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「中国はなぜ軍拡を続けるのか」 新潮選書 阿南友亮著 の鋭い分析

2018.02.06 Tue
政治

「中国はなぜ軍拡を続けるのか」 新潮選書 阿南友亮著 の鋭い分析

平成30年 2018 2月
仲津 真治

全部で約三百五十頁の大部の著作です。やっと読み終えた感のある本ですが、標
題通り重い中身の書で小生の読解力と知識等を凌ぐものがありますものの、テー
マが当人の時代認識の真中に有りますので、読了したところで、幾つかの感想を
記したいと思います。

序)  始めに、国名のことを書いておきます。

ここに「中国」とは、英名「China」で、カタカナ表記すれば、「チャィナ」の事
です。 そんなこと分かり切っていると思われるかも知れませんが、実はそう簡
単ではありません。

日本語で新字体ですが、「中国」と言えば、古来「中国地方」を指し、近畿と九
州の間の「四国地方」を除いたところの呼称でした。そして、今でもそうです。
歴史上、「中国武士」と言い、民謡では、「中国地方の子守歌」があり、戦後広
島に本社のある電力会社は、通称「中国電力」ですね。

では、隣国の「中国」の国名は何と言ってきたかと云うと、実は、国号と呼ばれ
て来た国名は「清」まで無く、その「清」とは実は王朝名であったとのことです。
斯くて、姓が変わるという意味の「易姓革命」との言い方も、歴史で習った「殷」
「周」「秦」「漢」「隋」「唐」「宋」「元」「明」「清」も、何れも支配王朝
名であった由、それらは国名では無く、例えば往時の「清」からの欧州への
留学生が、「国名」の欄に何と書いて良いか分からず、困ってしまったという逸
話が残っているくらいです。(念のため記すと、春秋、戦国、三国、五胡十六国、
南北朝など統一王朝が無かった時代も結構あります。)

では、歴代王朝の頃を、どう呼ぶのが良かったのかよく分かりませんが、其処
は天命を受けた「天子が治める世界」であって、この世界は「天下」とでも呼ぶ
べきであったのでしょうか。

そこへ遂に1911年に至り、辛亥革命が起き、彼の国で歴史上初めて皇帝政治で無
い時代が到来しました。 翌1912年初頭、「三民主義」に基づく「中華民国」が
誕生したのです。これは彼の国で初の国号というべきものでした。 この国号が
「中華民国」であり、それを略して云うようになった呼称が「中国」で、名付け
親は、その孫文自身と聞きます。爾来、同国で踏襲されています。

こうした経緯があることもあり、国際的には、「チャイナ」の英名で通っていま
すので、この文章では、それに拠ることとします。

2) 著者「阿南 友亮」(あなみ ゆうすけ)の紹介

ここに、著者の事を簡単に記しておきます。 昭和47年 1972 東京都生まれと、
比較的若く、両親の下、小学五年から中学三年までの三年余、北京で暮し、旅好
きの両親に連れられて、外国人に開放されて間もない中国各地を廻ったと云いま
す。その間に、日本の小中学生では先ず経験しないような暴力的で凄惨な場面に
幾度か遭遇した由、お陰で神経も随分鍛えられとのことですから、この学者には
机上の論議に止まらない、深みと奥行きのある研究の素地が其のとき出来たよう
です。

斯くて、大学生になってから、違和感なくチャィナの奥地に分け入り、遂に、全
土二十二省、五自治区、四直轄市、二特別行政区を踏破していたとの事です。
それは本当に凄い事で、実に多くの人々との出逢いをもたらし、著者の厚みと質
感のある研究と所論に繋がっているようです。

そして、経歴としては、慶応義塾大学法学部を卒業し、 法学博士を取り、同大学
在籍中に北京大学国際関係学院に留学、また、ハーバード大学・イェンチェン研
究所の客員研究員も経験、その後、東北大学公共政策大学院院長を経て、現
東北大学大学院法学研究科教授の任に在る由です。

3)  その基本的な視座

著者の行ってきた調査は、中国共産党の人民解放軍の根拠地に係る分を始めとし
て、歴史研究の範疇に入る由、斯くてその過程で大都市、省都、県城、郷鎮、農
村の様子を観察することになりますので、その体験はチャィナの現状を多角的に
分析する貴重な機会となります。

