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伊達政宗の幕府転覆計画

2017.11.20 Mon
政治

大泉光一著『暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」』(文春新書)というタイトルに魅かれて読んだ本に刺激され、東北の反乱史を振り返ってみました。東北の歴史を概観すると、大和朝廷による蝦夷に対する「征夷」以来、東北は中央政府にとって征伐の対象であり、中央政府にとっては、ふだんは従属しているが、ときに反乱を起こす存在であったことがわかります。そして、多くの「反乱」の背後に外国との結びつきがあるようです。もし反乱が成功していたら、日本は外国勢力によって分断されていたかもしれないという否定的な評価もあるでしょうが、「辺境」であるがゆえに外に開かれた目や手足を持っていたといえるかもしれません。

「ヴァティカン機密文書館史料による結論」という副題を付けた『暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」』(以下『政宗』)で著者が示したのは、伊達政宗による慶長遣欧が「幕府転覆計画」だったということです。著者によると、政宗の計画は反乱を超える政権奪取の策謀だったことになり、東北の反・中央政府史のなかでも着目すべき事件ということになるでしょう。歴史的には、政宗が自ら計画を隠蔽したことで、そこに秘められた狙いが歴史に埋もれた結果、遣欧使節は文化交流使節として支倉常長の名とともに、日本史に位置づけられることになる一方で、今日の政宗像は天下取りをめざした武将というよりは、「東北の雄」にとどまることにつながっっているように思えます。

 

『政宗』の要点は、バチカン文書に残されていたローマ教皇パウロ5世の政宗に対する「勅書」です。これは、「カトリック王への叙任」と「キリスト教騎士団の創設」という政宗が支倉を通じて密かに教皇に伝えたふたつの請願に対する回答で、その内容は、政宗がキリスト教徒であれば、ふたつとも実現したと読めます。だから著者は、下記のように書き、政宗の「幕府転覆計画」の現実性に言及しています。

「もしも政宗がキリシタン大名であったならば、ローマ教皇から『カトリック王』に叙任され、ローマ教皇支配下の『騎士団の創設』も確実に認められたであろう。そのうえスペイン国王からの『サンティアゴ騎士団』を通しての軍事支援も期待できたはずである。そして日本国内ではローマ教皇のお墨付きを利用して三十万人以上のキリシタンを糾合することも十分可能であった」(『政宗』P122)

著者は、歴史の「イフ」をさらに推し進めて、政宗が幕府転覆計画を実行すれば、オランダと英国のプロテスタント勢力に後押しされた幕府軍と、ローマ教皇支配化のスペイン、ポルトガル、フランスなどのカソリック連合軍の支援を受けた伊達軍との代理宗教戦争に発展したかもしれないとしたうえで、そうなれば、伊達軍にも十分勝算があった、としています。

遣欧使節(1613~20)の時代に、欧州各国が極東の日本で大規模な軍事力を展開できたかどうかは、それぞれの国家の事情によるでしょうが、スペインは16世紀に入ると、メキシコのアステカ帝国やペルーやボリビアなどにまたがるインカ帝国などを次々に征服し、鉱物資源などを文字通り強奪していました。日本の天皇や徳川幕府の存在は西欧諸国に認識されていたはずですが、政宗という協力者に導かれれば、黄金の国伝説に魅かれて軍隊を派遣する可能性は確かにあったかもしれません。

あらためて東北の歴史を振り返ると、東北が中央政府に反旗を翻す時期は、国際情勢が微妙にからんでいるように見えます。まず「三十八年戦争」です。高橋崇著『蝦夷 古代東北人の歴史』(中公新書)によると、東北の人々である蝦夷が大和朝廷に帰属する過程で、大和になびいた蝦夷は「俘囚」「夷俘」などと呼ばれるようになりました。しかし、東北人が大和に従属するばかりでなく大規模な反乱を起こしたのが、774年から811年までの「三十八年戦争」と呼ばれる時期で、この戦争の東北側のヒーローがアテルイ(阿弖流為)で、何度も大和朝廷が派遣する軍隊を苦しめ、その反乱は、801年に「征夷大将軍」に任命された坂上田村麻呂がアテルイを802年にを降伏させ、平安京まで連行したうえ殺害するまで続きました。

「征夷大将軍」という名称は、この時代から官職として使われるようになり、鎌倉・室町・江戸幕府を通じて、武士の棟梁であり日本の最高権力者の称号として、王政復古で将軍職が廃止される1867年まで1000年間も続きました。考えてみれば、蝦夷の末裔ともいえる東北人を「差別」する役職名が千年も使われてきたということになります。

それはさておき、「三十八年戦争」のあった8世紀後半から9世紀初頭の日本海を見渡せば、唐と組んだ新羅が百済と日本の連合軍を破った白村江の戦い(663)を経て、朝鮮半島を支配する一方、その北方に渤海が698年に興り、日本との朝貢貿易を進めていました。794年に平城京から平安京に遷都した大和朝廷にとって、東北・北海道は、新羅や渤海の手が届く不安の環であり、新羅や渤海が東北の勢力と組んで大和朝廷を脅かす力はないと見込んだにせよ、交易によって東北が力をつけることへの警戒心はあったと想像できます。古代史の知見はないのですが、この時期に、大和朝廷が蝦夷征伐に力を入れた背景には、こうした事情があったと推測することはできると思います。

