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米国映画 邦題[ペンタゴン・ペーパーズ」に見る言論の自由

2018.04.18 Wed
政治

米国映画 邦題[ペンタゴン・ペーパーズ」に見る言論の自由

平成30年 2018 4月
仲津 真治

「言論の自由」の大切さを正面からうったえた、スピルバーグ監督の映画です。米国映画で、原英語題名は、「The Post」、初め何のことか見当がつきませんでしたが、映画を実際に鑑賞して良く分かりました。 地位の意味のポストや郵便ポストには関係なく、米国の新聞ワシントン・ポスト紙の事でした。

ただ、このままでは、日本で上映となると、通常理解されませんので大いに創意工夫が必要です、斯く、内容を察してか[ペンタゴン・ペーパーズ」になったと思われます。脚本の在る劇映画ですが、ドキュメンタリータッチです。 ヒロインは「メリル・ストリープ」で、ワシントン・ポスト紙の「キャサリン・グラハム女性社主」に扮し、ヒーローは「トム・ハンクス」で、同紙の辣腕編集主幹「ベン・ブラッドリー」を演じていました。

資料には、この二人の実物写真が出ていますが、映画の主人公は何れも本物に良く似ています。

以下、幾つか印象に残ったことを記します。

1)  キャサリン・グラハム女性社主が、就任して最初の公式の挨拶をするシーンがありました。 会場には、ワシントン・ポスト紙の株主や主要な関係者が集まっていました。開口一番、キャサリンが発した言葉は「Gentlemen!」でした。其処に参会した人々は、背広に身を包んだ紳士ばかりで、当然のことながら、女性は見当たりませんでした。 従って、冒頭の挨拶は、「Gentlemen!」であって、「Ladies and Gentlemen! 」ではないのです。 ただ、懸かるシ挨拶を、映画とは言え目視したのは初めてです。

私も英語で挨拶や司会をする事が何度もありましたが、いずれも女性が結構居ましたので、始めの切り出しは、「Ladies and Gentlemen! 」でした。

2) 社主対編集主幹

キャサリン・グラハム社主とベン・ブラッドリー編集主幹が、軽食を取りながら、厳しい遣り取りをする場面がありました。 其処では、キャサリンが、自社ワシントン・ポスト紙の記事に注文を付けるような言い方をしたのです。 すると、ベンは「編集内容に口出ししないでもらいたい。それは貴女が社主つまり発行人となったときに明確に申し上げたはずだ。」と言い切ったのです。 オーナーと言えども、編集内容には関与できないのです。

これは、キャサリンが、前社主であった夫の急死を受けて、諸般の情勢から
全くの素人なのに社主に就任した経緯と、ほとんど無関係のようです。
「未経験・未知ゆえに口を出すな」ではなく、そもそも新聞の編集は独立で、例えオーナーでも関与できない不文律がある様なのです。

3) ペンタゴン・ペーパーズ

複雑なあら筋を敢えて簡略にして記すと、この映画は「米国が勝てなかった戦争」とされるベトナム戦争について、批判的な見地から、鋭くメスを入れているように思います。

焦点は民主党のケネディ政権と後継のジョンソン政権で国防長官に任じたロバート・マクナマラ氏が在任中に作成させた機密文書ペンタゴン・ペーパーズ(正式名称 「ベトナムにおける政策決定の歴史 1945年から1968年」)に、アメリカ政府に不都合な事実がをいろいろと記されている事を巡る争いです。

この文書を特別に入手したアメリカの有力紙「ニューヨーク・タイムズ」は、このスクープを、1971年6月13日一面で大きく報じます。 大騒ぎが起きます。ワシントン・ポスト紙始め、有力各紙は一斉に独自の調査を急ぎ開始します。

このとき、アメリカ合衆国は共和党のニクソン政権に変わっていました。アメリカ政府は、同6月13日、このニューヨーク・タイムズの記事が、国家の安全保障を脅かすとして、掲載の差し止めの命令を出すよう、連邦地裁に訴えを起こします。行政府の対民間のアクションには、三権分立の原理から、司法府の判断に係らしめているのです。ただ、この差し止めを認容した地裁判決が出ているようですが、この事を映画は描いていません。ともあれ、この法的な争いがアメリカ合衆国最高裁まで持ち込まれたのです。

