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6 映画「ヒトラーの忘れもの」・・・ナチス・ドイツ対デンマーク

2016.12.24 Sat
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戦争の重い現実を否が応でも突きつけるドキュメンタリータッチの作品です。制作は2015年のデンマークとドイツですが、使用言語はほとんど独語です。原題は英語で「LAND OF MINE」、「地雷の地」となりましょうか。
1 )  物語の背景・・・地雷原

物語の背景を記しますと、第二次大戦の始めの頃、ドイツは資源の豊かなノルウェーの占領をもくろみ、その中継地点として、デンマークに侵攻します。1940年の4月、ドイツ軍が行動を開始すると、その圧倒的な軍事力の前に、デンマークは実質的に無抵抗、同国は独立国としての体裁を維持しながら、ナチス・ドイツの保護下に置かれます。議会制民主主義の政治体制は温存され、国王と政府が外国へ亡命することはありませんでした。デンマークは一種のモデル保護国として、ドイツの提唱するヨーロッパ新秩序に組み込まれたのです。

これに対し、やがてデンマーク側の抵抗が始まり、ドイツ側が圧力を強めて、軍政が導入されます。その下で報復の連鎖が独降伏の1945年5月まで続きます。

戦争の後半に到り、連合国の反攻が予想されるようになると、ドイツ側は対抗するため、上陸阻止施設ともども、ヨーロッパの西海岸に膨大な地雷原を敷設するようになります。 デンマークでは、その数、実に二百二十万個に及んだ由でした。

そして、そのままドイツの敗戦・降伏を迎えると、約二十万のドイツ将兵が数多の地雷原などとともに残されました。 デンマークの大陸部分を占めるユトランド半島の西海岸は、美しい浜辺が続いていますが、そこは同時に、おびただしい地雷が埋められた危険極まりない所と化していました。斯くて、その処置が戦後大問題になったのです。

2)  北西ドイツを占領した英国の措置方針

敗戦ドイツに分割進駐した米英仏ソ四カ国のうち、西側半分の北側は、英軍が占領しました。同地と地続きであったデンマークのユトランド半島等は、この関連で暫し英軍の監督下に置かれることとなりました。

その結果、終戦時デンマークに侵攻・駐屯していたドイツ軍約二十万のうち、大部分を占める約19万が1945年6月までに武装解除され、独本土に移送されました。ところが、残る1万人余は「故国に捨てられし敵国人」として兵籍を外され、傷病兵の移送や収容所の世話に当たる趣旨で、デンマークに残されたと言います。この分けや委細は良く分かりませんが、この一万人ほどの中に、大戦末期に、ドイツで兵員不足を補うため、新たに編成された国民擲弾兵師団の少年兵らが含まれていたのです。そして、彼らは地雷除去を強制させられ事となりました。

もし、デンマークがドイツとの交戦国であれば、1929年に締結された「俘虜に待遇に関するジュネーブ条約」がこれらドイツ将兵にも適用されて、懸かる事態は生じなかったと言われます。ところが、デンマークはドイツの保護国であったため、この条約の適用外なのでした。

斯くて、英軍は故国ドイツへの復員を待つ者の中から、独軍の地雷に詳しい工兵を選んで、彼らを監督するデンマーク将兵から成る特殊部隊を結成させます。其処に故国に捨てられし敵国人も加わることとなったと言います。

そして、この部隊に属したデンマーク将兵には、通常の部隊員と異なり、大戦中、英国に渡って、対独反攻に向け訓練を受けた者が多かったと言われます。この映画に出てくる「ラスムスン軍曹」はそうしたデンマーク軍将校の一人と思われ、英軍の制服を着ていました。
3 ) ラスムスン軍曹の過酷さ

建前は保護国と言いながら、実質占領者であるナチス・ドイツは、デンマーク人にとって、実に憎き敵でした。この憎悪と復讐心を体現し、まともに元ドイツ少年兵にぶつけて来るのが、ラスムスン軍曹でした。殴り、蹴飛ばして、逆らえない相手に、極めて危険な地雷の除去作業を強制したのです。

作業に疲れ、腹ぺことなった元少年兵の一人は、とうとう我慢が出来ず、ラスムスン軍曹に「このままでは持たない、餓死する。何とかして欲しい。」と直接訴えました。「死者が出れば、作業する者が減り、「班で十四人」の労力が失われ、計画的進捗を監督する軍曹にもまずいのではないか。」と言う趣旨を言外に含んでいたように思います。しかし、軍曹はまるで鬼のように、「俺が同情するとでも思っているのか。勝手に餓死しろ ! 」と言い放ったのです。

4) 遂に民家に侵入、食べ物を失敬すると、・・・。

地雷原と化した海岸地帯でしたが、中には民家も在り、そこは危険物が埋められていない様でした。其処にはお婆さんと小さい女の子が暮していました。女の子が元少年ドイツ兵に近づくのを警戒している様子でした。

或る夜、空腹に耐えられなくなった一人が、作業小屋を脱けだして、その民家に侵入、家畜の餌を食べたのです。
翌日、彼は猛烈な嘔吐に見舞われました。酷い食中毒に襲われたのです。軍曹が「一体何が ?」とお婆さんに尋ねました。すると、お婆さんは、「あの餌は、ネズミの糞だらけだ。」と平然と言ってのけたのです。「ドイツ人がおなかを空かして、餌を口にし、食あたりになって、いい気味だ。」と言う様子が良く分かりました。
5 )事故と、まともに爆発を受けること

「一列に匍匐して、砂下の地雷をつついて探し出し、見つけると、丁寧に砂を手でどけて、出てきた容器の真ん中に在るねじを外し、信管をそろりと取り外す。」実に緊張を強いられ、草臥れる、恐ろしい作業ですが、これは、専門家が安全対策を講じながら行う作業であって、それでも事故や犠牲が伴うことがあると申します。

それを、そうした防護をせずに、且つ大した訓練もなく、少年にやらせる訳ですから、相当問題がある対応と言うべきでしょう。

外すとき、回転する鉄器がこすれる音がしますが、映画を見ている我々も実に緊張します。いきなり、ドカーンと来るのではないかと何度も思いました。

ただ、さすが正面から、そうした撮り方をしているところは在りませんでした。
6 ) デンマークでは、こうしたことが在ったことをほとんどの人が知らずにいたと、言います・・・

それに、結局、事はどうなったのでしょう。

実は、この映画は、この話自体がほとんど知られて来なかったので、監督、脚本家、主演俳優名などが真相を先ず、発掘したと言います。

そして、こうした元少年ドイツ兵がどうなったのか、任務を何とかやり終えて生還できたのか、かの軍曹は変わらぬ対応を続けたのか、その後をどう評価できるのか、などなど、御関心のある方は、東京銀座の「シネスイッチ」でなお上映中ですので、是非にと存じます。人間と戦争について、大いに考えさせられるものがあるように思います。
なお、デンマークでの地雷は、2012年に除去完了宣言が出ましたが、その翌年には未処理の物が観光客により発見されるなど、エンドレスのところがあります。まして世界に視野を広げれば、未だ約一億個も不発のまま埋められていると言い、根は広く深いと言うべきでしょう。


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