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新型コロナのマジックナンバー

2020.04.15 Wed

梅から桜、そしてツツジと花の季節は巡っていますが、コロナの季節は終わりそうもありません。新型コロナウイルスの感染数が日々増加するなかで、だれもが口にするのは「早く終息してほしいですね」という言葉です。そのカギを握る数字があります。「集団免疫率」で、次のような数式で計算できるそうです。

 

H=(1-1/Ro)×100

 

H:herd immunity threshold集団免疫閾値=集団免疫率

Ro:basic case reproduction rate 基本再生産数=1人の患者が何人に感染させるかの数

 

集団免疫率というのは、ある集団のなかで感染症が伝播するのを防ぐのに必要な免疫を持つ人の割合のことです。逆にいえば、この比率まで人々が感染するかワクチン投与で免疫を持てば、それ以上の伝播がなくなり感染症は終息するということになります。

 

基本再生産数というのは、ワクチンとか隔離とか人為的な手段が加えられない場合に、1人の患者が何人に感染させるかという数字で、ウィキペディアには、麻疹(はしか)12-18、天然痘6-7、インフルエンザ2-3などの数字が出ています。

 

  • コロナウイルスのマジックナンバー

 

そこで、新型コロナウイルスの基本再生産数ですが、WHOの3月6日のレポートでは、2-2.5となっています。(もっと新しい数字があるのかもしれませんが、見つけられませんでした)。この数字を上記の数式にあてはめると、50%~67%という数字が出てきます。つまり、日本をひとつの集団と考えれば、日本人の50%~67%がコロナに感染すれば、集団としての免疫ができて、コロナは終息するということになります。この数字は、感染症が終息するまでの期間を示すものではありませんが、感染症の広がりを想定する際の重要な数字で、いわばマジックナンバーです。

 

ここからひとつの戦略が生まれます。コロナは8割の感染者が無症状か軽症なので、外出自粛など社会的な抑制で、感染者の急増が医療崩壊を起こさないようにコントロールしながら、集団免疫ができるのを待つという考えです。

 

これを集団免疫戦略と呼ぶとすれば、英国のジョンソン首相は、3月中旬まで、その理論を信奉していたように見えます。英国の首席科学アドバイザーであるパトリック・バランス氏が英国のメディアで、「毎年のようにコロナ禍が起こるのをコントロールするには、国民の60%がコロナに感染して集団免疫を得る必要がある」と語っていたからです。首相も、このアドバイスに従ったのか、コロナ検査にも、外出制限にも消極的でした。

 

ジョンソン首相が方針を転換したのは、WHOのテドロス事務局長が3月中旬になって、「検査、検査、検査」と、検査の必要性を訴えたあたりからですが、英国内では、感染者がふえるにつれて死者数も増加してきて、「集団免疫論」では国民の支持が得られないと判断したからでしょう。首相は、検査能力の拡大を指示し、国民には外出の自粛を呼びかけました。皮肉なことに、集団免疫戦略を実践するかのように、3月下旬には、首相自らも感染し一時、入院することになりました。

 

集団免疫論は、数字のうえの計算ですが、これを対コロナ戦略として、実践するには無理があるようい思います。ひとつは、医療崩壊を起こさないように、感染をうまくコントロールするというのが実際にはむずかしく、当初の社会的な接触の抑制を緩やかにした英国、米国などは、感染者がまたたくまに増加し、まさに医療崩壊になってしまいました。日本でも感染率が0.006%の現段階で、医療崩壊寸前といわれているのですから、いくらなだらかにできても、感染率60%は耐えられません。

 

もうひとつの問題は、致死率です。WHOの4月14日レポートによると、世界の感染者数は184万人で死者は11.7万人ですから致死率は6.3%です。これを世界の人口77億人、集団免疫率60%、致死率6%で計算すれば、3億人近い人が死ぬことになります。日本の感染者数は4月14日現在、8037人、死者162人で、致死率2.0%ですから、日本の人口1億2600万人、集団免疫率60%で計算すると、150万人が亡くなることになります。

 

コロナウイルスに対する集団免疫戦略が成り立つのは、ワクチンが開発された場合で、人口の60%がワクチンで免疫を持てば、致死率がかかわる感染による免疫がなくても、ワクチンに耐えられない人を含め免疫を持っていない40%の人の感染を防ぐことができる計算になります。つまり、集団免疫戦略は、今日の戦略ではなく、ワクチンが開発されたあとの明日の戦略ということになります。

