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サピエンス全史上下巻を通読して 特に印象に残ったところなど

2018.06.12 Tue
社会

サピエンス全史上下巻を通読して 特に印象に残ったところなど

平成30年6月
仲津 真治

大部の著作で、上下二巻を何とか通読しました。原文は、英文の様で、A Brief History of Humankind と言い、邦文の訳題「サピエンス全史上下巻 副題 文明の構造と人類の幸福」となっています。著者は、ユバル ノア ハラリと言い、1976年生のイスラエル人で、英オックスフォード大学の博士号を取得、歴史学者で、へブライ大学で教鞭を取っている由です。

本書では該博な教養と見識が示され、興味深い人類史などの論点が多く記されています。 邦訳には翻訳調が残り、やや気になりますが、大意は何とか把握できたと思います。

以下幾つか、印象に残ったところを記します。

1) 書き出しは、「今からおよそ135億年前、所謂「ビッグバン」によって、物質、エネルギー、時間、空間が誕生した。」となっています。 ここのところ、最近「宇宙誕生以来138憶年」とする類書が多いところ、本書は概数を用いていることが分かりました。これと軌を一にしているのが年表で、本書は地球という惑星の形成を45億年前としていました。 良く見る例は太陽系創成は46億年前です。

さらに、ビッグバンの際、時間と空間が誕生したと書かれていたことです。 この事は、良く聞く言い方なのですが、とくに時間が始まったとはどういう事なのか、それより間の宇宙はどうなっていたのだろうなどと、素人疑問が沸きますが、よく分かりません。時間も空間も宇宙の開闢とともに始まったというのですが、・・・。 更に、本書は、「宇宙の根本を成す、これらの要素の物語」を物理学というと書いています。

次いで、物質とエネルギーが、この世に現れてから三十万年ほど後に融合し始め、原子と呼ばれる複雑な構造体を成し、やがて、その原子が結合して分子が出来ました。原子と分子と、それらの相互作用の物語を「化学」と云います。

驚いたことに、此の後、凡そ、38億年前に、地球という惑星上で、特定の分子が結合し、格別大きく、入り組んだ構造体、すなわち有機体を形作りましたと続くのです。この有機体の物語を「生物学」と申します。  斯く実に、滑らかな導入部です。

2)  此の後、いよいよ、本論のホモ・サピエンスに一気に入っていきます

およそ、七万年前、ホモ・サピエンスという種に属する生き物が、なお、さらに精巧な構造体、すなわち文化を形成し始めました。そうした人間文化のその後の発展を、「歴史」というのが著者の主張です。 その導入部では、最近の発見や解明が進んだ、人類史における各人類種の発生の描写は略されています。

著者の歴史観からすれば、ホモ・サピエンス史の核心は、約七万年前に起きた「認知革命」からに在ります。

3)  では、まず、認知革命とは何か。

著者によれば、世の中には先ず実在があります。 いきなりですが、放射能は実在です。 この物理学的実在である放射能を浴び続けると、吾人には遂に病変が生じ、死に至ります。有名なキュリー夫人は、知らずに長年放射能を取り扱っていて、遂に病気になり亡くなりました。 往時は防護の知識やノウハウが無かったのです。

他方、法人や会社とは実在でしょうか。 法学部に学んだ私は、法人実在説と言う表現を知り、それは当然と思って居ました。 ところが、法人擬制説と言う学説も在ることが分かり、それでも法的な考え方や実務がしっかり廻っていることを学習し、確認しました。

本書の著者は、謂わば、この法人擬制説に立っているようです。
この人が挙げている例は、フランスの有名な多国籍企業の「プジョー」です。 吾人は此の大企業や企業グループの実在を疑いませんが、でも、この世界に、「プジョー」は本当に実在しているのでしょうか。 目の前にペンやガラス窓があるような意味では、「プジョー」は在りませんね。 では無いと言えるか、物理的には無いかも知れませんが、それは、法的には、また社会的には確かに在り、活動しています。

