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東京オリンピックは開かれるのか

2021.02.08 Mon

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下組織委)の森喜朗会長の「女性蔑視発言」で、東京オリンピック・パラリンピックの動向がにわかに注目されるようになりました。森発言はともあれ、新型コロナ感染症が収まらず、世界規模でのワクチン接種が今年の夏までには間に合わない状況のなかで、本当に開くことができるのでしょうか。また、こういう状況での森発言は、どんな影響を与えるのでしょうか。

 

オリンピックの開催期間は2021年7月23日から8月8日までの17日間、パラリンピックは8月24日から9月5日までの14日間で、行われる競技はオリンピックが33競技339種目、パラリンピックが22競技540種目となっています。これだけたくさんの競技ですから、参加選手数はオリンピックが約11,000人、パラリンピックが約4,400人となっています。選手のほかにコーチなどのスタッフや大会関係者、報道関係者なども加わるので、競技場に出入りする「選手・関係者」はオリンピックで2万人、パラリンピックで1万人前後になります。ここに内外からの一般の人たちが観戦者として入場するわけで、国土交通省は、オリンピック期間中の観戦人口を約1000万人、1日当たり最大92万人と見込んでいます。

 

いま、開催の大きなネックになっているのが医療スタッフの確保です。橋本五輪相は、オリンピックの大会期間中に「1人5日間程度の勤務をお願いすることを前提に、1万人程度の方に依頼して、必要なスタッフ確保を図っている」と述べています。5日間の勤務とすると、1区切りの5日間で2500人程度の医療スタッフが必要ということでしょうか。東京都医師会の尾崎治夫会長は、朝日新聞のインタビューで、新型コロナ対応が長期化し、医療現場がひっ迫、疲労しているなかで、「無観客であれば、何とか対応できる」と語っています。逆に言えば、無観客にしない限り、少なくとも医療体制からは開催は難しいということでしょう。

 

コロナの感染状況を見れば、このところ感染者の数は減ってきています。世界的に見ても、感染者数では1月初旬をピークに減少傾向になっています。このまま収束すれば、予定通りオリンピック・パラリンピックを開催できるのではという期待もありますが、これまでの何度も感染者がふえる波が押し寄せる趨勢を見ると、この期待は現実的ではないと思います。むしろ、このまま収束とはならず、ワクチンによる集団免疫で感染が収束するまで、あと何回かの波を経験すると考えるほうが現実的で、オリンピック・パラリンピックの期間も、その期間の中に入ってくると思います。

 

しかも、新しい波は変異した新しいウイルスによるものが多いことから、この次の波は、感染力が強いと言われる英国型ではないかという危惧もあります。ニューヨークタイムズ(2月7日)によると、米国では英国型が10日ごとに倍になる速度でふえていて、3月までには全米のほとんどの地域で英国型が凌駕する、という研究者の見方を伝えています。感染力は30~40%高く、死亡リスクは35%高い、などの情報も書かれています。

 

「東京オリンピック・パラリンピックは、人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい」

 

菅首相は1月18日の施政方針演説で、東京オリンピックへの期待を表明しました。しかし、オリンピックが開催される7月時点で、世界中のコロナ感染が収束し、世界からトップアスリートが東京に集い「コロナに打ち勝った証」を見せる、というのは、まず不可能だと思います。

 

4つの選択肢

 

現時点で考えられる選択肢は4つです。①このまま続行する②無観客で開催する③来年まで延期する④中止する、です。

 

IOC、組織委、東京都、政府も表向きは、このまま続行という姿勢を崩していません。しかし、医療体制も含めて、このままでの開催は難しいという声は、関係者のなかにも出てきたようです。ロイター通信は1月14日の記事で、河野太郎行革担当相から「どちらに転ぶかはわからない」という言葉を引き出しました。政府部内でも、開催を不安視する声が出ているのでしょう。

 

先行きを見通しているのは、組織委よりも世論かもしれません。NHKが1月上旬に行った世論調査では、「開催すべき」16%、「中止すべき」38%、「さらに延期すべき」39%で、続行論は少数派で、中止・延期論は4分の3を超える多数派になっています。

 

