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毛受敏浩著『移民1000万人時代』を読む

2026.02.20 Fri

出稼ぎで日本に来る労働者も、日本を訪れる旅行者も、家族と暮らす定住した人たちも、「外国人」という言葉で一括りにする。そのうえで、日本社会を脅かす存在として不安を掻き立て、「外国人」や「移民」の流入規制や排除を求める政治家や政党がこのところ、選挙のたびに勢力をましているようです。

 

しかし、好むと好まざるにかかわらず、日本という国家が没落、衰退していくのをいくらかでも止めようと考えるのなら、外国人を受け入れていくしかない。入れるか入れないかではなく、いかにうまく受け入れるかがいま、問われています。

 

そのことを具体的かつ明確に説明、解説し、これからの日本の道筋を示しているのが毛受敏浩(めんじゅ・としひろ)さんの近著『移民1000万人時代 2040年の日本の姿』(朝日新書)です。「外国人問題」が政治の道具になっているいま、まさに国民必読の書だと思います。

 

同書によると、2008年から減少に転じた日本の人口は、2020年代からその速度が強まり、「人口減少の加速期」に突入しています。直近の1年間の減少は94万人で、2026年中には年間100万人に達するとみています。

 

「10年間では1000万人の日本人が消えるという近未来の事実は、日本の社会、経済、そして安全保障に極めて大きな影響を与えます」(同書「まえがき」)

 

1000万人の消失という数字に驚くとともに、その規模を考えれば、著者が言うように、日本の近未来に極めて大きな影響を与えるのは明らかです。

 

そして、この人口減少を補うように増加しているのが外国人労働者です。日本に90日を超えて滞在する「在留外国人」の年間の増加数は、30万人を超えた2022年以降、毎年増加傾向にあり、著者は「40万人に向かって増えていく」とみています。

 

10年で400万人というと、直近の在留外国人数は約400万人ですから、2030年代には800万人となり、2040年代には1000万人となるのは「極めて実現性が高い」と著者は見ています。本書のタイトルである「移民1000万人時代」です。

 

著者は「在留外国人」を「移民」とみなしています。国際的には、「1年以上、国外に住む人」という国連の「移民」の定義が広く使われていますが、日本政府は「移民」という言葉を認めていません。そのため、国際基準の「移民」統計もないため、90日滞在という「在留外国人」を便宜的に「移民」とみなしているのです。政府のこうした対応について、著者は次のように書いています。

 

「日本で定住する外国人、つまり『移民』の必要性を認識しつつも、移民政策をとるとは表明せず、『移民ジレンマ』ともいうべき中途半端な対応に終始してきました」(本書第3章「『移民』議論から逃げる政府」)

 

日本に長く滞在して働く外国人材は必要だが、そうした外国人の移住を持続可能にする「移民政策」は取らない、というのですから、まさに「移民ジレンマ」です。このジレンマは、国民のジレンマの反映でもあるのでしょう。企業は低賃金で働く外国人労働者がほしい、労働者や労働組合は仕事を奪う外国人労働者はいらない、生活者である国民はコミュニテイーによそ者(外国人)が入ってくるのはいや、といった身勝手ともいえる願望です。

 

人手不足は日本経済の成長を抑えますから、「単純労働者は受け入れない」としてきた政府も、1990年にはブラジルやペルーなどからの日系人の受け入れを開始、1993年には「技能実習生」という制度をつくり、主に途上国からの単純労働者を受け入れました。さらに、2019年からは「特定技能制度」を創設し、介護や建設など特定の分野でのブルーワーカーの受け入れを認め、家族を呼び寄せて永住につながる道もつくりました。

 

移民政策は取らないという建前は維持したうえで、実際には外国人労働者の受け入れを広げて人口減による人手不足の緩和をはかる、いかにも日本的なありようです。しかし、このやり方を進めれば、「社会の分断」につながるとして、本書は次のように警告しています。

 

「日本側は『都合のよい受入れ』を行い、外国人側は『定着意識の欠如と日本語学習及び就業意識の低さ』をかかえたままの状態。それを受けて日本人は、外国人は能力が低いと見て『軽視や偏見の深化』が進み、外国人側はなるべく『日本人と接触を忌避』するようになる。さらに『外国人だけの集団化』の進行、そして日本人による『ヘイトスピーチ、ヘイト犯罪』の増加、その結果、外国人の『日本人への憎悪や犯罪増加』に結びつくという悪循環のループです。実際、このようなことがヨーロッパで起こっているとも言えます」(本書第5章「移民受入れのリスクに耐える」)

 

外国人の受け入れをふやしながら、こうした悪循環に陥るのを避けるには、日本政府が移民を認めるという政策転換を表明する必要があると思います。移民を認めないことによるリスクがどんどん蓄積していくことは確実です。

 

とくに大事なのが日本語教育で、働き手だけではなく、家族がいる場合、そこもしっかりケアしなければ、共生ではなく分断が起きてしまいます。本書では、ドイツのインテグレーションコース(社会統合のコース)が紹介され、ドイツの国家や社会を理解するためのオリエンテーション、その後のドイツ語教育などが主に国家予算で行われている、と書かれています。私が米国勤務のときに、子どもたちは通常の授業とは別にESOLの授業があり、妻はカウンティ(郡)のESOLの授業に通っていました。ESOL(English for Speakers of Other Languages)は、英語を母国語としない人のための英語教室で、学校も郡も無料だったと思います。

 

ドイツなどでは、こうした移民政策にお金をかけすぎているという批判があり、それが反移民の極右団体が台頭する要因のひとつになっているようです。しかし、こうした努力がなければ、移民の次の世代が貧困化するおそれがあり、それが暴力や社会不安の土壌をつくることになります。移民への優遇というよりも、自分たちの安全を買うコストでもあります。

 

本書は、日本国内でこうした外国人受け入れの政策を進める地方自治体やボランティアの動きを紹介しています。外国人の定住は地方再生のカギでもあります。しかし、政府が移民の受け入れを宣言しなければ、移民問題がタブー視される状態が続くことになるでしょう。著者は「在留外国人基本法」を制定し、移民に対する国民の意識を変えたり、排他的だという海外から日本を見る目も変えたりする必要があると訴えています。

 

日本の少子高齢化の問題は早くから指摘されていたのに、少子化対策が遅れ、出生率の増加につながらなかったのは、家父長制度を引きずる自民党の政権が子育ては家庭=母親の責任という思想を捨てることができなかったからです。「子どもは社会が育てる」という思想転換を政府が宣言すれば、今日の少子化の惨状を防げたはずです。民主党政権の児童手当の拡大に、「大バカ者」と野次った自民党の議員がいましたが、思想転換がなければ、後追いの政策や弥縫策が続くだけです。

 

「移民」を認めなければ、少子化対策の過ちを繰り返すことになるでしょう。ここで、一部の排外主義の主張に屈して、現状を放置したり、外国人を締め出したりすることになれば、日本の未来はない、と思います。高市政権には望むべくもないのかもしれませんが、著者の次の言葉を多くの読者がそして国民が同意することを期待したいと思います。

 

「本来、移民は変革と創造的破壊をもたらす大きな要因であり、それに伴い社会が変化していきます。移民は現在の日本の閉塞感を打破するカギであり、新たな発展に導く起爆剤となり得るでしょう」(本書第8章「移民受入れ後の未来」)


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