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米大統領選挙とコロナ

2020.11.07 Sat

ちょうど20年前の2000年11月、私はワシントン駐在の記者として混乱する大統領選の行方を見ていました。

 

民主党のゴア副大統領と共和党のジョージ・ブッシュ・テキサス州知事との戦いになった11月7日の投開票日の夜、最後の混戦となったフロリダ州の集計状況から、米メディアはいったんブッシュ氏の勝利を報じたのですが、両者の投票数の差が0.5%未満で、ゴア氏が再計算を求めたため、勝敗は持ち越されました。

 

ブッシュ勝利の情報が流れた時間帯は、11月8日夕刊の締め切りが過ぎていたので、号外を出すことになり、販売店などにブッシュ勝利の号外が配布されたところで、再計算がわかり、号外の配布にストップをかけました。一部の地域では、号外が配られたようで、“幻の号外”が市中に流れたと聞きました。

 

当時の私は52歳、それまで大きな事件には遭遇せず、大事件とは縁がない記者だと決めつけていたので、これが私の記者人生にとって最大の事件になるだろうと思った記憶があります。それから1年後の2001年9月11日に同時多発テロが起き、さらなる大きな出来事に記者として出会うことになりましたが、2000年の大統領選をめぐる混乱は、私にとっても忘れられない“大事件”でした。

 

2020年のトランプ対バイデンの大統領選挙をみながら、20年前を思い出したのですが、同じ混乱でも、20年前と今回とでは違うところもあります。ひとつは、取材している記者たちにとって、20年前は想定外でしたが、今回は想定内ということです。トランプ大統領は当初から、民主党は郵便投票で不正を行うとして、事前に弁護団を組織するなどしていましたから、トランプ陣営による票計算の差し止めを求めていろいろな州で起こしている訴訟は、想定内というか予定通りの行動に出ているように思えます。

 

もうひとつの違いは、20年前にゴア氏が求めたフロリダ州の再集計は、票差が少なかったり、投票用紙で投票者があけたはずの穴がちゃんとあいていないため無効とされた票があったりという根拠が明確でしたが、今回は、大量のトランプ票が捨てられたり、偽のバイデン票が持ち込まれたりといった根拠がはっきりしない疑惑で、トランプ氏は不正があったと主張し、訴訟が起こされていることです。

 

投票日の前に、米メディアは、「赤い蜃気楼」(red mirage)という言葉を使っていました。開票の当初は、トランプ氏(共和党のシンボルカラーは赤)がリードするが、期日前投票や郵便投票の票が集計されはじめると、次第にトランプ氏のリードが蜃気楼のように消えてしまう、という予測でした。開票後の会見で、トランプ氏は「魔法のように自分の票が消えた」と、開票に不正があったことを訴えていましたが、トランプ氏にとっては、まさに魔法としか思えない蜃気楼だったのでしょう。

 

それにしても、日本時間で6日午前にトランプ氏がホワイトハウスで開いた記者会見の様子は、悄然としている感じで、質問も受けずに会見室を出ていく大統領は、足元がおぼつかないのか、壁に手をついていました。想定内ではあっても、ミシガン、ウィスコンシン、ミネソタなどの接戦州を落としたのは、相当なショックだったのでしょう。

 

トランプ氏は7日午前の段階では、裁判闘争を進めるとしていますが、今後、バイデン氏が優勢のペンシルベニア、アリゾナ、ネバダ、ジョージアの各州で、最終的な開票結果が発表され、米メディアがバイデン氏の当選あるいは当確を報じるようになれば、周囲から説得される形でトランプ氏が降りる可能性もあるように思います。楽観的かもしれませんが、トランプ氏側が裁判闘争などによる混乱に乗じて投票結果を無視する形での選挙を強行すれば、混乱は「内戦」にも発展しかねないと思います。

 

