慰安婦問題 日韓合意の意味
慰安婦問題で日韓政府が合意に達したニュースは、どの新聞も1面トップで大きく報じられています。たしかに、この問題が日韓関係悪化の原因になっていたのですから、2015年最後の大ニュースということでしょう。とはいえ、「日韓関係の新時代の幕が開かれようとしている」などという解説を読むと、違和感というか白けた気分になってしまいます。
慰安婦問題では1995年、村山内閣(1994~95、自民党と社会党との連立政権)のときに、「アジア女性基金」という官民の団体が設立されました。その時点での日本政府の認識というか立場と、今回の合意による立場と、何が変化したのでしょうか。大きな変化はない、と私は思ってしまうので、今回の合意に至る両国の動きが空騒ぎのように思えてならないのです。だから、「新時代の幕開け」などという評価は、とてもできないのです。
アジア女性基金は、1990年代初めからの慰安婦問題の浮上と、それに対する「河野談話」など日本政府の認識を受けて、つくられたものです。日本政府は、植民地下や戦争時における賠償は、サンフランシスコ条約や個別の日韓協定などに決着済みという立場から、元慰安婦に対する直接的な補償である「償い金」は、民間からの寄付金でまかない、政府は元慰安婦にかかわる医療福祉の助成金を出すことにとどめました。
河野談話は宮沢内閣(1991~92、自民党)のときの河野洋平官房長官が、日本政府の調査をもとに出したもので、次のような認識が入っています。
「慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」
女性基金は、償い金を支給するにあたって、次のような文言の首相の手紙を添えました。実際に署名したのは、橋本、小渕、森、小泉の歴代首相です。
「いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えております」
今回の「合意」による共同記者発表で、岸田外相は次に語っています。
「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」
「安倍首相は、日本国の首相として改めて、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおあわびと反省の気持ちを表明する」
この岸田談話で、河野談話にあった募集時や慰安所内での「強制性」という言葉はないものの、「軍の関与の下」は認めています。また、首相の手紙にあった「道義的責任」の「道義性」が落ちて「日本政府の責任」という言葉になりました。
安倍内閣はすでに、河野談話の見直しはしないと言明しているので、韓国政府は「強制性」の念押しはしない代わりに、韓国政府が主張していた日本政府の責任を明記させるうえで、「道義的」ということばをはずさせたということでしょう。法的責任とは書かれていないので、日本政府も応じたということでしょう。
アジア基金は、日本側にできた基金でしたが、今回の合意では、韓国政府が設ける財団に日本政府が10億円程度の予算を拠出することになりました。韓国からすれば、日本政府が責任を認めて予算を出したと主張できますし、日本政府からすれば、韓国の財団に拠出したのであって、直接的に個人補償をしたわけではない、と主張できるということでしょう。日本政府が撤去を求めていた慰安婦を象徴する「少女像」については韓国政府が「適切なかたちで解決するよう努力する」ことが盛り込まれました。
今回の合意が双方の顔を立てた妥協の産物であることは明らかです。とはいえ、全体的にみれば、女性基金の時点から大きく変化したものはありません。しいていえば、慰安婦問題で日本の責任を追及するとした朴槿恵大統領の主張がまがりなりにも通ったということになるのでしょうが、日本政府の立場や主張を大きく転換させたわけではなりません。「慰安婦は、当時どこにでもあった公娼制度のひとつ」といった考え方に同意していたと思われる安倍首相からすれば、大きな妥協になったかもしれませんが、日本政府の立場は、河野談話や女性基金からほとんど変化していないのです。
中国の海洋進出という国際情勢、中国経済への不安が高まる経済情勢のなかで、日韓関係の修復は、日本や韓国だけでなく、米国にとっても大きな課題でしたから、今回の合意は、歴史的な必然かもしれません。しかし、中国の軍事的な台頭は、いまにはじまったことではありません。しれなのに、朴大統領は、ことさらに慰安婦問題で、反日感情をあおり、安倍首相もことさらに慰安婦問題がないかのような発言を繰り返してきたのでしょうか。
週刊誌やネットを見れば、「慰安婦問題は朝日新聞がでっちあげたもの」といった情報があふれています。昨年、慰安婦を強制連行したという吉田証言をもとにした記事を朝日が取り消したことによって、慰安婦問題は虚構という言説に勢いがましたように思います。
しかし、吉田証言が慰安婦問題のきっかけのひとつになったかもしれませんが、吉田証言は産経新聞を含め、当時の多くのメディアが取り上げたものですし、河野談話をはじめとする慰安婦問題の理解は、さまざまな資料や証言によるもので、吉田証言によるものではありません。
今回の合意は、慰安婦問題が問題として存在していることの何よりも証しで、日本が国際社会で生きていくためには、この問題がなかったことにはできないし、首相がだれになろうと慰安婦の方々に「おわびと反省」を表明せざるをえないというのが現実だということです。空騒ぎのあとに、あらためて、この事実を認識したいと思います。
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