2022年を展望する
2022年はどんな年になるのか、コロナ、インフレ、米中対立という喫緊の三つのテーマを選び、考えてみました。
虎は一日に千里を走る
2022年の幕開けは、コロナウイルスの変異株オミクロンの感染拡大ですね。感染力の強さはデルタ株でも話題になりましたが、オミクロンはその数倍の感染力のようです。「虎は千里を一日で走る」という言葉がありますが、このところの感染者数の増加をみていると、まさにオミクロン株の動きを表しているように思えます。第六波は感染者数で第五波を上回る可能性は十分にあります。(下のグラフは、WHOが公表している世界の地域別感染者数の推移)
これまでのオミクロンの経緯をみると、感染力の強さだけではなく、次のような特性がわかってきました。①肺ではなく気管支で増殖するため肺炎による重症化は少ない②2回のワクチン接種でも感染する「ブレークスルー感染」が多いが、ワクチンに重症化を抑える効果はある③ワクチンの3回以上の追加的な「ブースター接種」による予防効果が大きい、などです。
こうしたオミクロンの特性を考えると、その対応策も変更を迫られることになります。まず、医療体制です。現在は、感染者は病院で隔離・治療というのが原則になっていますが、これでは感染者の数が膨れ上がったときに重症者を病院に収容しきれず、「医療崩壊」が起きるのは確実です。デルタ株でも大阪や東京では、自宅待機という名で実際には自宅に放置された感染者が大量に生まれ、適切な医療を受けられないままに亡くなる事例が続出しました。
この失敗を繰り返さないためには、軽症や無症状の感染者を、インフルエンザと同じように、かかりつけのクリニックや病院で治療し、重症化あるいは重症化のおそれのある感染者は、コロナ専用の病棟のある病院や臨時利用施設(野戦病院)で治療する、という態勢に切り替えることが必要です。保健所が病院や宿泊施設の振り分けまで管理する現在の方式から一般の病院やクリニックが対応する方式に切り替えるわけで、指定感染症の扱いとしては、これまでの1類(エボラ出血熱など)及び2類(SARSなど)に準じたものから、5類(インフルエンザ)に準じたものとなります。「格下げ」のように見えますが、大量の感染者が生まれることを想定して、重症者を救うために、一般の医療機関や医師を総動員してのコロナに立ち向かうわけで、むしろ「格上げ」だと考えるべきでしょう。
経済活動も元に戻る「再開」よりも新たな時代への「変化」を考える必要があります。企業では、緊急事態宣言下では、リモートによる商談や会議が広がりましたが、宣言が解除されると在宅から出勤に戻るところも多いようです。しかし、変異株によってコロナが生き残りに成功していることを考えると、リモートは一時的なものではなく、リモートが通常という時代なのかもしれません。リモートは、「職場」は物理的な空間(会社)にあるのではなく、スマホやパソコンのネット空間(在宅)のなかにあることを発見させました。
リモートは社会全体の生産性や効率性を高めることにつながっていますし、このリモートを標準とする波は欧米に広がっていて、この波に乗り遅れると、日本の衰退はさらに早まるでしょう。岸田政権は「デジタル田園都市国家構想」を掲げていますが、この構想をコロナによるピンチを都市・地方問題や働き方の改革へのチャンスに変える具体化してほしいと思います。
猛虎伏草
猛虎伏草とは、英雄が世に隠れているたとえですが、草に伏していた猛虎が頭をもたげるイメージは、出現の機会をうかがっていたインフレが姿を見せる様子のように思えます。
すでにインフレの芽は出ています。原油や天然ガスなどエネルギー価格が高騰する一方、半導体不足は電子製品や自動車などの品不足と値上がりを引き起こし、さらに牛肉や小麦などの食料価格も上昇しています。(下のグラフは「世界経済のネタ帳」が作成した原油価格の推移)
コロナ禍による景気の後退がワクチンの浸透などで回復傾向にあります。これが物価上昇の基調ですが、それだけでは説明できない要因も加わっています。エネルギー価格の上昇は、産油国が脱炭素の流れに対抗して、原油の産出量をふやさず価格の上昇で稼ぐ政策を取り始めたことがあります。
