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レスリングのパワハラは日本社会の問題

2018.04.07 Sat
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レスリング女子の伊調馨選手に対するパワハラ問題で、日本レスリング協会は同協会が設けた第三者委員会の聞き取り調査の結果、4つのパワハラ行為が認定されたと発表、これを受けて、パワハラを行った栄和人選手強化本部長が同日付で辞任しました。身内の調査でのパワハラ認定ですから、この問題の告発を受けた内閣府による調査では、もっと厳しいパワハラの認定が出てくるのではないでしょうか。

 

今回の事件は、3つの問題を提起していると思います。栄氏に見られるスポーツ指導のあり方、レスリング協会などのガバナンスの問題、そして、パワハラが蔓延する日本社会の問題です。

 

まず、スポーツ指導の問題です。内閣府に対してパワハラの告発が報じられたときに、体育系大学の教員だった私は、パワハラが事実であってもおかしくはないと思いました。スポーツ界に共通する問題であるからです。

 

スポーツの世界での体罰は、大阪市立桜宮高校のバスケ部員が顧問の教員による激しい体罰により自殺した事件や、女子柔道の日本代表選手が監督らによる暴力を告発した事件などで、容認されない行為ということになりました。しかし、日本のスポーツ界では、体罰以外の指導法が確立していないといっても過言ではない状況のなかで、体罰に代わる指導法は激しい暴言などに置き換わっているだけだと思います。

 

なぜ、そうした指導が許されるかと言えば、日本の監督などの指導者は、絶対権力者であり、選手は生活のすべてを指導者に捧げ、どんな理不尽な「指導」にも耐えなければならないという不文律がスポーツ界にあるからです。つまり、体罰や暴言、パワハラなどの現象をもぐらたたきにように是正しても、こうした問題はなくならないということです。コーチは選手の力を最大限に引き出す助言者という欧米流の指導法が日本のスポーツ界全体に浸透しない限り、同じ問題は繰り返されることになります。

 

欧米だって体罰もパワハラもある、ロシアや中国など国家スポーツの歴史を持つ国の指導法は欧米流とは違う、日本は体罰などの厳しい指導で根性を身に付けるから体力的に勝る欧米選手と戦える…。欧米流を評価すると、こうした反論がすぐに出てきますし、その通りだと思います。ただ、日本流の絶対権力の指導者による全人格的な指導によって、たしかに根性は付くかもしれませんが、指導者が描く以上のパフォーマンスを選手が発揮することは難しく、国際的な舞台で勝つことはできません。

 

いま、多くの競技で外国人がコーチなどのスタッフになっているかといえば、選手が創造性のある独創的な技を展開するには、選手の潜在的な力を引き出す欧米流が必要だからでしょう。日本は決められた技を正確にこなす「規定」には強いのですが、創造性を発揮する「フリー」には弱い体質を克服しようとすれば、欧米流に頼るしかないということです。

 

次にガバナンスの問題です。今回のパワハラの認定事例をみれば、伊調選手へのパワハラは、伊調選手が栄氏の指導から離れた2010年ごろから続きいていたことが明らかです。栄氏の伊調選手へのパワハラは、レスリング関係者なら多かれ少なかれ気づいていたはずですが、栄氏を監督するはずの大学、レスリング協会などは、みな知らないふりをしていたということでしょう。ガバナンス能力の欠如というよりは、パワハラの共犯者です。

 

オリンピックでメダルを取り続けてきた女子レスリングを指導してきた栄氏の実績から、何も言えなかったというのでしょうが、そういう監督を正しく指導、助言することこそガバナンスでしょう。現場で能力を発揮している人が暴走するのはよくあることで、それを統御できない役員は、役員失格です。今回の問題で言えば、伊調選手へのパワハラは、練習の機会を与えない、伊調選手の指導スタッフを追い出す、国際大会に出場させない、など、いずれも目に見える行為で、密室でのいじめ行為ではありません。栄氏よりも悪質なのは、それを放置した協会役員ということになると思います。

 

今回のパワハラを協会が取り上げることになったのは、協会の監督官庁である内閣府が出てきたからですが、内閣府がこの問題を取り上げざるを得なかったのは、伊調選手が国民栄誉賞の受賞者だったからでしょう。内閣が表彰した人間が被害に遭っている可能性があるということで、内閣府が協会に対応を指示したために、第三者委員会による調査まで進んだわけで、国民栄誉賞がなければ、内閣府も動くことはなく、協会も握りつぶしておしまいだったでしょう。スポーツ界は、ことのほか上下の関係がはっきりしている世界ですから、上(内閣府)からの指導がなければ、下からの告発は無視されるだけだったと思います。

 

最後に、日本社会の問題です。日本のスポーツ指導のあり方は、西欧の技術を学んできた日本のあり方と同じです。追い付け追い越せの追い付くまでは、日本流は有効でしたが、西欧の技術を学ぶばかりで、自ら創造する力が弱いでの、追い越すときに必要な独創性が足りません。独創性や創造性が問われる情報技術(IT)の時代になって、日本が欧米を追い越すことができないどころか、差が開いているのは、規定演技を学ぶことに熱心で、フリーで独創性を発揮できない教育に問題があるのは明らかです。

 

レスリング協会のガバナンスの欠如も日本社会の反映です。今回の告発問題で、「うちも同じようなもの」という思いをもったひとは多いと思います。過去の「実績」をもとに、横暴なふるまいを繰りかえすパワハラ上司はどこにでもいるはずですし、それでも「実績」があれば、まだましなほうかもしれません。「オレにさからって、この会社で生き残れるなんて思うな」という言葉で、人事権を行使するやからはどこにでもいます。伊調選手にとって気の毒だったのは、レスリング界が小さな世界で、練習場まで含めて栄氏の目の届かないところがなかったことです。

 

今回の問題をレスリングという小さな世界の特殊な事件と考えれば、栄氏の辞任で1件落着かもしれませんが、スポーツ界全体、さらには日本社会全体の問題だと考えれば、日本全体が「再発防止」に取り組まなければなりません。私たちの身の回りのどこにもあり、放置してはならない「Me Too」の問題なのです。


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