高市政権は社会の閉塞感を突破できるか
英エコノミスト誌の最新号(2月14日)の表紙は、「THE MOST POWERFUL WOMAN IN THE WORLD」と題した富士山を背負う高市首相のイラストでした。パワフルな政治家というと、英国のサッチャー首相(在任期間は1979~1990)やドイツのメルケル首相(同2005~2021)を思い浮かべますが、高市首相は今回の選挙で、与党の自民党を圧倒的な多数党にしたのですから、その潜在的なパワーを考えれば、現在形では、「世界でもっとも力強い女性」となるのかもしれません。
女性の社会的な昇進を阻む目に見えない「ガラスの天井」を、高市さんは政治の分野で突破したわけで、会社などの組織にある重苦しい天井の圧迫感を抱いている人たちのなかには、快哉を叫んだ人たちも多かったことでしょう。そう考えると、「ガラスの天井」を壊したい、という多くの人たちの思いを今回の自民党圧勝の要因の一つに挙げてもいいのかもしれません。しかし、私がもっと大きな勝因ではないかと思うのは、もうひとつの「ガラスの天井」です。それは、コツコツ働いても豊かにはなれない、という社会的な閉塞感です。
いまの日本は、給料が上がっても物価がそれ以上に上がっているので、以前よりも暮らし向きが良くなっているとは思えない、ということがあります。それだけではなく、会社の利益がふつうの社員よりも株主(配当)や経営者(役員報酬)、会社(剰余金)に多く配分されているという不満もあります。さらに、もっと深刻なのは日本全体の落ち込みです。
2024年のGDP(国内総生産)がドイツに抜かれ世界4位になった。2010年に日本を抜いた中国はいまや日本の4倍超の規模になっている。国民1人当たりのGDPはOECD加盟38か国のうち24位で、韓国(22位)にも引き離された…。こんな話を聞いていると、日本は衰退国家なんだという気持ちになります。
世の中が失業者にあふれているのなら、それも仕方がないか、と思うかもしれませんが、人手不足の世の中で、多くのひとが働いているのに、世界からは置いてけぼりという思いが募ります。
「はたらけどはたらけど猶わが生活(くらし)楽にならざりぢっと手をみる」(石川啄木)、と感じている人たちが、じっと手を見ていた視線を空に向けたときに、抱くのが社会的な閉塞感というもうひとつの「ガラスの天井」です。
選挙での高市人気を膨らませたのが、この閉塞感ではないか、というのが私の見立てです。多くの国民が苦しんでいる物価高対策で、ほとんどの政党が消費税の減税を選挙公約に掲げ、「手取りを増やす」という意味では大きな差異を感じさせませんでした。一方、国民が漠然と感じている閉塞感を突破できそうなリーダーを選ぼうとして時に、「突破力」をもっとも感じさせたのが高市さんだったように思うのです。「働いて、働いて…」というエネルギー感や、中国に対する「毅然とした態度」とか、この人なら、何かやってくれるのではないか、という期待感を国民に高めたのだと思います。
閉塞感を打破する突破力のある政治、という視点からみると、「中道」というのは、あまり受けなかったと思います。もちろん結果論ですが、「中道」というイメージは、右でも左でもない、足して二で割る穏健派と思いがちですから、これでは閉塞打破は難しいと思われたのではないでしょうか。
働いても働いても暮らしは良くならないと嘆いた啄木は、「時代閉塞の現状」(1910年)を書いて世を憂いました。いまの経済状況は当時よりもずっと良くなっているはずですから、つつましく生きていれば、それなりに幸せという状況かもしれません。しかし、選挙は、いまの暮らしだけではなく、未来を託す一票でもありますから、「突破力」がリーダー選びのひとつの物差しになったと思います。
翻って世界を見ると、社会的な閉塞感は日本だけではなく、米国や欧州にも広がっていて、「突破力」をリーダーに求める気持ちも強くなっているように思えます。衰退国家という感覚は日本だけかもしれませんが、少子化や高齢化は世界的な傾向です。米国などは移民によって人口減少の経済的な影響から逃れていますが、貧富の格差拡大によって、社会を重苦しくする見えない天井は、厚さを増しているように思います。
製造業を軸として推進した近代資本主義は、サービス業を軸とする現代資本主義に変質し、ITの発展と普及によって情報化時代が花開きました。日米欧の先進国では、製造業の途上国への移転による「産業の空洞化」を、金融やITなどサービス産業の発達によって、なんとかしのいできました。しかし、AIの急速な発達は、製造業だけではなく、さまざまなサービス産業で、雇用不安を広げています。今日はともかく明日への不安が高まっているのです。
閉塞状況への突破力を期待された高市政権は、どこで突破力を発揮するのでしょうか。閉塞感の底に資本主義の行き詰まりがあるとすれば、政権ができることには限りがあります。そこから目を背けて、日中の緊張を高めたり、スパイ防止法による国内の統制を強化したりするなどに突破力を発揮しても、閉塞感は消えないばかりか強まります。こんなことを考えながら、高市政権と世界を見ていきたいと思います。
(冒頭の写真は、英エコノミスト最新号の表紙)
| 前の記事へ |
コメントする