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子どもたちに美術館を体験させたいー「セタビ」の挑戦

2023.02.18 Sat
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東京都世田谷区の砧公園の一角にある世田谷美術館で、子どもたちに美術館を体験してほしいという願いを込めた企画展「セタビの森の歩き方」が4月9日まで開かれています。コロナ禍で学校の美術鑑賞が中止になるなど子どもたちの美術館への足が遠のいたなかで、子どもたちを呼び寄せようと企画されたのがこの展覧会。子どもたちが興味を抱くのは動物ということで、同館が所蔵する約17,000点の美術品のなかから動物にちなんだ作品113点が展示されています。

 

美術館(セタビ)の入り口から企画展の展示室に入る「プロローグ」と題されたアプローチを歩くと、子どもたちが描いた動物が出迎えてくれます(下の写真1)。世田谷区立塚戸小学校の5年生全員が描いた約150匹の動物たちで、それぞれについたQRコードを読み取ると、動物の説明や作者の思いがわかるという工夫がされています。ここまでは無料スペースだそうで、気軽に子どもたちの作品をみることができます。公的な美術館(公益財団法人せたがや文化財団の施設)としての配慮なのでしょう。

「第1章とりたちのうた」と名付けられたコーナーに置かれていたのは柳原義達(1910~2004)のカラスの彫刻です。展示室のなかで、ここだけガラス窓に囲まれ、砧公園が見渡せます(下の写真2、写真3)。この彫刻の最初の観客はカラスで、ガラス窓から作品をのぞいていたそうです。

とりたちのコーナーで目を引いたのは、「内田コレクション」と書かれた鳥の短冊でした(下の写真4)。内田家5代に伝わってきた約400点の短冊で、そのなかから鳥を描いた35点が展示されています。学芸員の東谷千恵子さんによると、鳥の種類を特定するのに苦労すると思っていたけれど、とても精密、正確に描かれていたので、すぐに見分けることができたとのこと。「写真もない時代の作品がほとんどですから、画家たちの観察眼のさばらしさに感動しました」。たしかに、シラガホウジロ、ジョウビタキ、オオマシコなど耳慣れない鳥も交じっていました。

「第2章人とともに」のコーナーで、「グランマ・モーゼス」の絵だとすぐに分かったのはアンア・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860~1961)の「川を渡っておばあちゃんの家へ」です。馬車のほかにも動物がいるのかとよく見ると、キツネが走っていました。この絵からルイ・ヴィヴァン(1861~1936)の「冬の狩」、フェルディナン・デスノス(1901~1958)の「鹿」(下の写真5)と、素朴派と呼ばれる作家の作品が続きます。素朴派というのは「専門的な美術教育を受けず、画家を職業とせず、独自の表現世界をつくりあげた」というのが“定義”で、世田谷美術館はこうした素朴派と呼ばれる作家たちの作品を多く収蔵していることで知られています。「鹿」は、晩秋でしょうか、古城を背景に白い息を吐くシカの孤高の姿が印象に残りました。

「第3章思いをのせて」のコーナーは、想像や空想たくましくつくられた動物たちが集められています。ムスタファ・ディメ(1952~1998)の「空想の動物たち」(下の写真6)、ケンタウロスが描かれた山口薫(1907~1968)の「矢」、難波田龍起(1905~1997)の「ペガサスと戦士」、ゾウやハイエナなどがいるアンドレ・ボーシャン(1873~1958)の「地上の楽園」などです。「空想の動物たち」の顔つきからはラクダやらウサギやらが浮かんできましたが、子どもたちはどんな動物を想像するのと考えると楽しくなりました。

「第4章いのちの森」は、動物が登場しない作品がほとんどで、企画展の手引パンフ「セタビの森の歩き方」を読むと「生命そのものをテーマにした作品」と書かれていました。動物はいなくても、戸谷成雄(1947~ )の「森Ⅳ」の木像群(下の写真7)には、木立の裏に動物が潜んでいるのでは、小堀四郎(1902~1998)の「無限静寂」の夜空には動物の星座が隠れているのでは、と考えをめぐらせました。

「第5章ねこの園」は、動物をテーマにした作品のなかでも圧倒的に多いのがネコだそうで、ネコだけを集めたとのこと。稲垣知雄(1902~1980)の版画「箱入り猫」(写真8)、オルネオーレ・メテッリ(1872~1938)の油彩「楽師とネコ」(写真9)など画家の作品に交じって、北王路魯山人(1883~1959)や花澤徳衛(1911~2001)など画家の範疇には入らない人の作品もあり、あらためて人とネコとの交流の深さを感じました。

東谷学芸員は、約2万年前のラスコー洞窟の壁画(写真10)に残されたように、人が最初に描いたものは動物だといわれ、「限りある命を描き残すことは、永遠の命への願いかもしれない」と、人が動物を描くことの意味を解説していました。画家が動物に心を寄せ、その作品を観ながら私たちも動物に心を寄せる、というつながりは時空を超えるのかもしれません。大勢の子どもたちが訪れることを期待しつつ、「セタビの森」を通り抜けました。

(冒頭の写真は企画展のポスター、文中の写真2,5,6,8,9は世田谷美術館提供、写真10はウィキペディアから、写真1,3,4,7は高成田惠撮影)


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