テレビなどに映る、上海など一部の大都市をみれば、「チャィナ台頭」論を鵜呑
みにしてしまう人が居るのは無理は無いと思える光景は確かにあると、著者も記
しています。 同時に其処から離れて内陸部の省都や県域、そして数億の貧しい
農民を抱える農村部を歩き回れば、その経済発展を日本の高度成長と同列に論じ
る言説を空しくさせる光景が広がっていると書いています。

つまり、チャィナの包括的評価のためには、どちらの光景も注意深く観察するこ
とが不可欠と言う分けです。 再説すれば、バランスの取れた視座が大切なので
す。それが本書で終始貫かれていることが、良く分かります。

4) チャィナと言う社会

始めに、本書では、中華人民共和国という国家の一員であるという自我を有して
いる人間と、そうした自我を持つべきであるという同調圧力に直面している人間
との集合体を、中国社会(チャィナ コミュニティー)と名付けています。微妙な
言い方ですが、それは華僑を意識した表現のように感じられます。

そして、この中国社会(チャィナ コミュニティー)の中でも、国家権力を行使す
る立場にある人間、すなわち共産党幹部及びその縁者や取り巻きからなる
グループと、国家権力にアクセスのない民衆からなるグループを分けて捉える
必要があるときがあるので、その場合は前者を「中国共産党」或いは単に「共産
党」といい、後者を「民間社会」としています。

此処で著者は、チャイナと異なり、民主社会では国民がよるデモがあり、これに
対して警察が催涙ガス、ゴム弾、警棒などの実力を使うという光景は決して珍し
くないとしています。その場合、確かに国家は実力を行使しているのだと著者は
指摘しつつ、それは、基本的に国家の主権者たる国民の人権に配慮した形で行わ
れ、負傷者が出た場合などは、警察や政府の責任が問われる事になるとしていま
す。

5)  しかし、チャィナの状況はまるで違います : 第二次天安門事件を代表例と
する共産党と民間社会の対立があるのです。

第二次天安門事件は、1989年6月起きましたが、それは、この共産党と民間社会の
対立が一気に先鋭化し、大規模に顕在化したものでした。それは民主社会に於け
るデモのような生易しいものではありませんでした。この事件では、警察では無
く、本来は主として国防を担うはずの軍隊(人民解放軍、以下単に「解放軍」とい
う。)が、戦車や装甲車を並べ立て、自動小銃に実弾を装填して、民衆に向かって
発砲したのです。

其処に垣間見えたのは、国家特に、その主権を独占している共産党と、主権への
アクセスを事実上持たない民間社会との間に存在する根深い相互不信と緊張状態
です。

6) 軍拡と国内平定など

この大事件を契機として、大規模な軍拡が始まります。
共産党は、この大事件以降、ほぼ毎年二桁という伸び率で、国防費(解放軍関連の
支出項目の一つ)を増やし続けています。その公表額は、2016年に約十八兆円と云
う規模に達しました。因みに、同年の日本の防衛予算は五兆円弱であります。

ただ、チャィナでは情報公開が厳しく制限されていますので、解放軍に流れる資
金の実態を把握することは困難を極める由、それでも世界中の公的・私的研究機
関や研究者によって、公式の国防費を大幅に上回る額の資金が投入されていると
の指摘が異口同音に為されていることを忘れてはなりません。一例として、解放
軍が注力している兵器の研究・開発、外国からの装備調達など潤沢な資金を得て
いるた経費は、其処にカウントされていない由です。

斯くて、過去二十数年間、潤沢な資金を得てきた解放軍は、陸軍、海軍、空軍、
ロケット軍の大規模な刷新を進め、凄まじい変貌を遂げて来ました。 将に軍拡
です。

7)  威嚇・恫喝の手段としての解放軍

1989年、北京の天安門広場での大規模な衝突まで発生したチャィナ社会の
内部対立は、その後の約二十年間でほぼ全土に拡散し、慢性化した由です。
かつて比較的秩序正しい社会と云われて来たチャイナは、すっかり違った様相
の国へと変わりました。 同国内で急増した「群体性事件」がこの事を物
語っています。

デモ、暴動、テロと云った集団的非合法活動の総称である、「群体性事件」の
発生件数は、1990年半ばで年間一万件未満でしたが、その後猛烈な勢いで増え、
2005年には九万件弱に達した由です。以後、公安当局は、この件数を公表しなく
なりましたが、香港経由の情報では2011年に十八万件に届いた事が明らかになっ
た由、斯く現状は二十万件を越えていると見られています。

