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山形新聞の「プーチン」、これは英断か暴走か

2022.11.15 Tue

新聞記事にも著作権はある。記者が取材して執筆し、編集者が見出しを付けて紙面に組むのには手間暇がかかる。それを無断で利用すれば、著作権法に触れることは言うまでもない。

一方で、新聞には「社会の公器」としての役割もある。報道したことを広く知ってもらうことは報道機関にとって好ましいことでもある。インターネットが普及し、スマホで気軽にアクセスできる時代に、新聞社や通信社がネット上に転載された記事について「著作権法上の権利」をどこまで主張し、貫くかは悩ましいところだ。

ところが、世の中にはそうした「悩ましさ」など気にかけず、著作権を振りかざして「削除と謝罪」を求める新聞社がある。山形新聞である。11月2日付の社会面トップ記事で「国会議員、県議ら70人、本紙無断転載」と報じた。

11月8日には「紙面の無断転載巡り議員6人に通告書」と追い打ちをかけ、県議2人と市議4人の実名を挙げて「著作権を侵害したとの通告書を出した」と伝えた。議員らは自らのフェイスブックやツイッター、ブログに山形新聞の記事を無断で転載していたことを認め、謝罪したという。

これに先立って、同紙は7月に共産党の県議、10月には無所属の鶴岡市議の無断転載を報じていた。これをきっかけに「県内の政治家の無断転載」を総ざらいした結果、著作権侵害のケースが多数あることが分かり、今回の報道になったようだ。

「新聞社の権益を守る」という観点に立てば、一連の報道を英断と評する人もいるかもしれない。だが、議員の実名まで挙げて報道し、転載した記事を削除させたうえ、「今後は無断で転載しません」との誓約書まで提出させるのは「報道機関の暴走」と言えないか。

この新聞が日頃、公平で誠実な報道に徹しているのなら、私も「暴走」などという表現は使わない。だが、その実態は「公平」や「誠実」とはかけ離れている。

山形新聞は部数減対策として、2016年から「教育に新聞を」「1学級に1新聞を」というキャンペーンを始めた。すると、山形県の吉村美栄子知事はこれに呼応する形で2017年度予算に2,794万円を計上し、新聞を購読する小中学校に補助金を出すことを決めた。

同紙はこれを「全国で初」と1面トップで報じた。「全国初」なのは当たり前である。このIT化の時代に学級ごとに新聞を購読させ、それに補助金や助成金を出す都道府県などほかにあるわけがない。要するに「部数減を食い止めたい。県も税金を投入して協力して」と知事に泣きついたのである。

建前として、どの新聞を取るかは市町村の教育委員会と各学校に委ねられていたが、山形県の交付要項には「郷土愛を育むことを目指す」とうたわれていた。郷土のニュースがふんだんに盛り込まれている新聞、つまりは山形新聞の購読を促す内容だった。実際、学校が購読した新聞のほとんどは山形新聞で、この事業は翌年度以降も続けられた。

吉村知事と山形新聞は「持ちつ持たれつ」の関係にある。2021年1月知事選の前年の秋、山形県は山形新聞に「コロナを克服し、大雨災害からの復旧に取り組む」との全面広告を何度か出した。

広告には吉村知事のポーズ写真とメッセージも添えられた。選挙の事前運動とも受け取られかねない内容で、「選挙前には現職知事の写真などを付した広告を掲載しない」との新聞の広告倫理に触れかねない内容だった。が、吉村知事は気にせず、気前良く税金を投じて広告を出した。

知事との関係にせよ、今回の無断転載の追及にせよ、これを仕切っているのは山形新聞の寒河江浩二(さがえ・ひろじ)社長である。編集局長を経て、2012年から社長をつとめ、主筆を兼ねる。75歳。細かい記事にまで口を出すことで知られ、今では社内で自由に意見を言える人はいないという。「山新のプーチン」と陰口をたたかれるゆえんである。

山形新聞は、民放テレビ局や観光会社、1T企業、広告会社をグループに抱える山形県のミニ財閥の中核企業だ。寒河江社長は山形県経営者協会の会長でもある。「政治は知事、経済は私」といった気分なのだろう。

なにせ、山形新聞にはかつて「山形県の政治も経済も牛耳った」という〝前科〟がある。服部敬雄(よしお)社長の全盛期には国会議員も知事も山形市長もひれ伏し、頭が上がらなかった。地元の人たちは「服部天皇」と呼んだ。

服部社長が1991年に亡くなり、山新グループの勢いはだいぶ衰えた。が、寒河江社長は在任が10年に及び、鼻息はいよいよ荒い。「第二の服部になりかねない」と懸念する声がある。

かつて、山新グループのトップには「天皇」という肩書が付けられた。今は「プーチン」と呼ばれる。昔も今も、面と向かって道理を説く人が周りにいない。県民の一人として切なく、情けない。

長岡 昇(元朝日新聞記者)

*初出:調査報道サイト「ハンター」 2022年11月15日
https://news-hunter.org/?p=15167

≪写真説明≫
◎山形新聞の本社ビル(山形市旅篭町2丁目)

≪参考記事&サイト≫
◎無断転用を報じた山形新聞の記事(2022年7月8日付、10月21日付、11月2日付、11月8日付)
◎日本新聞協会の「ネットワーク上の著作権」に関する見解
https://www.pressnet.or.jp/statement/copyright/971106_86.html
◎新聞著作権協議会の「新聞記事・写真の著作権と複製」に関する見解
https://www.ccnp.jp/product.html
◎小中学校での新聞購読に山形県が助成金を出すことを報じた山形新聞の記事(2017年3月16日付)
◎2021年1月の知事選の前に山形新聞に掲載された山形県の全面広告(2020年9月9日付、11月20日付)
◎「服部天皇」による山形県支配の内実を伝えるコラム(ウエブコラム情報屋台)

蔵王県境事件のころから 私たちは何歩進んだのか


この記事のコメント

  1. 石井 明夫 より:

    県境問題の一連の記事を書き続けた社会部の担当記者が、相馬健一氏。天皇のポチ。後の山形新聞社長。上山市十日町の我が町内の隣組です。相馬氏が社長在任中、相馬氏の菩提寺であり、最上三十三観音の一つである、上山観音寺が火災に見舞われ全焼。檀家数が百軒に満たず、再興に困難を極めていたのを、我が父が同じ町内の者として、見るに見かねて、隣組でしかも、観音寺の檀家でもある相馬健一氏に山形新聞で取り上げて貰えたら、各方面から援助の寄進があるのでないかと、直談判に何度か伺ったが、一顧だにされなかったと、失望して戻ってきた姿を思い出しました。

  2. 長岡 昇 より:

    石井明夫さん コメントをお寄せいただき、ありがとうございました。ある方から「服部敬雄社長の後を継いだ岡崎恭一氏は政治と距離を置く方向に舵を切り、服部路線からの軌道修正を図ったが、岡崎氏の後、社長になった相馬健一氏は軌道修正に反発していた」とうかがいました。相馬氏は「蔵王県境事件」を一線で取材した記者だったんですね。

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