また、天然ガスの値上がりは、産出国のロシアがウクライナ経由のパイプラインで欧州へ流すガスの供給を減らしているためで、ウクライナのロシア離れ外交に対する報復措置とみられています。ロシアがウクライナに侵攻するのではないかという憶測も広がっていて、天然ガス価格を上昇させる要因になっています。
半導体の品不足は、コロナ禍による生産の停滞、自動車のEV化の加速、スマホやゲームなどの高性能化、半導体の世代交代に応じた設備投資の遅れ、さらには米中摩擦による中国製半導体の供給不安などの要因が加わっています。
食料の値上がりは、干ばつなどの天候不順にコロナ禍による食品工場や運輸業での人手不足、経済力を増した中国の牛肉などの輸入増などが原因としてあげられます。
現在のインフレの芽は、コロナや気候変動、地政学リスクなど複雑な要因がからみあった「複合インフレ」に育つことを示しているだけに、一時的な現象だと楽観視することはできません。消費者物価が上昇している米国は、連邦準備制度理事会(FRB)が金融の量的緩和の縮小に踏み切り、年明けからは政策金利の引き上げに踏み込むでしょう。欧州中央銀行もすでに量的緩和の縮小に入っていますから、緩和策の継続を宣言する日本だけが取り残されているようで、その余波は円安に向かい、すでに石油など輸入物価の上昇を招いています。世界的なインフレの波が日本に押し寄せる場合、円安による輸入インフレによって、さらに高くなる可能性があるのです。
虎の尾を踏む
21世紀の覇権を賭けた米中の対立はどうなるのか、今年の日程で注目されるのは、2月に北京で開催される冬季オリンピックと秋に予想される5年に1度の共産党大会、米国では11月の中間選挙です。
オリンピックは平和の祭典ですから、緊張の緩和に働いてほしいものですが、米国は中国の新疆ウイグル地域での人権侵害を理由に「外交ボイコット」を決めました。選手は派遣するものの、政府関係者は参加しないというもので、五輪を舞台に米中の首脳が会談する五輪外交はなくなりました。
外交ボイコットに同調したのは、英国、カナダ、オーストラリアなどですが、中国はメンツを重んじる国ですから、米国を含め「ボイコット」を宣言した国と中国との外交関係はぎくしゃくすると思います。日本は政府関係者の派遣は見送るものの、ボイコットという名前は使わないという対応を取ることにしました。外交にあいまいさは必要で、日本は賢明な選択だったと思います。今年は日中国交正常化50周年の年でもあり、米中の緊張がさらに高まることを考えれば、日中のパイプを残しておくことは、米国にとっても有益だと思います。
米中の経済関係は、米国がウイグル強制労働防止法を昨年末に成立させたことで、さらに厳しいものになると思います。この地域からは、高級な綿花や太陽光パネルのシリコンなどが世界に輸出されているため、米企業に限らず、米国市場でこうした製品を販売しようとする日本を含む外国の企業にとっても影響は大きいと思います。
新疆ウイグルの産品に限らず原材料や部品のサプライチェーンから中国をはずす動きは加速化すると思います。ソ連圏と米・西欧圏がそれぞれ経済圏をつくった冷戦時代の再来のようにも思えますが、東南アジアの諸国などは、米国のサプライチェーンに入り込むと同時に、中国とも通じる灰色圏をつくり漁夫の利を得ようとするでしょう。「両虎食を争う時は狐その虚に乗る」という言葉がありますが、両虎の争いは、狐にとってはチャンス到来かもしれません。
米中の経済戦争が深まるのは必至ですが、なんとしても避けてもらいたいのは軍事的な衝突です。中国の習近平国家主席は新年への祝辞で「祖国の完全統一の実現こそ、両岸同胞の共通の願い」と述べ、あらためて台湾統合への意欲を示しました。毛沢東以来の偉大な指導者をめざす習氏は、秋の共産党大会で、3期目の総書記就任を果たすとみられています。その際に習氏が「完全統一」の旗を掲げれば、国民も習氏なら実現できるのではないかという期待が高まると踏んでいるのではないでしょうか。「虎視眈々」とは、習氏の台湾への野望をさす言葉でしょう。