トランプ氏をここまで苦しめた原因は何か、いろいろ考えられますが、私はコロナだと思っています。大統領はコロナの感染者が米国で出始めたころから、コロナは大した病気ではない、と軽視する発言を繰り返し、全米に広がり死者もふえてくると、発生源の中国が悪いという責任転嫁と、ワクチンがすぐできるという楽観論をふりまき、マスクもしないという消極的な対応に終始しました。

 

その結果、米国は世界でもっとも感染者も死者も多い国となり、米国の医療水準は世界最高だと思っていた多くの国民のプライドを傷つけるとともに、大統領自身が感染したこともあり、大統領への不信感を高めた人もあると思います。

 

選挙結果を分析するときに、CNNの出口調査(投票所から出てきた人を対象にした世論調査)がよく使われます。それによると、投票する際のファクターとしてコロナ感染の拡大を「重要」と答えた人の比率は60%、「重要ではない」が37%でした。有権者の多くがコロナ問題を投票行動の重要なファクターとして考えていたことがわかります。また、「いま、経済再建とコロナの封じ込めとどちらが重要か」という別の設問では、コロナが51%で、経済の42%よりも上回りました。コロナが重要と答えた人の53%はバイデン氏に、経済復興よりもコロナ封じ込めと答えた人の80%もバイデン氏候補に投票しました。

 

今回の選挙の争点となったコロナ問題について、民主党支持者はコロナ問題を重視、共和党支持者は軽視をする傾向がありましたが、コロナ問題を重視する人が多いという出口調査をみれば、共和党支持者のなかにも、コロナは重要問題だと考え、軽視するトランプ氏に投票しなかった「隠れバイデン」もいたと考えられます。とくに、コロナのリスクを考える高齢者は、そういう人も多かったと思います。出口調査で、年齢別の投票行動をみると、若い層はバイデン、高齢者はトランプという傾向があります。今回の選挙でも、65歳以上の人でトランプ氏に投票したのは51%で、バイデン氏に投票した人は48%で、高齢者はトランプ投票者が上回りました。しかし、前回(2016年)と比べると、トランプ投票者は52%、クリントン投票者は45%で、やはりトランプ氏が高齢者を制したのですが、その差は縮小しています。高齢者層にクリントンぎらい、あるいは女性軽視の傾向があったかもしれませんが、高齢者層でバイデン投票者の比率がふえた要因のひとつは、コロナもあったと思います。

 

今回のような接戦では、コロナ問題でトランプからバイデンに投票を切り替えた人が少しでもあれば、勝敗に影響します。コロナファクターは、今回の選挙で大きな意味を持ったと思います。

 

逆に考えると、トランプ大統領がコロナを軽視せず、コロナ対応でマスクの着用も含め、真剣な対応をしていれば、トランプ氏は楽勝だったのではないでしょうか。CNNの出口調査では、経済についてもいくつか質問しています。投票でもっとも重視したのは何かという設問の答えをみると、「経済」35%、「人種の平等」20%、「コロナ」17%、「犯罪と安全」11%、「ヘルスケア政策」11%で、経済がもっとも多く、経済と答えた人の82%はトランプ氏に投票していました。

 

また、4年前に比べて家族の経済状態はどうか、という設問で、4年前より「良い」が41%、「悪い」が20%、「ほとんど同じ」が38%で、「良い」という人の比率が「悪い」という人の倍もいて、その72%はトランプ氏に投票しています。

 

さらに、コロナのパンデミックで経済状態が「非常に厳しくなった」という人が17%、「やや厳しくなった」が38%で、それぞれバイデン氏への投票は72%、61%で、コロナで経済的な影響を受けた人はバイデン氏に投票する傾向があり、トランプ氏の対応への不満がうかがわれます。

 

こんな調査結果をみていると、コロナファクターがなければ、トランプ氏の再選の可能性が高かったということになります。私からみれば、パリ協定やイラン核合意からの離反、WTOやWHOへの非協力的な態度など国際的な枠組みを無視し、過度な中国敵視政策をとるトランプ政権は、世界の不安定要因だと思えるのですが、米国民は、そういう不安は余り感じることはないのでしょう。それこそ世界にとって大問題で、このままバイデン氏が当選すれば、コロナに助けられた大統領ということになるのかもしれません。