 

  • 日本のコロナ戦略

 

日本は、こうした集団免疫戦略について、どう考えているのでしょうか。官邸が設置した新型コロナウイルス感染症対策本部の第12回会議(2月23日)で、厚労省が提出した資料(下)をみると、新型コロナウイルス対策の目的(基本的な考え方)」として、下図が示され、「患者の増加のスピードを抑える」と「流行のピークを下げる」というふたつの戦略が書かれていて、「医療対応の限界」という横線よりも患者数が下回るようにするのが目指す対策と説明しているように思えます。

このグラフは、テレビの解説でもよく出てきたイラストですが、よくみると、放置すればこうなるという流行のピークが高いグラフが示す患者数(面積)と、ピークを引き下げた政府が目的とするグラフの患者数(面積)がほぼ同じようになっています。つまり、総患者数は変わらないけれど、ゆっくりと時間をかけましょう、というのが目的ということで、集団免疫戦略を日本政府(厚労省)も考えていたということでしょう。

 

そこには、水際対策とクラスターつぶしで、実効再生産数を引き下げる一方、日本の医療水準をもってすれば、たとえ2割が重症になっても、死に至る患者は極力防げる、という自信があったように思います。

 

3月2日の専門家会議の「見解」は次のように説明しています。

 

感染症のなかには、大多数の人々が感染することによって、感染の連鎖が断ち切られ、感染していない人を保護する仕組みが機能するものもあります(集団免疫の獲得)。しかし、現在の感染状況は集団免疫を期待できるレベルではありません。

 

そして、3月9日の専門家会議では、2月24日の専門家会議の見解で「これから1-2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」と述べたのを受けて、「爆発的な感染拡大は進んでおらず、一定程度、持ちこたえている」という見解が示され、その根拠になったと思われる次のような記述がでてきます。

 

実効再生産数(感染症の流行が進行中の集団のある時点における、1人の感染者から二次感染させた平均の数)は日によって変動はあるものの概ね、1程度で推移しています。

 

基本再生産数が人為的な手を加えないときのウイルスの感染能力だとすれば、実効再生産数は、外出の自粛や手洗い、マスクなどの手立てを講じた場合の感染力を示すものということになります。たとえ基本再生産数のマジックナンバーが1を上回っていて、感染が広がる可能性を示していても、いろいろな防護策を施した実効再生産数は1を下回れば、終息はできる、ということでしょう。

 

ところが、4月1日に専門家会議が公表した「状況分析・提言」には、次のような記述が出てきます。

 

日本全国の実効再生産数は、3/15時点では1を越えており、その後、3月21日から30日までの確定日データに基づく東京都の推定値は1.7であった。

 

この数字を最初に示した数式にあてはめると、(1-1/1.7 )×100=41% となり、集団免疫を得るには、東京都民の41%が感染しなければならないという計算になります。これに致死率をかければ、東京都民の死者は10万人を超えるということになります。

 

つまり、1.7という数字では、多くの死者が出るわけで、専門家会議は「都市部を中心にクラスター感染が次々と発生し急速に感染の拡大がみられている」として、「政府・各自治体には今まで以上の強い対応を求めたい」と、これまで以上の対策を求めるようになります。

 

政府が4月7日、非常事態宣言に踏み切ったのは、こうした提言を受けたものでしょう。安倍首相は宣言後の会見で、「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減することができれば、2週間後には感染者の増加をピークアウトさせ、減少に転じさせることができます」と述べました。これが実現できれば、新型コロナの実効再生産数を1以下に抑え、流行を終息に向かわせるということなのでしょう。

 

その具体策として、企業に対しては、「社会機能を維持するために必要な職種をのぞき、オフィスでの仕事は原則自宅で行うようにしていただきたい」と、いわゆるテレワークを呼びかけました。しかし、現実には、社員のネット環境が十分でない、捺印がいる、ネットで事務作業ができても最終的にはペーパーにするための社員が社内にいる必要がある、といった理由があるのでしょう、通勤を7~8割抑制することはできていないようです。

 

