「バイデンのアメリカ」の始動
嵐の真っただ中からバイデン政権が船出をしました。就任早々、コロナ対策、気候変動、移民対策など、矢継ぎ早に大統領令を発令し、仕事する政権という印象を内外に与えています。そのなかにはパリ協定への復帰やメキシコ国境の壁建設の中止、環境破壊が懸念されていたキーストーンXLパイプラインの建設中止などトランプ前大統領が出した政策を覆すものも多く、まるでオセロゲームで黒石が白石に一気にひっくり返ったような感じがします。
分断にどう対応するのか
新大統領の最大の課題は、分断された米国の統合で、就任演説でも、繰り返し統合という言葉を使っていました。米国の政治は民主・共和の対立の歴史が長く、議会の採決でも、両党の判断がきれいに線引きされることが多くパーティーラインという言葉もあります。しかし、今回の選挙では、選挙結果に従うという民主主義の基本ルールに反して、トランプ前大統領は「選挙に不正があった」として選挙結果を認めようとしませんでした。話し合いという民主主義のルールを変更すれば、殴り合いになります。トランプ支持派の議会襲撃のあと、米メディアに「内戦」(civil war)という言葉が飛び交ったのも、このままなら南北戦争(The Civil War)以来の市民同士の戦いになりかねないという不安が高まったからでしょう。
それにしてもリンカーンやレーガンを輩出した共和党は、いまやトランプ党のようになってしまいました。議会への襲撃事件へのあと、共和党の議員のなかにも、選挙結果を認め、トランプ氏が暴動を煽ったとして発議された弾劾裁判で、トランプ氏の罷免に同意する人も出てきました。このままトランプ離れが進むのかと思っていましたが、それぞれの地元で親トランプ派の住民から「裏切るな」と、激しい突き上げを受けたようで、トランプ回帰の流れに戻っているようです。1月末には、共和党のマッカーシー院内総務はフロリダのトランプ氏を訪ね、2022年の中間選挙でのトランプ氏の共和党支持を取り付けました。トランプ氏が新党を立ち上げるという話(ブラフ)におびえたのでしょう。これでは、選挙もポーカーも勝てませんね。
こうした動きをみると、2月8日以降に始まるトランプ前大統領に対する上院の弾劾裁判で、出席議員の3分の2以上の賛成が必要な弾劾が成立する可能性は低くなりました。2年後の中間選挙で、共和党が勝つには、トランプ氏の支援が必須ということでしょうが、そうなると、4年後もトランプ氏を大統領候補に担いで、自分たちもその余勢で当選しようということになるのでしょうか。トランプ氏を崇拝し一心同体という議員はもはや少なく、内心はトランプ党以前の共和党に戻りたいと思っている議員も多いと思います。トランプ党を続ける限り、共和党はじり貧になっていくと思いますし、トランプ氏が政治への興味を失ったら、どうするのでしょうか。
一方、バイデン政権の戦略は、米国内で拡大する貧富の格差を是正することに力をいれることになりそうです。これが成功すれば、トランプ支持の岩盤層になっている白人貧困層の生活を底上げすることにもなり、岩盤から引きはがすことができるからです。トランプ前大統領が醸し出した人種差別ムードに、白人層から熱烈な支持者が出てきたのは、かれらの仕事を黒人やヒスパニック、移民たちが奪ったという思いがあるからです。トランプ政権の中国叩きに同調したのも、中国が安価な製品を米国に輸出することで、自分たちの仕事を奪っているという論理に納得したからでしょう。だから、バイデン政権が人々の生活を安定させるような政策を打ち出せば、排外主義も沈静化するというわけです。
・最低賃金の引き上げ
・貧困地区への公的資金の投入
・富裕層への増税
・法人税率の引き上げ
・国民皆保険をめざす公的医療保険の拡大
・大学や専門学校の学費免除
・学生ローンの一部免除
これらは、民主党が今回の大統領選に向けた党綱領に盛り込んだ政策で、同党の候補者選びで激しく争ったサンダース氏の掲げた政策が反映されています。バイデン大統領と与党となった民主党は、この綱領に沿った政策の実現をはかることになります。野党の共和党は、こうした政策はお金がかかりすぎるという財政規律論と、社会主義的だというイデオロギー論で反対に回るでしょう。
保守層を基盤とする古くからの共和党支持者は、こうした共和党の考えに同意するでしょうが、こうした政策が生計の助けになると期待する共和党支持者も、低所得者層を中心に多いのではないでしょうか。昨年末に共和党が出した補正予算案で、国民全員に600ドルの一時金を支給する案が入っていたところ、トランプ大統領が2000ドルに引き上げろ、と要求したことがありました。民主党が多数の下院はトランプ案となれば即否決となるはずですが、実際には下院で可決されました。民主党が賛成に回ったためで、与党だった共和党からは財政規律が失われると多数の反対票が投じられました。低所得者層をターゲットとするバラマキ政策では、トランプ大統領と共和党、民主党と共和党との間にねじれが生じたことになります。