著者は、こう言う意味では、団体、村落も、都市も、王国も、もっと大きくなった帝国なども、法人も組織も機関も、個々の住民や構成員を離れて存していると云います。

こうした存在のことを著者は、「想像上の現実」と呼んでいます。 個々の構成員の主観だけではとても成り立たず、多くのヒトが集合的に在ると観念すれば、その想像上の現実は生じ、存するのです。こうした主観の集合を、著者は「共同主観」と名付けています。 旨い言い方ですね。

客観的な存在とは云えないが、単に主観とも云えない存在とは、確かに在るのです。真に共同の主観による存在です。

著書は、懸かる認識が、ホモ・サピエンス即ち、現世人類に生じたこと、それをもって「認知革命」が起きたと云うようです。それは約七万年前に起きた変革と云います。

これは、まず、言葉が媒介となった由です。 文字に至らない言語の段階で出てきたと推理されます。 まず、音声の認知、言葉による把握、それはつまり、単に生物学上の進化で無いが、ホモ・サピエンスには或る変化が起きて、歴史を歩み始めたのです。

4) 別のアプローチからも、推論を補強する

約七百万年前の頃、ヒトはチンパンジーとの共通祖先から申しますが、枝分かれして、ヒトとしての進化が始まったと云います。斯く、そうした共通祖先(祖型人類との名称が付けられていたと思います。)から別れてヒトの系統が出て来たのですが、そのヒトの脳の容量が五百CC辺り、それはほぼゴリラくらいで、それ位の時代が長く続いた由です。ちなみに、ゴリラは十頭前後の集団で安定すると云います。

しかし、それより進化する種属もいて、それらの集団規模は大きくなります。

このとき、諸研究と調査から、脳の容量と、集団の大きさが最も良く相関することが知られて来ました。 そして、集団の規模が百五十人位で、それ以上の規模とならず、すると脳の容量も成長が止まり、最大で千五百CC 位で、相関が落ち着いている事が、大事な知見として得られて来ました。

これが、ネアンデルタール人やホモ・サピエンス仲間でした。

このうち、ホモ・サピエンスについて、現在も狩猟採集で暮らす部族などのデータを集めると、約百五十人と言う規模が確認されました。
他方、ネアンデルタール人は、集団が大きくならず、結局、やがて生存競争から脱落し、約三万年前に絶滅した由です。

斯くて、ホモ・サピエンスは唯一生き延びた人類種となりました。 知られている人類種は、全部合わせると、これまでで約二十種の由です。 ただ、ホモ・サピエンス以外、皆絶滅しました。

5)  農業革命 長目に見て、それは約一万二千年前から始まりました

私どもは、農業こそ、ヒトをしてヒトたらしめる生産、付加価値の創造の始まりであり、これぞ、文明の揺籃の嚆矢なりと思って来ました。

しかし、著者は違う見方と切り口を示しています。

それは、比較的豊かな狩猟採集段階から、農業を生業とするところへ遷ると、農作業の辛さ、過酷さに加えて、不安定な天候などに左右されて、収量は一気に一定しない状況に追い込まれ、饑饉や天災に悩む事になったと、まず斬り込んでいます。

灌漑などが調っておれば、或る程度豊かさは得られたでありましょうが、不作、凶作などは避けられず、広範な土地を対象とした狩猟採集時代に比べ、多くのヒトにとって、生きる土地は集約され(約百分の一)、通例、生活は悪化したと見られます。 例えば、古代エジプトなどは千年以上も経った後の、やっとの成果なのです。

また、農地つまり土地をめぐる争いが起き始め、結局、紛争や戦争の原因が作られました。 つまり、農業時代となってから、争いが起き始めたのは、確かな事なのです。 農業革命の結果、収量の増大、安定などへ結び点き、人口増などへと繋がったのは、前例を示した通り、超長期を経てからの成果なのです。