非常事態宣言から2週間後の実効再生産数は、現在の1.7よりも少ない数値になると思いますが、1を下回らなければ、終息はできず、多くの国民が死ぬという事態は避けられないと思います。この数値を劇的に下げるという点からは、非常事態宣言のときに、「原則自宅」をもっと強く呼びかける必要があったと思いますし、さまざまな商店やサービス店の休業を促すために、もっと安心できる休業補償を示すべきだったとも思います。

 

いま、日本の感染者数が欧米に比べて少ないことから、BCGの影響が話題になっています。朝日新聞(4月15日)も、「BCGで感染拡大防げるか」という記事を掲載、世界の動向を報じています。それによると、BCG接種の国・地域とそうでない地域・国とで、感染率に差が出ているため、世界の一部では、医療関係者がBCGを摂取する実験を行っているとあります。(下図は朝日新聞4月15日のデジタル版に掲載されていた図で、「藤田医科大の宮川剛教授らのデータを一部改変」との説明があります)

結核菌という細菌を狙った免疫措置が全くの別種のウイルスに効果があるといった場合、「オフターゲット効果」と呼ぶそうです。疫学的には、接種地域と非接種地域との感染数に有意性があるようですが、メカニズムとして証明されているわけではないので、現時点では、あくまで仮説ということになります。

 

この効果が確かであれば、BCG接種国の国民としては朗報で、何百万、何千万の国民が感染しなくてもすむかもしれません。しかし、私が気になっているのは、実効再生産数で、1.7という数字は、たしかに基本再生産数の2~2.5よりも小さいですが、BCGに新型コロナに対する免疫効果があるのなら、この数字がもっと少なくてもいいのではないかと思うのです。まったくの門外漢ですから、これ以上のしろうとの詮索はやめますが、BCGの跡をさすりながら、これでコロナ禍から逃れられると考えるのは甘いように思います。

 

もうひとつ気になるのは、実効再生産数は、社会的距離といった人為的な行動によってできた数字だとすると、いったん終息しても、人為的な操作を緩めれば、どこからかコロナが入ってきた場合、再び感染拡大が起きて、繰り返しになるのではないかという疑問です。ワクチンが開発され、多くの人が接種しないかぎり、最終的には基本再生産数による集団免疫が獲得されるまで、コロナは終わらないのではないでしょうか。

 

『ペスト』で、話題になっているカミュは、「シーシュポスの神話」という随筆を1942年に書いています。神を欺いたシーシュポスは、大きな岩を山頂に運ぶという罰を受けますが、彼が山頂にたどり着いた瞬間に、岩は転がり落ちてしまう、という繰り返しが続くという物語です。自粛要請に始まって都市封鎖に至る人為的な努力によって、実効再生産数を減らして、コロナを終息させても、またどこからともなくコロナがやってくる、という不条理な繰り返しが続くのかもしれません。いろいろ考えていると、マジックナンバーの重みが増してくるように思います。

(冒頭の写真は4月15日のWHOのホームページに掲載された新型コロナの世界的感染を示す図)


この記事のコメント

  1. 松本直次 より:

    コメントというより質問です。集団免疫で言う感染者は発症せず、従ってPCR検査もしない人も含んでいるのではないでしょうか。その意味での感染者は抗体の有無で決めるもので、現在のPCRやCT画像で判定された感染者よりもずっと多いということはないでしょうか。そうなると日本の感染者はずっと増え、死亡率はずっと下がります。

  2. 杉田望 より:

    コロナ禍を俯瞰するうえで、わかりやくす問題の所在が整理ができ、有り難い論考です。

  3. 高成田 享 より:

    日本は潜在感染者が多いと思われるので、日本の本当の死亡率は表の2%という数字よりも低いはずです。少し前までは、医療崩壊を起こしていないドイツの1%程度からみて、日本の潜在を含めた感染者は表の数字の2倍程度だと計算していたのですが、いつのまにか、ドイツの死亡率は日本を追い抜き2.5%になっています。ということで、推測ができなくなりましたできました。

  4. 松本直次 より:

    ドイツの状況は欧州諸国の中では図抜けて良いのですが、日本、韓国、台湾と比べるとひどく悪いです。意外なことにPCR検査での陽性率は日本とドイツは大差がありません。事態はまだ動いているので、原因も見通しも推測するのが難しいですね。

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