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東京大空襲の銅版画

2022.03.13 Sun

「最年少罹災者が描く東京大空襲」と題した市井の版画家、笹岡照子さん(76)の銅版画展が東京・京橋のギャラリーモーツァルトで3月13日まで開かれました。「私の家はどこ」という作品(冒頭の写真)には、闇に包まれた街並みの先に、真っ白く燃えた炎が天に向かって突き上げています。あの炎を下でどれだけの人々が亡くなったのだろうか、77年後のいま、ロシア軍による爆撃で多くの市民が苦しんでいるウクライナのニュース映像を思い返しながら、銅版画に見入りました。

 

笹岡さんは母の胎内で東京大空襲を“体験”しました。両親は、幼い兄や姉を連れて空襲による日の海から逃げ回ったそうです。もちろん、笹岡さんの記憶にはないのですが、「あのときおなかにいた赤ちゃんか」と、近所の人や親類から言われて育ったので、大空襲はわがことなのだと言います。戦争にかかわる銅版画をつくりはじめたのは2005年ごろからで、いろいろな記録写真などから“追体験”をして、作品を創り出したそうです。

 

東京大空襲で日本の市民は被害者の立場ですが、会場には、一般市民への大規模な空襲は1938年の日本軍による重慶爆撃があったという説明もありました。戦争では、被害者と加害者が回るコインの裏表のように、逆転することもあるということを理解しなければ、「戦争はいやだ」という反戦の願いを地球人として持つことができないのだと思います。

 

「戦略爆撃」のひとつとされる大規模な都市への無差別爆撃は、ピカソの絵で有名なスペイン内戦時のゲルニカ爆撃(1937)や日本軍による重慶爆撃(1938~1943)がはじまりとされ、連合軍によるドレスデン空襲(1945)、米軍による日本への空襲(1944~45)などでは、国民の戦意を挫くという「戦略」が明確化され、それが広島と長崎への原爆投下につながりました。戦後は、ジュネーブ条約などで明文化されましたが、米国が主導するイラク戦争(2003年~2010年)、シリアとロシアによるIS(イスラム国)支配地域への攻撃(2015)などで、市民の被害は顧みられませんでした。

 

市民の目から見た無差別爆撃の非人道性を後世に伝えていくことは、地球市民である私たちが反戦の意志を共有するうえで大切なことだと思いました。


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