全国各地で数千、数万の民衆が腐敗した政権側に不平や不満をぶつけ、衝突し、
地方政府庁舎、警察署、パトカーを襲撃し、死傷者が生じる事件が多発、無差別
テロが後を絶たないと言うのです。そう言えば、過去二千年、チャイナでは、黄
巾の乱や紅巾の乱、太平天国の乱などに象徴されるように、農民の暴動によって、
数多くの王朝が危機に瀕し、滅亡・交替してきました。

解放軍に投入される資金が増加の一途を辿っていると言う傾向は、懸かる群体性
事件の激増という社会情勢の下で起き、続いていることなのです。著者は、解放
軍の軍備増強と、チャィナの不安定な国内事情との間に、明瞭に相関関係がある
と指摘しています。

第二次天安門事件は、解放軍という実力装置がチャイナ国内の秩序維持に中心的
な役割を果たしていることを内外に顕示しました。 この事件を生み出した構図
が未だ解消されていない以上、解放軍を国内の秩序維持という機能から切り離し
て考えることは出来ないと、著者は断言しています。それは、枢要不可欠な力の
手段・装置なのです。

なお、この力・手段はもとより、対外にも向けられています。それについては、
その威嚇・恫喝に屈することはあってはならないところ、2010年、日本の管政権
は尖閣海域での衝突に怯んでしまい、チャィナ側の違法船長を捕まえているのに、
その釈放に応じました。 こうした先例は、「日本御し易し」の印象をチャィナ
当局に与えてしまったと見られます。

8)  世界最大の私設軍隊

解放軍は実は私的な実力組織です。国家や公に属する軍隊ではありません。
その統帥権は、共産党が持っています。端的に言えば、実質的にも制度的にも
共産党直属の軍隊なのです。

先進国の軍隊は、選挙によってどの政党が政権を担っても、それに対して忠誠を
誓います。特定の政党に対して肩入れすることはありません。軍隊は政治的に中
立なのです。それは通常「国軍」と呼ばれます。

だが、解放軍は違います。それは、共産党という特定の政党にのみ忠誠を誓い、
共産党と敵対する勢力は国内外を問わず、敵視するという性質を持った「党軍」
ないし「私軍」なのです。即ち、それは「中国軍」ではなく、「中国共産党軍」
なのです。著者はこの点を常に意識して置くべきであるとしています。共産党と
解放軍は実際上厳密に区別できるものではなく、解放軍は実質的に共産党の武装
部門なのです。

斯くて、チャイナの憲法には、「人民武装力は、中国共産党中央委員会が統帥す
る」との趣旨のことが書かれています。より、具体的には、「解放軍の最重要任
務は、共産党の独裁体制を防衛することなのです。人民解放軍とは、いかにも公
共性に富んだ軍隊を彷彿とさせる名称ですが、前述の天安門事件は、それが虚構
であることを内外に示しました。

ただ、党と国家は別という建前から、共産党の中央軍事委員会と国家の中央軍事
委員会と云う二つの委員会が存在することは確かです。しかし、両委員会は全く
同一メンバーです。共産党の一党支配の下では、党の委員がそのまま国家の委員
となる分けです。

チャイナに於ける究極の権力の源泉は、国家主席でも共産党の総書記でも無く、
共産党中央軍事委員会主席であるとの見方が、広く研究者の間で共有されている
と言われます。これは、長らく、解放軍のみが実質的な権力行使の源泉であった
ことに由来すると申します。この主席は晩年の鄧小平が任じていました。

9)  何故、軍拡が続くのか。

著者は幾つかの理由を挙げています。それらを敷衍しますと、・・・。

a  共産党は、チャィナ国内からの一党独裁体制に対する異議申し立てを実力で封
じ込め、また、米国を中心とする同盟のネットワークに力で対抗する意思を有し
ていて、その意図を隠そうとしません。 これが続く限り、党の軍隊の保持と
待遇改善、それに装備の充実は手を抜けないのです。

即ち、それは共産党独裁体制が存続するための不可欠なコストと言えるでしょう。
著者は、それをチャィナの政治体制が抱える慢性疾患と呼んでいます。

b  この装備拡充、つまり所謂「近代化」をチャィナは、基本的にロシア製とその
模倣、それらを参考にした自主開発に拠っていますが、実質的にそう言う方法し
か、手段を持ち合わせていない由です。

