッツアー賞を受賞した米国のNPO「プロパブリカ」や、元大統領子息の不正を暴いた韓国の調査報道メディア「ニュースタパ」はその代表例です。プロパブリカは年間10億円規模の資金で運営しています。ニュースタパは月額1000円の会員が4万人います。アメリカン大学の調査報道ワークショップ(The Investigative Reporting Workshop)のような、大学を拠点にした情報発信も存在感を出しつつあります。

ワセダクロニクルは、1.大学を拠点に、2.寄付モデルで、3.調査報道メディアを作るというポリシーで、満を持して調査報道によるスクープを今般打ち上げました。「被害が起きることをぜひとも防ぎたかった。命に関わる薬という問題では、温床ができつつある段階で早くやらないといけない。自分の反省でもあるが、メディアは問題が起こってから批判する。」そして「流行りというかページビュー稼ぎに、動物とかラーメンとかは、やらない」と渡辺編集長。社会的ニーズがある、言い換えれば困っている人がいる、というテーマを取り上げていくという方針です。「常に渾身の力をかけてやっていくし、他のメディアと協力することもやぶさかではない。」と意気盛んです。

財務基盤を継続的に確立することや、パナマ文書のようなビッグデータを解析するような技術力の確保など今後の課題はいろいろあると思いますが、ワセダクロニクルの志ある取り組みにおおいに期待します。


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