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英語のネット授業を翻訳した高校生たちにとって学びとは

2015.12.24 Thu

先日(2015年12月7日)東京の広尾学園高校をアメリカの大学教授が訪問しました。訪問したのはカリフォルニア大学アーバイン校(UCI)のラリー・クーパーマンさん。同校では、生徒が志願して、UCIやMITなどがネット上で開講している授業を日本語に翻訳するボランティア活動をしています。それを日本語字幕にしてNPOのAsuka Academyがインターネットを通じて提供しています。それらの授業は、登録さえすれば誰でも無料で見ることができます。英語のための英語でなく、中身への関心本位で英語の習得にも役立ちます。
http://www.asuka-academy.com/

前回ご紹介したJMOOCでもそうですが、教室での授業の形をとってはいるものの、教室との大きな違いは、途中で止めたり、何度も繰り返したりすることができることです。教室で先生が話している途中でストップをかけて、「いまから反芻して考えたいので数分間黙っていてください」などとは言えません。学校における一斉授業の欠点として、個々の生徒の知識水準にかかわりなく一律に同一内容を教授することが指摘されます。確かにそうなのですが、もっと言えば、最大の欠点は、途中で立ち止まることができないことであると私は思っています。立ち止まりたいという欲求は個々別々ですから、当然一斉授業でなく、個別対応にならざるをえません。

近年アクティブラーニングというものが注目されています。2012年には中央審議会が取り上げました。その報告書では次のように書いています。「生涯にわたって学び続ける力、主体的に考える力を持った人材は、学生からみて受動的な教育の場では育成することができない。従来のような知識の伝達・注入を中心とした授業から、教員と学生が意思疎通を図りつつ、一緒になって切磋琢磨し、相互に刺激を与えながら知的に成長する場を創り、学生が主体的に問題を発見し解を見いだしていく能動 的学修(アクティブ・ラーニング)への転換が必要である。」

そのようなアクティブラーニングのことを、山地弘起長崎大教授は「思考を活性化する学習形態」と集約して言っています。文科省の発表している資料ではアクティブラーニングの例として、「発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク」をあげています。私自身の高校時代を振り返ってみると、漫然と授業に臨み、途中でほかのことに気を取られているうちに先生の言っていることがわからなくなり、それでまた先生の話が上の空になるということを繰り返していました。なんともったいない時間を多数費やしたことか・・・。

AsukaやJMOOCを活用したアクティブラーニングもすでに行われています。たとえば自学自習でネット授業を受けておき、教室に集まったときには質疑応答をしたり、ディスカッションをしたりするというのが典型的なイメージです。

ここでハタと気づくのは、英語のネット授業の翻訳に取り組んだ広尾高校の生徒は、別の形でアクティブラーニングを実践したのだということです。生徒として、立ち止まれる授業をネットで見ることももちろん価値のあることです。しかし、仲間と一緒に苦労して翻訳を成し遂げた高校生たちは、受ける側でなく送り出す側(作り手)にまわったことで、主体的に学ぶことができたのではないでしょうか。どう訳したら伝わるか、ユーモアのニュアンスをどう日本語にするかなど、生徒たちは知恵を出し合って完成していったようです。この得がたくも貴重な経験を通じて、翻訳チームの生徒たちこそ、おそらく、受講するだけの立場よりもずっと深く学んだに違いありません。 (写真はAsuka Akademy提供)
クーパーマン教授を囲む広尾学園の生徒たち、Asuka Academyの人たち


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