東北の陸奥を支配していた安倍一族が鎮守府将軍となった源頼義に滅ぼされたのが「前九年の役」(1051~1062)、この戦いで国府側に加担したのち奥州を支配下清原氏が滅亡し、平泉を拠点として栄華を誇った奥州藤原氏が登場するきっかけとなったのが「後三年の役」(1083~87)ですが、東北を束ねていた安倍氏も清原氏も出自は「俘囚」、「俘囚主」と書かれている文献もあるそうで、高橋崇著『蝦夷の末裔』(中公新書)は、かれらが蝦夷の末裔である可能性を書いています。

征夷大将軍としてのちに鎌倉幕府を開く源頼朝に攻められ1189年に滅亡した奥州藤原氏の繁栄を支えたのは、岩手県から宮城県にかけて連なっていた金山とともに、青森県の十三湊を拠点とする中国・北宋との交易でした。統一国家をめざす頼朝にとって、独立国家のような振る舞いをする奥州藤原氏は、大きな障害であったはずで、戦争状態にあった義経をかくまったというのは、口実にすぎなかったともいえます。義経が平泉から蝦夷地に逃げて、大陸に渡りジンギスカンになったとする後世の義経伝説は、東北・北海道と北部中国との暗黙のつながりを前提にしたうえで、判官びいきの江戸庶民が広めたものではないでしょうか。

政宗の「陰謀」から2世紀半過ぎた1868年、仙台、米沢藩を主力とする東北の25の諸藩は「奥羽越列藩同盟」を結び、薩長を主力とする「新政府」に対抗した。仙台藩の玉虫左太夫らが描いた政権構想は、明治天皇の義理の叔父にあたる輪王寺宮(北白川宮能久親王)を盟主に担ぎ、合議機関として奥羽越公議府を置き、米、仏、露などから武器援助を受けて、全国制覇を狙うもので、星亮一著『奥羽越列藩同盟 東日本政府樹立の夢』(中公新書)は、この同盟を下記のように位置付けている。

「列藩同盟の戦略論は全国制覇を視野に置く、本格的なものであり、北日本政権あるいは東日本政権の樹立を目指すものであった」

この同盟の先がけた会津藩と庄内藩の「会庄同盟」では、当時のプロイセン公使を通じて北海道の根室や留萌をプロイセンに割譲するのと引き換えに軍事的な協力を模索した形跡が最近、見つかったそうです。また、奥州列藩同盟が崩壊したあと、北海道の函館を拠点に「蝦夷共和国」を樹立した榎本武揚も、米国などから国家として扱われることを「共和国」の根拠としていたし、プロイセンの貿易商、ガルトネルに北海道七重村の300万坪の土地を99年間貸与する契約を結んでいますが、これもプロセインからの軍事協力を期待したものかもしれません。

中央政府に対抗しようとした東北の勢力がいつの時代も外国との連携を意識していたことは、「敵(中央政府)の敵(諸外国)は味方」という政治の鉄則に沿っているとはいえ、中央政府から見れば辺境(マージナル)である東北に、外国との連携に臆さない気質が脈々と流れているのかもしれません。

政宗の野望を垣間見ることのできる建築物が宮城県・松島にあります。瑞巌寺に隣接する円通院の三彗殿です。政宗の嫡孫である光宗を祀ったこの霊廟にある厨子には、バラや水仙の絵が描かれ、バラは支倉常長がイタリアから持ち帰ったバラを模したものといわれ、水仙は常長の尋ねたフィレンツェを象徴する花だと伝わっています。この厨子には、ダイヤ、クローバー、ハート、スペードの模様も隠されていて、西欧文明あるいはキリスト教が隠れたモチーフになっているようです。19歳で早世した光宗の没年は1645年で、政宗が没した1636年の9年後ですが、政宗の夢がこの霊廟にも残されているとみるべきだと思います。この霊廟は、明治になるまで公開されなかったそうですが、こうした模様は、とくに徳川幕府には隠しておきたかったでしょう。

政宗の遣欧使節に込めた「陰謀」は「正史」にはなっていないようですが、この物語は、アテルイ以来の東北の反逆史に、新たな一頁を加えているように思えます。「黙々と中央政府に従う存在」というのが一般的な東北像ですが、こうした歴史的な事件をひとつひとつ見ていくと、必ずしもそうした東北像があてはまるとは限りません。政宗の幕府転覆物語は、東北奇譚のひとつであることを超えて「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」(柳田國男『遠野物語』)という位相に置かれることになるかもしれません。

 


この記事のコメント

  1. 中北 宏八 より:

    面白く読ませていただきました。

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