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杉本宏著『ターゲテッド・キリング』を読む

2018.07.14 Sat
ターゲテッドキリング

現代書館から刊行された本書の題名である『ターゲッテッド・キリング』とは、聞きなれない言葉ですが、「国家が安全保障上の脅威と見なす特定の人物を選別し、政府機関員が上層部の承認を得て、刑事上の手続きを経ないで実行する故意の殺害」だそうで、この本では、「標的殺害」という訳語をあてています。「安全保障上の脅威と見なす人物」とは、その国家と敵対する国家やテロ組織などの幹部ということでしょう。

 

著者の杉本宏さんは、2001年9月11日に米国が「同時多発テロ」の攻撃を受けたときに、ワシントン駐在の新聞記者で、文字通り、昼夜を分かたず、この事件を報道し続けた人です。杉本さんは、その後も国家対テロ組織の「戦争」のありようを取材し、テロ組織や事件の拡散とともに、通信や映像の傍受から無人機による攻撃まで情報・軍事技術の進歩が現代の戦争を大きく変容させ、「標的殺害」の範囲を拡大させている実態をこの本にまとめました。米国の「標的殺害」に焦点をあて、その理論から実践まで、丁寧に論じた本書は、現代の安全保障を語るときに、それが観念論に終わらないための必読の本だといえます。

 

さて、2011年5月、その10年前に起きた9・11テロの首謀者とされたビンラディンは、米軍の作戦によって、パキスタンで殺害されます。その作戦を遂行したのは、米国のどの組織だったでしょうか。このニュースを覚えている人なら、CIAの情報で、米軍の特殊部隊が実行した、と答えるでしょう。たしかにその通りですが、筆者は、より正確な答えを用意しています。

 

「(ビンラディン殺害計画を実行した部隊の)隊員たちは、米軍の軍事作戦として任務を全うしたのではない。一時的に米軍から文民機関であるCIAへ移籍出向(転籍)し、CIA要員として出向先の準軍事作戦に従事したのだ。じじつ、パネッタ(CIA)長官がCIA本部(ワシントン)で作戦を最後まで統括し、下位隷属する形で米軍のマクレーブン統合特殊作戦軍(JSDC)司令官がアフガニスタンの基地から現場を『指揮』した」

 

なぜ、そんなめんどうな措置をしたのか。筆者は、「米軍主導の作戦となると、戦闘能力の点では優れていても、不測の事態に陥った場合、米国政府の関与を否認しづらい」という米政府内の事情を解説、「カメレオンのような変幻自在の戦法」と評しています。成功すれば正規の軍事行動、失敗すればCIAが勝手にやったこと、というのは、都合の良い便法に思えます。

 

しかし、著者は、こうした措置のなかに、法治国家でもある民主主義国家の「苦悩」があると見ています。なぜなら、「『法の支配』が貫徹している民主主義国家において、権力側に許される合法で正当な国家殺害は、基本的には法の適正手続きを経たうえでの死刑判決と、戦争での敵兵殺害に限られる」からです。

 

ビンラディン殺害作戦は、戦争と暗殺の間のグレーゾーンにあったため、計画を承認したオバマ大統領(当時)は、CIAによる非公然型の殺害として、作戦を遂行させたというのです。失敗したときのリスクを考えれば、非公然型のほうがいいのかもしれませんが、もし、捕虜になった場合は、国際法で認められた兵士ではありませんから、パキスタンの国内法で殺人犯として裁かれるおそれもあったのです。そういうきわどい世界に「標的殺害」はあるということです。

 

本書で著者が着目した事例に、ビンラディン殺害作戦とともに、無人機攻撃があります。この本によると、米軍の無人航空機は2002年度に204機だったのが、2017年度には9347機まで増加しています。無人機攻撃は、軍事作戦の手立てなので、当然、軍が指揮していると思っていましたが、本書によると、CIAが指揮している事例が多いようです。

 

無人機攻撃の利点は、味方の損失(リスク)がゼロで、費用(コスト)も安いということです。しかし、「リスクとコストの負担を回避すると、国内政治上の摩擦が減るため、『戦争継続』に弾みがつき、果てしない『戦争』が常態化し、中長期的には米国の安全を損なうリスクも伴う」というパラドクスを著者は指摘しています。また、無人機の発展は、自律型ロボット兵器の開発につながるという指摘もありました。

 

米映画『ターミネーター』は、人間対機械の未来戦争がテーマでしたが、人工知能(AI)の発展にあわせて、軍事兵器にAIを搭載させた自律型兵器について、国際的な規制を早急にかけないと、核兵器のように先行した国家の既得権になってしまうおそれもあります。本書は、そういう問題も提起していると思いました。

 

本書で展開されている「標的殺害」の正当性や合法性をめぐる米国内の論議を読みながら、日本とは違うと思いました。日本では、「超法規的な措置」というと、それもひとつの法的な措置のように受け取られ、議論はそこで終わってしまうところがあるからです。

 

そこは民主主義を標榜する米国らしさでもあるのですが、気になるのはトランプ政権の米国です。オバマ政権は、標的殺害の対象をテロ組織の指導者や幹部に限定し、大統領がその最終承認をすることにしていましたが、トランプ政権は、標的の範囲を広げるとともに、権限もCIAや米軍に移譲することを検討しているようだ、と書かれています。こうした標的殺害の日常化がいま以上に進めば、紛争地域における闇討ちに利用されたり、最新兵器を駆使した兵士の見えない戦争に対する貧者側の対抗手段としての無差別テロを増大させたりする不安を感じます。

 

多くのひとに読んでほしい本ですが、北朝鮮の金正恩委員長にとっても必読の本といえそうです。「斬首作戦」を恐れる金委員長にとって、自分を狙うどんな攻撃方法があるのかを学ぶ参考になるでしょうし、トランプと通じていればなんとかなる、などと米国を見くびっていると、痛い目に遭うということも知っておくべきでしょう。


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