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「失われた10年」が招いた コロナ対策の惨状と腐敗

2020.06.29 Mon

私は1978年に朝日新聞社に入り、最初の10年余りを静岡と横浜、東京、札幌の4カ所で記者として過ごした。この時期、日本の経済は活力に満ちていた。

鉄鋼業と造船業は世界のトップクラスになり、トヨタや本田は自動車の本場、アメリカで米国製を上回る人気を得つつあった。当時、「産業のコメ」と呼ばれた半導体の生産でも、日本は先頭を走っていた。

ニューヨークのマンハッタン中心部にあるロックフェラー・センタービルを三菱地所が1200億円で買収、松下電器はハリウッドのユニバーサル・スタジオを7800億円で手に入れた。日本経済の絶頂期だった。

なぜ、アメリカは凋落したのか。日本が成功したのはなぜか。

ハーバード大学のエズラ・ヴォ―ゲル教授(社会学)は、日本の政治と経済、社会の構造をつぶさに分析し、『ジャパン アズ ナンバーワン』という本を世に送り出した。副題は「アメリカへの教訓」。1979年のことである。

ヴォ―ゲル氏はこの著書で、日本人の組織運営の巧みさや知識欲の旺盛さ、教育水準の高さなどに加えて、日本独特の高級官僚制度を詳しく紹介し、エリート官僚集団が果たした役割を極めて高く評価している。

「日本で政治的決断を下すグループは二つある。一つは総理大臣をはじめ各大臣を含む政治家グループ。もう一つは高級官僚のグループである。各省庁の重要な実務は政治家ではなく、官僚自身の手によってなされる」

「彼らの給料は年功序列に基づいて上がっていくが、民間企業の同輩に比べると額は少ない。オフィスも質素だし、特別手当の額も少ないが、彼らは自分たちが重要な問題を扱っていることを十分に意識しているし、それをうまく処理することに大きな誇りを感じている」

「彼らは献身的であり、集団としての使命感が彼らを結び付けている」とも記している。経済政策や貿易交渉で高級官僚が果たした役割は確かに大きかった。日本の企業を取りまとめ、牽引し、世界の市場を切り拓いていった。

ヴォ―ゲル氏は、日本企業の組織運営や官僚制度、教育や福祉のあり方から教訓を引き出し、「アメリカの再生に活かさなければならない」と説いた。

そうした日本の優れた制度が壁に突き当たり、むしろ裏目に出始めたのはいつからか。私は「1989年が分岐点だった」と考えている。日本中がバブル景気に沸き立っていた頃だ。

この年の秋、東欧の国々で人々が自由を求めて動き始め、社会主義体制が次々に倒れていった。11月には東西ドイツを隔てていたベルリンの壁が崩壊、12月にはソ連のゴルバチョフ書記長とブッシュ米大統領がマルタ島で会談し、冷戦の終結を宣言した。2年後にはソ連そのものが瓦解した。

この1989年の初めに、私は国際報道部門に異動になり、激流に投げ込まれるような経験を重ねた。日本がバブルに浮かれている間に、世界の構造はがらりと変わってしまった。

情報技術(IT)の世界でも、この前後に大変革が起きた。ITの巨人IBMが主役の座から滑り落ち、マイクロソフトが取って代わったのだ。

パソコンの性能が向上し、これに合わせてマイクロソフトはウィンドウズという使い勝手の良いソフトを開発して大々的に売り出した。大型コンピューターを中心にして端末をピラミッド状に配置する大規模集中処理システムから、パソコンを連結して対応する個別分散処理システムへ。ITの世界でも、パラダイム(基本的な枠組み)シフトが起きた。

1990年代、日本はバブルが弾け、銀行や証券会社の倒産が相次いで金融危機の始末に追われた。国内のゴタゴタに振り回されて世界の激変に対応するのが遅れ、時は虚しく流れた。識者は「失われた10年」と言う。

それが巡り巡って、どんな悲惨な結果をもたらすか。私たちは、今回の新型コロナウイルス禍でまざまざと見ることになった。

厚生労働省は豪華クルーズ船、ダイヤモンドプリンセス号での感染を封じ込めることに失敗した。加えて、自らの傘下にある国立感染症研究所と地方の衛生研究所を使ってPCR検査を実施することにこだわり、いつまで経っても検査体制を拡充することができなかった。海外の最新検査機器を導入して国民のために活用するより、自分たちの権益を守ることに固執したからだ。