一方、ワシントン・ポスト紙自身も、この間、ペンタゴン・ペーパーズの文書の入手を精力的に図り、遂に成功します。

其の描き方は傑作で、或るヒッピーのような女が、書類入れのケースを
持ってきて、ワシントン・ポスト紙の本社に現れ、「あなた偉い人?とタイプで作業をしている職員に、それを手渡して、さりげなく出て行ったのです。その職員がいぶかりながら開けると、中から、何とペンタゴン・ペーパーズのコピーが出て来ました。 こうした行動を取らせた、もとコピーを取った男は、エルスバーグ氏と言い、私も在米中に見た、アメリカのニュース番組で名前の記憶があります。

要するに、確信を持つ同一人物から、情報が出たのです。彼は、その頃、米国の一シンクタンクである、Rand Corporationで働き、其処でこの情報に接したようです。

さて、俄然、ワシントン・ポスト紙社内が盛り上がります。早速、ばらばらであったコピー文書を整序させ、意味や順番が繋がったまとまりにされ、緊急に読解されます。

この後、社内は議論が分かれます。 これを下に記事に出すべしと言う立場の人々と、国家と対決し、国の安全保障まで侵すのはまずいという立場です。ベン編集主幹は前者でした。もとより急ぎ通読して、記事の原稿は出来ていました。

俄然、皆の目が、居合わせた社主のキャサリン・グラハムに集まります。象徴的な場面です。

暫しの沈黙の後、キャサリンは口を開きます。「記事を出そう」と・・・。すると、ベン編集主幹が「Run!」と指示します。 既に今や遅しと待っていた輪転機が一斉に廻り出します。

4)  ニクソン政権は法的攻勢を掛けてきます。 ニューヨーク・タイムズのみならず、ワシントン・ポストも、ペンタゴン・ペーパーズの報道を始めたのです。そして、他紙も・・・。

しかし、何れの報道も情報源が同じで、ただ一箇所だと言う事が判明すると、二つ以上の法的な事案の審理が一つに集約されました。 初め、この事は不利との解釈が流れます。 新聞側に難しそうな雰囲気が漂います。

だが、同一情報源ゆえに訴訟が実質的に一本化されると、既に下級審を経ていたニューヨーク・タイムズの事案に併せて審理されました。斯くて、事案は一つになり、米最高裁にまとめられたのです。

審理が始まり、皆固唾を吞む中、ワシントン・ポスト紙の社屋に架かっている電話で、「六対三」と言う新聞側勝訴の、差し止め命令を取り消す最高裁判決が出ます。

5) 更に、続く判決理由開示と思われる場面の中で、「建国の父祖達は、言論の自由を、政府でなく国民に与えたのです。」と言うブラウン最高裁判事の言が聞こえて来ました。それは実質、アメリカ合衆国憲法に淵源を持つ規定の読み上げでしたね。

約言すれば、「ペンタゴン・ペーパーズの公表は公益のためであり、そもそも政府の監視は、報道の自由に基づく責務である。」と言う分けです。格調高い演出でしたね。

6) ドミノ効果の今は?

かつて1950年代、世界的に共産化が進む中、韓国を守り切った後のベトナムこそ、連合国側の対中包囲網の最前線とされました。この映画の時代的背景には、そうした認識が朧解ながら、浮かび上がってきます。

しかし、今や時代環境は激変しました。 ソ連は崩壊し、東欧は開放・民主化され、鉄のカーテンは無くなり、チャイナは市場経済化の道を歩み、ベトナムは統一され、実質西側世界に組み込まれて、中越戦争が起きるなど、むしろチャイナと対峙しています。などなど、この映画はこうした大変化について、もとより触れていませんが、それらは射程外のこととしても、自由と民主主義の大切さは、つとに深々と認識すべきとうったえていると思います。

 

 


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