再延期についは、国際オリンピック委員会(IOC)も、組織委員会も「ありえない」と否定しています。2022年は、北京で開く冬季オリンピック(2月)、カタールで開くサッカー・ワールドカップ(11月~12月)と大きなスポーツイベントがあり、その間に夏季オリンピックが入ると、4年に1度のビッグイベントというオリンピックブランドが崩れるというのがIOCの思惑なのでしょう。日本の組織委も、資金不足だといわれ、来年開催ではとてもお金が続かないという事情があるようです。

 

いろいろな思惑や事情を考えると、このままの開催が無理なら、無観客開催がもっとも現実的だと思えてきます。IOCにとっては、収入の4分の3を占める放映権料で、東京分の約20億ドルも入ってきますし、オリンピックで盛り上がったあとの総選挙を狙っている菅政権にとっても、予定通りの開催が難しいなら、次善の策として受け入れられる内容でしょう。

 

しかし、オリンピックの期間中に集まる1000万人をあてにするビジネスは、旅行、ホテル、飲食店、グッズ販売店などたくさんあり、無観客への抵抗も大きいと思います。そういう背景もあるのでしょう、行けるところまで行く、というのが森会長率いる組織委の方針のようで、それに政府も東京都もJOCも逆らわない、逆らえないということなのでしょう。そうなると、オリンピック前に第4波が来て、右往左往するうちに中止に追い込まれるという最悪のシナリオも見えてきます。

 

森発言の影響

 

組織委の母体である東京都もJOCも、さらには政府も、森会長の発言を批判したものの辞任を求めず、そのまま続投を認めることにしました。森会長の謝罪と発言撤回で幕引きをはかりたいということでしょう。IOCも続投を認めました。

 

しかし、国内では、オリンピック中止・延期論が高まっていたところへの女性蔑視発言で、さらにオリンピック熱は冷めてきたように思えます。東京都などへは抗議電話が相次ぎ、ボランティアを辞退する人も出てきています。こうした辞退者がふえるようであれば、医療面だけでなく人員面からも「無観客」に追い込まれるかもしれません。

 

もっと心配なのは海外の反応です。カナダのIOC委員が「(オリンピックの)朝食会場で、必ず(森会長を)とっちめる」とツイッターに投稿したことが話題になりました。この委員は、東京大会に参加することを前提にしていますから、温和な反応とみるべきかもしれません。コロナ対応に四苦八苦している国がほとんどですから、スポーツ選手だけを特別扱いにして、「女性蔑視の国」に選手団を送り込むことへの反対や不満の世論が高まるおそれもあります。

 

カギを握る米国の動向

 

開催すべきかどうかのカギを握っているのは米国の動向だと思います。昨年3月24日、IOCと組織委は、オリンピックの1年延期を決めますが、その直前、米国オリンピック・パラリンピック委員会(USOPC)が開催延期をIOCに要請し、これが延期の決断を促しました。

 

今回は、いまのところUSPOCは静観しています。森発言直前、ホワイトハウスの報道官の会見(2月3日)で、東京オリンピックについての質問が出ました。記者が「現時点で、米国チームを東京に送り出すことは安全だと思いますか」と質問したのに対して、サキ報道官は「北京オリンピックについては、まだ何も議論していない」と答え、東京と北京を間違えたのです。記者が「北京ではなく、東京の質問です」と重ねて質問すると、報道官は「我々の計画は何も変わっていない」と答えました。

 

報道官が東京と北京を間違えたのには伏線がありました。前日の会見(2月2日)で、「2022年の北京(冬季)オリンピックのボイコットを求める動きがありますが、大統領はそれに応えるのでしょうか」という質問があり、報道官が「私は更新すべき情報を持っていない」と答えた場面があったのです。バイデン政権は、トランプ政権に引き続いて、中国のウイグル族に対する弾圧について「ジェノサイド」だと認めたこともあり、中国に対する次の一手として北京大会のボイコットを政権内で検討課題になっているのでしょう。

 

バイデン政権にとって、東京大会は眼中にないということでしょう。しかし、メディアの質問でもわかるように、東京に選手を派遣することを不安視する声があるのは確かです。

 

ガバナンスのない組織委とJOC

 