6) 無知を認めた後の、科学革命の成果

著者によれば、15-16世紀頃から、現世人類の世界観が変化し始め、それまでの「我々は何もかも知っている、世界の啓発こそ、その使命」と云うような世の見方から(典型はキリスト教の布教観)から、「我々には知らないことが一杯在る、懸かる無知の解消、探索こそ吾人の使命」という世界観に変化して行ったとしています。 そのためには命懸けの人々も随分いました。

この最初が、動機や背景は個々にいろいろ在っても、「大航海時代の到来」や、その果実で在る「地理上の発見」でしょう。続いて、時代は、ガリレオ,コペルニクス、ニュートン、ダーウィン、アインシュタインなどへと繋がります。 色んなところで、探検隊や調査隊が編制され、それらを組織した海軍軍人等の下には、各分野の学者や研究者が動員されるようになりました。

これを著者は、無知に気付き、その探索・解明に乗り出した「科学革命」と云っており、此処五百年ほどの、人類史の特徴としています。

7)  懸かる認知革命、農業革命、科学革命の三大革命を、画期的な三大事象としつつ、著者は、現世人類、即ちホモ・サピエンスが、かつて、発祥した東部アフリカから各大陸などに,約六万年前に拡散した原点に帰るが如く、今や全世界的な統一乃至まとまりに向かっているという視点を展開しています。

そして、それに寄与するとしている幾つかの要因を掲げています。
ひとつは貨幣です。 現実的な観点ですね。 次いで、異論は在るでしょうが、宗教を挙げています。 確かに今なお大きい宗教対立や抗争やかつての宗教戦争を見れば「はてさて」の観はありますが、無数のアニミズムが地上至る所に在った大昔に比べれば、こうした見方もポイントを衝いています。

もう一つ、帝国を提示しています。 ここに帝国とは、複数の文化や民族を擁し、かつ、その領域の可変乃至柔軟な国家を指しています。 かつての大英帝国など、その典型ですね。

8)  日本のこと

本書では、日本の事を触れているところは非常に少ないのですが、それでも、次のところが目立ちましたので、引用しておきます。 下巻の98頁の中頃です。

「日本が例外的に十九世紀末にはすでに西洋に首尾良く追いついていたのは、・・中略・・むしろそれは明治時代に日本人が並外れた努力を重ね、西洋の機械や装置を採用するだけにとどまらず、社会と政治の多くの面を西洋を手本として作り直した事実を反映しているのだ」と的確に指摘しています。 軍事力や技術力に偏した見方をせず、約言すれば和魂洋才、文明開化でしょうか。

9)  ネアンデルタール人の復活

著者は、このアイデアに懸かるアメリカのハーバード大学のジョージ・チャーチ教授の見解について紹介しています。 アメリカ人学者やその社会の進取性乃至前のめりな気性を反映している感があります。

曰く、「ネアンデルタール人ゲノム計画が完了したので、今や私たちは復元した、そのDNAをホモ・サピエンスの卵子に移植し、三万年ぶりに子供を誕生させられる」と述べている由です。 代理母になる事を申し出た女性も数人居る由。

とうとうここまで来たかと思いましたが、それにしても何のために。 研究目的と申しますが、それだけで終わりましょうか。 もの言う可能性の在るヒトが
登場するのかもしれないのです。驚かされます。

それに、特にホモ・サピエンスの脳と比較し、構造や機能の違いなどを明らかにして行けば、どのような生物学的な違いが、吾人の体験せる意識を生み出しているか分かるかも知れないと考えられている様です。 そもそも根本的に云って、物質やエネルギーが、脳として組織されると意識が生じる理由も分かっていないと申します。

また、ネアンデルタール人の絶滅の理由は良く分かっていない様ですが、それがもしホモ・サピエンスのせいならば、ネアンデルタール人を再生させる道徳的義務があるとするヒトも居る由です。 だが、自然発生と進化の世界で展開してきた生物の世界で其処まで云うのでしょう

か。


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