天安門事件以降も西側諸国はチャィナとの貿易は続けましたが、その民衆に対し
て武力行使を辞さない解放軍に武器を売り渡すことは、さすがに西側の規範に反
する事と考えられたようです。よって、米国と西欧主要国の最先端兵器をチャィ
ナに売ることは禁止されています。

斯く、解放軍が時代遅れになりつつある兵器をどんどん配備している様は、
他者からすると壮大な無駄遣いに見えますが、共産党の安全保障は、既に見てき
たように、非常に不安定ですから、その実力装置は巨大にするほか無く、私ども
の眼前で斯くも奇妙な軍拡が繰り広げられていると言う分けです。

c  解放軍の戦力は時代遅れでも、威嚇・恫喝・牽制の手段としてそれなりに有効

解放軍の戦力は、米国やその同盟国に比べると、真っ向から対決するには、甚だ
不十分ですが、威嚇・恫喝・牽制の手段としてはそれなりの効果がありますので、
これらを使わない手はありません。現に、尖閣諸島、東シナ海、南シナ海、台
湾海峡などで、様々な形で使われるようになっています。

d  こうした軍拡は、共産党の既得権益派の手中にある巨大国有軍事産業を潤す

懸かる軍拡は、軍艦や戦闘機などの発注先となる国有軍事産業にとって恵みの雨
であり、それらを支配下に置く共産党幹部に大金が転がり込むことに繋がる由で
す。それらは独占の企業集団でして、立地は上海が多く、斯くて閥を形成してい
るようです。

e  軍拡を可能ならしめている、西側との関係がもたらす経済価値

チャィナと、米国やその同盟諸国との経済関係が維持されていますが、これによ
り、共産党は軍拡を続ける資金を其処から確保しています。西側からすれば、対
中関与政策を取るのは、チャィナが早晩民主化されるとの前提に立っています。
されど、この関係維持の効果もあって、それは崩されつつあると言って良いでし
ょう。

他方、共産党は、西側の政策・行動を、自国に対する「和平演変政策」と捉えて
警戒している由です。その意味する所は、「平和的手段による体制変革の企図・
試み」との事です。

斯くて著者は、現下の情勢と、その進展に鑑みれば、日本を始め、西側各国の政
策のオーバーホールが必要との立場に立っている様です。 注目すべきスタンス
です。

9)  腐敗は終焉しない:共産党支配が続く限り、汚職は構造的です

現政権の下、反腐敗闘争が進められていますが、著者は、その実態は現トップの
習近平の派と他の派閥(幾つも在る)との権力闘争と捉えられるとしており、それ
は、共産党独裁体制の維持を前提に、チャィナの民間社会にマグマのようなフラ
ストレーションが溜まらないよう、適宜ガス抜きを図る趣旨と理解している由で
す。人々は、時折の摘発で、溜飲を下げていると言う分けです。

因みに、腐敗の根本原因は、権力の独占・集中に在るのであって、批判が許され
ず、立法・司法・行政・軍隊・警察・メディアなど全ての権限が共産党に集中し
ているため、必ず、腐敗が起き、そのチェックとバランス回復の作用や機能が働
かないのです。やがて、その体制や社会が行き詰まってしまいます。現に、古来
農民暴動などが繰り返され、王朝が崩壊、別の姓の王朝へと交替してきました。
(易姓革命)

自由主義や民主体制は、経験上、そうしたことを見越し、権力を批判的に見て、
抑制と均衡が社会や体制内に働くよう、そして腐敗や不正が是正されるよう、民
主主義、議会制度、選挙制度、投票制度を導入・整備し、言論等の自由を保障し、
マス・メディアを自立させ、三権を分立、特に司法権を独立させ、法治主義を採
用、軍隊などを政治的に中立にして来たのでのす。世の中、たまりに溜まって暴
発と言う事が無いのです。

これに対し、共産党は、こうした知恵を否定し、その一党が全権力を掌握、党が
正しく指導的役割を果たすとしていますから、批判は起こしえず、諸問題や腐敗
の発生・累積が不可避でしょう。党争や闘争は必至です。 歴史は繰り返され、
経験はそれを如実に示しているのです。


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