それにしても森会長の発言はお粗末ですが、もっと深刻なのは、政府部内やJOCや組織などから、森会長の辞任を求める声が出てこないことです。森会長が「スポーツ界のドン」であることや、高齢の会長を批判することは「老人いじめ」との逆批判を招く、などの理由があるのでしょう。森会長に引導を渡すとすれば、菅首相かしれませんが、火中の栗を拾っても得にはならないと考えているのでしょう。

 

組織委もその親元であるJOCも公益財団法人です。公益財団法人は、いうまでもなく公益のための法人組織ですから、そのトップが公益に反するような言動をした場合には、解職を理事会に求める権限を持っている組織があります。それは評議員会で、株式会社であれば、株主総会にあたる役割を果たす組織です。

 

組織委の評議員は、川淵三郎・日本サッカー協会相談役、遠山敦子・トヨタ財団顧問、木村興治・JOC名誉委員、福田富明・JOC名誉委員、梶原洋・東京都副知事、武市敬・東京都副知事の6人です。JOCの評議員はスポーツ団体の代表や学識経験者ら63人です。

 

森会長の不適切発言にまず対応しなければならないのは、組織委の評議員会ですが、解任はおろか協議するための臨時会を開く動きもないようです。組織委は、オリンピック・パラリンピックの開催を受けてJOCと東京都が大会の実行組織として設けたもので、JOCは組織のいわば親元ということになりますから、組織委が動かないのならJOCの評議会がJOCの会長を通じて組織委に働きかけることもできます。それだけではありません。森発言が飛び出したのは、JOCの臨時評議員会ですから、その「落とし前」をつける責任があるはずです。

 

森会長に引導を渡すのは菅首相、と前述しましたが、公益財団法人のガバナンスからいえば、組織委やJOCの理事会、評議員会のような組織が動くことが第一です。だから、最後は首相しかない、といった議論自体が法人のガバナンスを軽視しているわけです。考えてみれば、私たちは評議員会をお飾りとしかみていないわけで、今回の森発言をめぐっても、組織委やJOCの評議員の意見を聞こうとしたメディアはなかったように思います。

 

森発言は、オリンピック・パラリンピックの東京大会が女性蔑視の発言をあっけらかんとして語るような古い体質の「ボス」によって運営されていることを世界に示しただけでなく、組織委やIOCといった組織にガバナンスがないことを露呈することになったと思います。

 

東京大会に求められているのは、「人類がコロナに打ち勝った証」ではなく「日本がガバナンスのある国であることを示す証」とすることでしょう。

 

(冒頭の写真は組織委のホームページに提示された森会長発言に対する見解です)


この記事のコメント

  1. KG小林 より:

    森発言とその意味なし謝罪会見を受けたボランティア辞退について,自民党の二階幹事長が<代わりはいくらでもいる>ともとれる居丈高の放言をして,ますます東京五輪への嫌悪感が募りました.
    「汚染水は完全に制御下にある」という安倍前総理の明らかな嘘による招致から始まり,女性蔑視・国家主義の本音が噴き出すに至り,組織委員会ひいては日本国全体が五輪精神とは相容れない考えをもつものと世界に発信してしまったので,その誤解を解くべく組織委総入れ替えの「リセット」をしないと一層多くのボランティア辞退・選手ボイコットで,中止已む無しになるでしょう.
    説明無い閣(内閣)でジリ貧の菅総理は森発言と距離を置いていますが,政権浮揚のきっかけどころか重しになりつつあります.いっそ今,解散総選挙で野党に政権を禅譲して,コロナ対応+東京五輪の「ババ」を引かせるというE難度の大技「大政奉還」を繰り出すのではないかと,内心,期待しています.

    なお以下の箇所は誤変換と思われます.
    1段落目・餅発言→森発言
    3段落目・披露している→疲労している

  2. 高成田 享 より:

    入力ミスのご指摘ありがとうございます。早速、修正しました。政府が森会長の辞任に動かなかったのは、中止になった場合の「ババ」を森さんに引かせる狙いもあるかもしれませんね。組織委の理事会+評議員会が2月12日にも開かれるとのこと、このガバナンスの儀式が形式的なものか、実質的なものか、見極めたいと思います。

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