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女性誌冬の時代、“超分散メディア環境”に直面 女性にとっての“ホームグラウンド雑誌”の復活は?

2026.04.27 Mon

◆雑誌は女性個人が選べるメディア

 大正3(1914)年のこと。他紙との競争に負け窮地に陥っていた読売新聞は思いきった策に出た。6ページ建ての紙面を8ページに拡張し、女性向けに毎日丸々1ページを使う「よみうり婦人附録」をスタートさせたのである。「時評、流行記事、婦人消息、会合案内、暮らしのヒント、投書欄などが盛り込まれた」(『読売新聞140年史』2015年)。この路線は他紙にも影響を与え、女性向けの記事は新聞の普及拡大とともに増えていった。
 ただし、新聞というメディアは、明治初期に日刊新聞が登場して以来、宅配ルートの発展に支えられて「家庭」に届けられてきた。実際には家長である男性が主だったにせよ、家族の誰かが読むという「家庭内共同利用メディア」だった。
 そして、1960年代以後マスメディアの“王者”になったテレビも、新聞と同様家庭内共同メディアとして発展してきた。だからテレビ視聴の代表的指標は「世帯視聴率」だった。
  新聞に対して雑誌こそが、女性が自らの意思で選び、読むことができるメディアだった。実際、明治時代以降今日までを振り返ると、最も有力な女性向けメディアの形は、少なくともネット時代以前までは雑誌だった。雑誌は女性のライフステージや関心内容に合わせてつくられており、個々の女性は自分に合ったものを書店の店頭で自由に選んで購入できる。新聞・テレビは家庭内共同利用メディアだと言ったが、雑誌の大半は「個人利用メディア」である。メディア論において、この対比が語られることはあまりないが、女性向けに限らず、今日のスマホ・SNS時代におけるメディアを考えるにあたって重要な視点である。
 さて、時代ごとの女性向けメディアのありようは、時代の空気や社会の価値観の影響を受けてきた。明治において、すでに『青鞜』に代表されるフェミニズムの思想が生まれているが、戦後に至るまで主流は良妻賢母主義だった。自分のためというよりは家族のための役割を優先する生き方である。戦後は男女平等が謳われ女性の生き方の自由も保証される建前になったが、良妻賢母主義は根強く残った。

◆女性市場をねらう広告メディアとして

 戦後の歴史を振り返ると膨大な女性誌の栄枯盛衰があり、中でも80年代は最大の創刊ラッシュだった。その前段、最初のエポックメーキングは70年創刊の『an・an』の登場である。大判サイズにオールグラビアという斬新な路線を実現した。翌年に追随した『non-no』と合わせた2誌に共通しているのは、ファッションやインテリア、各種消費財のメーカーなどから格好の広告メディアとして位置付けられ発展したことである。主ターゲットは、高校や短大を出て就職し“寿退社”するまでの未婚のOLだった。そこでのテーマは家事や花嫁修業などよりも、消費者としての女性に対して、買い物や趣味などのためにお金を使うことを提案することであった。
 『an・an』『non-no』の“卒業生”である既婚女性向けにも新しい顔が増えていった。従来からの子供や夫といった家族のための生き方を柱に据える雑誌の存在感が薄まり、折からのバブル経済も反映して、自分のため、消費を楽しむというライフスタイル志向の雑誌が台頭した。「女の新聞」をキャッチフレーズに発展した『クロワッサン』(77年創刊)はその代表例。
 同時に自立志向・キャリア志向も目立つようになり、『MORE』のように未既婚を問わずキャリアウーマンをねらった雑誌も登場した。86年施行の雇用機会均等法もその傾向に拍車を掛けた。80年創刊の求人情報誌『とらばーゆ』はまさに時代の産物である。
 戦前から生き延びて、雑誌名に婦人とか主婦という言葉を変わらず使ってきた女性誌も、あるいは60年代以来、芸能情報や皇室話題など大衆路線で競ってきた女性週刊誌も、時代に合わせて変身を遂げていった。

◆超分散メディア環境のもとで

 高齢層が通っている美容院には今でも女性週刊誌を置いているところがある。筆者の知り合いの70代の女性は、行きつけの美容院に置かれている女性週刊誌が、かつてに比べてページ数が大幅に減って薄くなっていることに驚いていた。
 90年代後半以降のインターネットの登場と普及は雑誌の世界を一変させ、紙の雑誌は読者と広告主が離れ、冬の時代を迎えた。女性週刊誌が薄くなったのも必然である。特に日本でiPhoneが発売された2008年以後、スマホの普及に伴ってメディアと個人(読者、視聴者)の関係はがらりと変わった。すなわち、一個人から大企業まで、誰もが発信者になれるようになった。それまでであればひとつの雑誌の中にラインナップとして載せられていたファッションや料理や外食、旅行といったコンテンツを、我こそはという個人がSNSやYouTube、TikTokを通じて、バラバラに自由に発信できるようになった。中には、個人でもマスメディアと言えるほど多数の登録者を獲得するケースも現れている。
 メディアの共同利用・個人利用という観点に照らすと、ネット時代は、個人利用がいっそう強力に進んでいることになる。その目で女性向けメディアを見ると、女性誌の数が3ケタだったとすると、たとえばウェブやYouTubeの中で女性向けとみなせるサイトやチャンネルは、気の遠くなるような数が横並びに併存している。このような「超分散メディア環境」のもと、個々の女性にとっては、細分化されたテーマごとにたまたま出会う泡(バブル)の中に浮かんでいるかのようである。
 それに対して、既存の女性誌は生き残り策として、部数減に耐えながらデジタル版を立ち上げて紙と連携させて、読者のつなぎとめをはかっている。たとえば記事に関連した動画が見られるというような連携である。双方向の交流の度合いも強めている。それらの雑誌には、超分散メディア環境下、女性にとっての“ホームグラウンド”のひとつになる可能性が残されているように思う。紙とデジタルを包含するプロの送り手の編集者や書き手の役割も改めて重要になるだろう。その際、新聞に比べて雑誌やデジタルメディアにおいては、女性の担い手が多数、経験を積んできていることが期待感を持たせる。

付記:この記事は、『ニューリーダー』2026年4月号(はあと出版)から許諾を得て転載しました。ただし、写真は今回独自に加えたもので、すべて筆者の所蔵する創刊号です。


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