低所得者層の不満をトランプ氏は排外主義に向かわせましたが、それで生活が向上するわけではありません。バイデン政権が低所得者層に手厚い政策を出していけば、「国民統合」の兆しが見えてくるかもしれません。「経済が大事だよ、おばかさん」と、政治論争よりも暮らし向きだと訴えて、1992年の選挙で現職の大統領の座を奪ったのは民主党のクリントン大統領でした。
中国とどう向き合うのか
トランプ政権は中国を「戦略的競争相手」と位置付けて、通商面だけでなく軍事面でも中国への圧力を高めました。バイデン政権も、戦略的競争相手という位置づけは踏襲したうえで、「戦略的忍耐」という構えでいくことを決めたようです。この言葉は、オバマ政権の北朝鮮政策で用いられた言葉で、北朝鮮が非核化に向けた動きを示すまで交渉には応じないという方策を説明するものだといわれています。結果的には、北朝鮮の核開発を進める結果になったのですが、バイデン政権はどういうつもりなのでしょうか。
トランプ政権は、中国に対する「忍耐」をあきらめて、貿易戦争を仕掛け、軍事面でも南シナ海への空母派遣や台湾への武器売却で緊張を高めました。そして、「忍耐」の土台となっている「関与(engagement)政策」についても見直すと言いはじめていました。関与政策は、中国を国際的な自由主義経済の枠組みに入れて、経済的な発展を促せば、やがて民主主義的な政治体制に変化するという考え方です。ところが、習近平体制は経済的な発展を背景にむしろ強権国家への道を歩んでいます。それなら、自由主義経済圏から締め出すべきだ、というわけです。
バイデン政権が「忍耐」という言葉を使ったのは、トランプ政権にように経済での全面戦争をするつもりはないという意味なのでしょう。バイデン大統領は就任演説で、「私たちはもう一度、同盟関係を修復し、世界に関与(engage)していきます」と語りました。私には、関与という言葉は、中国に対するシグナルだと聞こえました。
ただ、これまでの民主党政権のように中国に甘い顔ばかりはしない、という構えはあるのでしょう、就任式に台湾の高官を招いたのは、中国に対するもうひとつのシグナルでしょう。
バイデン政権は、中国とどう向き合うのか、いろいろな情報から予想されるのは次のような内容です。
・対話のチャンネルを確保したうえで、交渉や協議をする。
・ハイテク分野への投資促進などによって中国との戦略的競争を続け、優位を保つ。
・通商、東アジアの安全保障に加え、香港やウイグル民族への弾圧などの人権問題を提起する。
・その際、トランプ政権が引き上げた中国からの輸入品に対する関税を交渉の道具に使い、中国からの譲歩を獲得する。
・EUや英国、日本などとの「国際協調」も中国への圧力として使う。
こうした政策で米中関係がただちに好転するとは思えません。そうなると、日本はどうするのかという問題が出てくるでしょう。日本は安全保障では米国と同盟関係にありますが、経済面で貿易相手国のトップは中国です。政治的には中国への圧力を強める米国主導の国際協調路線に加わり、経済面では中国との貿易をふやし、中国からの観光客を日本に誘致して爆買いをしてもらう。そんないいとこ取りの「政経分離」は、中国も米国も認めるとは思えません。日本が期待する「戦略的忍耐」を米国も中国も応じてくれないとなると、日本は安保と経済の股裂きということになってしまいます。
あれかこれかの踏み絵を避けるには、外交努力しかありません。日本は古くからのイランとの友好関係があり、イランと敵対する米国も、日本には一目置いているところもあります。2019年には安倍首相がイランを訪問、ロウハニ大統領やハメネイ師と会談し、米国との緊張緩和を働きかけました。成果は乏しかったようですが、そういう芸当が出来るという役柄を日本は身に付けてきたということでしょう。
日中関係はイランとは比べものならないほど長く、現在は政府間のパイプは細いようですが、民間も含めれば、一衣帯水の日中間にはさまざまなパイプがあります。敵対的な関係を続ければ、尖閣問題のような火種がさらに熱を帯びることになります。米国と中国との橋渡しになるような外交関係を日本が築くことは、東アジアの平和と安全にとっても重要だと思います。
就任早々のバイデン大統領と電話会談したマクロン仏大統領は、その後の記者会見で、フランスは米国の「自立的パートナーであり、依存する協力関係ではない」と述べました。「協力関係とは、価値や目的を共有するためにともに働くことであり、協力関係が依存関係になれば、それはどちらかが従者となり、去っていくことになる」というのです。
「自立的パートナー」という表現は、米国の軍事力に依存するNATO諸国のなかで、あまり使われてこなかったそうですが、トランプ時代に米国が自国第一主義を貫いたあとは、これが欧州の本音ということでしょう。日本も対中関係では、米国の「従者」とならず、「自立的パートナー」となる道をさぐるべきだと思います。
(冒頭の写真はホワイトハウスのHPから)
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