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IWC脱退の怪

2018.12.30 Sun

クリスマスを欧州で過ごし、帰国しました。欧州のホテルでは、日本がIWC(国際捕鯨委員会)から脱退するというニュースがテレビから繰り返し流れていました。IWCが禁じている商業捕鯨を再開するというのですから、「国際的な批判を招くだろう」(BBC)という言葉が出てくるのも、欧米からすれば当然ということでしょう。

 

しかし、IWC脱退を横に置いて考えると、日本が実施しようとしている方策は、日本の領海及び排他的経済水域で限定的に商業捕鯨を行うというもので、これまで反捕鯨国や団体が強硬に反対してきた南極海での捕鯨については撤退するということです。本来なら、反捕鯨国や団体からは、批判どころか評価されてもいい内容なのです。

 

南極海での捕鯨を縮小ないしは撤退する代わりに、日本沿岸での商業捕鯨を認めさせる。このアイデアは、これまで日本の政府内でも日米・日豪の政府間でも、水面下で検討されてきたIWCでの「落としどころ」でした。これが実現できなかったのは、日本国内では、南極海からの撤退は認められないとする捕鯨推進派の議員の声が強く、米国や豪州では、すべての捕鯨に反対という反捕鯨団体の声が強かったためです。

 

しかし、日本が「南極海からの撤退」というのは、日本にとっては大きな譲歩ですから、「沿岸での商業捕鯨」という見返りは、反捕鯨国の代表格である豪州や米国と交渉すれば、「IWC脱退」というカードを切らなくても得られたのではないでしょうか。そんなことは当然したけれども相手が乗ってこなかった、と日本政府は言うのかもしれません。そうであるのなら、IWCからの脱退を表明する前に、南極海からの撤退とその見返りとしての沿岸での商業捕鯨という方策を日本の考え方として打ち出していれば、国際的な批判はもっと少なかったのではないでしょうか。

 

外交ゲームとしては、日本は「南極海からの撤退」という切り札を有効に使うことができないまま、「IWC脱退」という使いたくないカードを出すしかなかった、ということでしょう。国内的には、理不尽なIWCから離脱したことで、評価されるという思惑があったのかもしれませんが、外交ゲームとしては、言うまでもなく敗北ということになります。

 

安倍首相は、気候変動に対応するパリ協定や環太平洋の自由貿易協定であるTPPから離脱を宣言した米国のトランプ大統領の「英断」を見習ったのかもしれませんが、国際的な組織から脱退したことで日本の孤立が深まった1933年の国際連盟からの脱退を思い起こしてほしかったと思います。

 

日本の調査捕鯨は、海域でいえば、南極海と北西太平洋の2か所ですが、船団でいうと、南極海と北西太平洋の沖合は共同捕鯨という会社が母船式捕鯨で、太平洋沿岸は小型の捕鯨船がそれぞれ操業しています。今回の決定で、南極海と北西太平洋の公海上の捕鯨はなくなりますから、小型の捕鯨船で操業している沿岸の捕鯨会社にとっては、需給からみれば、有利になるはずです。また、これまでは調査捕鯨という形式だったので、沿岸の漁業者は、調査捕鯨の主体である日本鯨類研究所から傭船料を受け取っていましたが、今後は、鯨肉の市場価格が高くなればなるほど利益がふえる仕組みになります。

 

北海道・網走、宮城県石巻、千葉県和田、和歌山太地を拠点とする沿岸捕鯨会社にとっては、商業捕鯨の復活は朗報のはずです。しかし、鯨肉の需要は減っていて、国内には鯨肉の在庫があるので、南極海からの供給量が減っても、すぐに需給関係が好転するとは思えません。また、鯨肉が不足すれば、アイスランドやノルウェーなどの捕鯨国からの鯨肉の輸入が増えるでしょうから、何らかの輸入規制をしなければ、沿岸捕鯨へのメリットはあまり見込めません。

 

これまで沿岸捕鯨は“商売敵き”ともいえる遠洋捕鯨による南極海捕鯨を支持してきました。これは、日本の捕鯨を守るという理由だけではなく、シーシェパードなどの反捕鯨団体による反捕鯨活動が沿岸捕鯨に向けられるのを恐れていたからです。もちろん、排他的経済水域や陸上で、反捕鯨団体が捕鯨の妨害活動をすれば、海上保安庁や警察が取り締まることになりますが、今後はこれまで以上に、妨害活動の警戒には神経を使わなければなりませんし、そのための費用もかかることになるでしょう。

 

一方、母船式の共同捕鯨は、南極海から北西太平洋での操業に重点を移すことになりますが、大きな難題が待ち構えています。北西太平洋の調査捕鯨で捕獲しているイワシクジラについて、ワシントン条約違反だとして日本は是正措置を求められているのです。絶滅の恐れのある野生動植物の取引を規制するワシントン条約で、鯨類は絶滅の恐れが最も高い「付属書Ⅰ」に記載されています。日本は、ナガスクジラやミンククジラなど多くの鯨類について「留保」しているので、この条約の規制は受けないのですが、この海域のイワシクジラについては「留保」していないので、捕獲すればワシントン条約違反になります。

 

これまでワシントン条約違反を問われなかったのは、研究目的の調査捕鯨だったからです。しかし、2014年に国際司法裁判所が日本の調査捕鯨は違法とされたこともあり、2018年10月に開かれたワシントン条約の常設委員会では、日本のイワシクジラの調査捕鯨は商業目的だとされ、日本が是正措置をとることを勧告されています。日本が商業捕鯨に踏み切り、イワシクジラを捕獲すれば、ワシントン条約違反はより明確になってしまうのです。

 

ミンククジラを捕獲すれば、沿岸の小型捕鯨と競合するし、ナガスクジラを捕獲すれば、反捕鯨団体の批判はさらに強まると思います。共同捕鯨の母船の基地である山口県下関などは、反捕鯨団体による妨害活動に備える必要も出てくると思います。また、現在の捕鯨母船である日新丸は老朽化が進んでいるといわれ、新船の計画もあるようですが、南極海での操業をやめて採算が合うのでしょうか。

 

IWC脱退による商業捕鯨の再開について、懸念する材料を並べてきました。政府は、そんなことは想定内だとして、いろいろと対策を取ると思いますが、それには新たな予算措置が必要なことも多いと思います。たしかに、「捕鯨は日本の文化」かもしれませんが、今回の決定によって、商業捕鯨という民間ビジネスの存続に、私たちはどれだけのコストをかけられるのか、という問いも浮上してくると思います。いろいろと考えてみると、今回のIWC脱退は不可思議だと言うしかありません。

(冒頭の写真は、三陸沿岸の調査捕鯨でのミンククジラの捕獲場面。撮影は筆者)


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