一方、台湾の蔡英文総統は新年の談話で、「中国からの圧力には屈しない」としたうえで、「台湾に対する軍事的、外交的な圧力は、この地域の平和にプラスにならない」として中国に自制を求めました。蔡氏は、もともと台湾は独立した国家だという考え方だといわれますが、「独立宣言」などで中国を刺激して「虎の尾を踏む」ことは避けているようです。
しかし、中国の野望を台湾が抑止するには、米国の後ろ盾がほしいところでしょう。米国のバイデン政権も、アフガニスタンからの撤退がタリバン国家の復活につながり「失敗」の烙印を押されたことから、台湾への軍事的な支援を強め、「強いアメリカ」を示さざるを得なくなっているように見えます。米国は今年の中間選挙のあとは、2024年に大統領選挙を控えています。トランプ氏の再登板を阻止するためにも、「強いアメリカ」の看板は当分、下ろさないと思います。
中国が台湾に侵攻する「台湾有事」の前には、中国が「一国二制度」を台湾に要求するなど政治的なプロセスが想定され、ある日突然、中国軍が台湾に襲いかかるという可能性は低いと思います。しかし、台湾周辺の海域や空域での偶発的な衝突の可能性は十分にあると思います。そこに米軍が介入すれば、日本にある米軍基地が中国から攻撃され、日本も戦争に巻き込まれるのは必至です。(下の写真は「東洋経済」2021年12月25日・2022年1月1日合併号が掲載した「起こる確率は非常に少ないが、万一、現実化すれば深刻かつ重大な影響を及ぼす『テールリスク』」
安倍元首相は昨年末に台湾で開かれたシンポジウムにオンラインで参加し、「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と発言したと伝えられています。「有事」とは戦争を意味しますから、中国が台湾と戦火を交えれば、日本も米国とともに参戦するというのでしょうか。中台戦争が日本の安全にとって大きな脅威になるのは明らかですが、台湾有事と日本有事と日米有事とをイコールで結び付ける必要はありません。
中国と台湾の対立の歴史を振り返れば、毛沢東率いる中国共産党と蒋介石率いる中国国民党との内戦のすえ、蒋介石が台湾に逃れ、双方が国家を築いたことが対立の原点です。夫婦喧嘩や兄弟喧嘩に他人が口をはさめば、最後にうらまれるのは他人のほうだということを忘れてはなりません。
虎の口より人の口恐ろし
2020年を展望すると、コロナもインフレも米中対立も私たちの生活を脅かす大きなリスクになっています。しかし、いずれも人知を尽くせば、リスクは最小限に抑えることができそうです。私たちが知恵を出し、声を出すことは、リスクを抑える意味があると思います。権力者の力は絶大ですが、私たちの声も大きな力だと信じています。虎の口より人の口恐ろし、と言いますが、権力者の声よりも私たちの声のほうが恐ろしいと思わせたいですね。
(冒頭のイラストは、染色作家の秋山淳介氏の作品)
この記事のコメント
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「日本は政府関係者の覇権は見送る」→「派遣」
約80年前に挙国一致で覇権を争っていたことを思い出しました.
「あいまい外交」は良い知恵であると思いますが,国民の真の理解が伴わないと,かつてのように政府の「弱腰」に怒って戦争に突き進む推進力となった衆愚の扇動材料にもなりかねません.「毅然とした態度」とやらを貫いて北朝鮮から人質奪還ができないばかりか,横暴な駐日米軍には少しも毅然ではなかった元首相の放言を許しているような国民が,「あいまい外交」を理解できているとは思えません.虎(米軍)の威を借る一辺倒で思考停止の国民のさまは,戦(いくさ)のない太平の世に慣れ切った徳川幕府の治世下に似ているような気がします.平和とはどのように維持され,国民に何が求められ,有事の際にはどうなるのか,外交の意義は何なのか,マスコミ(特に朝日)は先の大戦を盛り上げた反省のもとに,より成熟した国民の意識を醸成するよう努めてほしいと願っています.
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まったく同感。さすが元論説副主幹ですね。現役論説も負けずに頑張ってほしいものです。
今年もよろしくお願いします。