 

大統領選の選挙結果をめぐり混乱が起きるのは20年ぶりということで、民主党と共和党との分断の深まりを考えると、これからも選挙のたびごとに混乱が続きそうに思えます。しかし、出口調査を見ると、そうとは限らないファクターがあると思いました。

 

ひとつは、世代ファクターで、今回の出口調査では、18歳から24歳の若年層のバイデン投票者が67%だったのに対して、トランプ投票者は29%でした。前回は、クリントンが56%、トランプが34%でしたから、若年層のトランプ嫌いがふえたことがわかります。その背景には、貧富の格差が拡大していて、若い世代が豊かさにありついていない傾向があると思います。民主党の候補者選びで、格差是正策を強く訴えたサンダーズ上院議員が善戦しましたが、富裕層に有利な政策を進めてきた共和党は、政策の修正をしないとこれからはじり貧になる可能性があると思います。

もうひとつは人種ファクターで、前回の出口調査では71%だった白人層が今回の調査では65%に減っています。前回調査では白人層の57%がトランプ氏に、今回の調査でも57%がトランプ氏に投票しています。白人層のトランプ氏への投票率が同じだということは、白人層の母数が減った分だけ、トランプ氏は不利になったということです。この傾向はトランプ氏というよりも、共和党への傾向ですから、これから非白人の比率は増えると、共和党は不利になるというでしょう。ここでも共和党は政策を修正しないと勝てない、ということになります。

米大統領選をめぐっては、いろいろな論点があると思いますが、今回はコロナファクターを中心に考えてみました。

(冒頭の米国の地図は、ニューヨークタイムズ電子版に掲載された選挙地図で、今回の大統領選挙で州ごとに、赤=トランプ、青=バイデンのどちらが選挙人を獲得したかの同紙の判断を示しています。7日時点で決定していない州は白になっています)


この記事のコメント

  1. KG小林 より:

    今現在もトランプは負けを認めていませんが,熱狂で支えてくれていた人たちが「悪夢」から醒めてどんどん消えていっていることに,ひどく心を痛めているのではないかと思います.貿易センタービル破壊の報に茫然自失だった子ブッシュのような感じですが,トランプについては一つも同情できません.今後,権力の座から転がり落ちるまで,どのような振る舞いをするか分かりませんが,多くの民事訴訟に加えてロシア疑惑など国家反逆罪に問われる可能性を考えるとブラジルとかイスラエルへの「亡命」を既に準備中なのかも知れません.

    米国民が世界情勢と関係なく投票行動をするのは昔から変わらないと思いますが,国力の相対的な低下や巨大企業の経済支配に伴い,中流以上の国民にも余裕がなくなってきて,パクス・アメリカーナ(アメリカ庇護下の世界平和)を説かれてもまったく心が動かなくなってきたように感じます.アメリカを再び偉大に,というトランプのスローガンは,高度成長よもう一度,東京五輪バンザイ,という空しい掛け声とも重なります.バイデンは,他者(他国)との協調・相互依存しか生き残る道はない,自分達の弱さを認めて立ち上がろう,というメッセージを国民に示すことが,傷ついた米国の「復興」には必要と思います.(日本も同様ですが,成り上がりを誇示するだけの意固地な御方にそんな度量は無いでしょう)

    追伸:以下は誤入力と思われます.
     5段落:表計算→票計算
    11段落:感染者も死者も試写も→感染者も死者も
    19段落:金種痘→民主党

  2. 高成田 享 より:

    入力ミスのご指摘ありがとうございます。早速、直しました。
    敗けがはっきりした段階でのトランプ会見で、目を上ず、原稿を読んでいる大統領の姿が印象的でしたが、菅首相の原稿棒読みもひどいものですね。日米とも政治も政治家も劣化が激しいようです。

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