安倍晋三首相は窮屈そうなマスクを着け、それを国民に配ることにこだわり続けた。感染の勢いが収まり、マスクが店頭に並ぶ頃にやっと届く始末。

外出や営業の自粛で苦しむ人々への支援策を盛り込んだ補正予算の執行は、もっとひどかった。第一次補正予算が25兆6914億円、第二次補正予算が31兆9114億円。首相は「空前絶後、世界最大規模」と胸を張ったが、財源はすべて借金だ。

官僚たちにはそれをきちんと配る力がない。中央省庁のIT環境は民間に比べ、ひどく遅れている。膨大なデータを処理するシステムもノウハウもない。結果、民間に丸投げした。

丸投げしても、その手続きが適正で税金がちゃんと国民の手元に届くのならまだ我慢できる。だが、持続化給付金をめぐる経済産業省の仕事のでたらめぶりはすさまじいものだった。

コロナ禍で打撃を受けた中小企業や個人事業主に最大200万円を給付するこの事業を受注したのは「サービスデザイン推進協議会」という一般社団法人だ。

この法人の実態を最初に暴いたのは週刊文春である。記者が東京・築地にあるこの法人の事務所を訪ね、「入り口にカギがかかっている。連絡先の電話番号もない。法律で義務付けられている決算公告を一度も出していない。幽霊法人だ」と報じた(6月4日号)。

2016年にこの法人を作ったのは広告最大手の電通と人材派遣のパソナ、IT業務の外注を請け負うトランスコスモスである。政府の事業を直接受注し、公金を電通の口座から振り込むのは案配が悪い。そこで、トンネル法人を経由させる手法を編み出したようだ。

法人の初代代表理事、赤池学氏(評論家)も、次の代表理事の笠原英一氏(立教大学客員教授)もメディアの取材に「私はお飾り。実務のことは分かりません」と答えている。正直ではあるが、無責任な人たちだ。

この法人が持続化給付金の事業を769億円で受注、そこから20億円を中抜きして電通に749億円で再委託、さらに電通の子会社やパソナなどに再々委託していた(図1参照)。法人の事務所がある築地は、電通の本社がある汐留から歩いて数分だ。

要するに、仕事のできない経済産業省に代わって民間企業が請け負い、たっぷりと甘い汁を吸っているのである。どんな汁を吸ってきたのか。朝日新聞が6月2日付で一覧表を載せている。図2に見るように、最初は「おもてなし規格認証事業」なるものから始め、IT絡みの事業を次々に受注してきた。

コロナ禍は「格好のビジネスチャンス」となった。電通グループは持続化給付金に続いて、経済産業省が主導する「Go To キャンペーン」も取るつもりだったようだ。「コロナが収まったら観光や外食に行きましょう。政府がその費用を補助します」という事業だ。

こちらは事業規模1兆6794億円、委託費は3095億円と、持続化給付金よりはるかにおいしい。

経済産業省はこの事業の説明会を6月1日に行い、8日に公募を締め切る段取りだった。本誌の昨年2月号で山形県が観光キャンペーンを企画し、吉村美栄子知事の義理のいとこ、吉村和文氏が率いるケーブルテレビ山形(現ダイバーシティメディア)に業務委託した経緯をお伝えしたが、それと同じ手口だ。

公平さを装って募集はするものの、委託する業者はあらかじめ決めている。募集期間を短くして競争相手が対応できないようにしてしまうのだ(山形県の場合はさらに業務の仕様にも細工を施した)。なりふり構わず突き進む役人のやり口は、国も県も変わらない。

その実態がメディアで暴露されるに至り、さすがに「Go To キャンペーン」の公募は仕切り直しになった。

持続化給付金にしろ、このキャンペーンにしろ、経済産業省の官僚たちの仕事ぶりは、ヴォ―ゲル教授が描いた官僚の姿からはかけ離れている。「国家の将来を見据えて考え、行動する」といった誇りはかけらも感じられない。見えてくるのは「税金の使い方は俺たちが好きなように決める」という思い上がりだけだ。

そうした官僚の典型が経済産業省の中小企業庁長官、前田泰宏氏である。アメリカのテキサスで開かれる大規模な見本市のたびに、シェアハウスを借りて「前田ハウス」と称し、民間企業の幹部たちと親しく交わっていた。

その中に、「サービスデザイン推進協議会」の設立で中心的な役割を果たした元電通幹部の平川健司氏もいた。「前田ハウス」問題は、経済産業省と電通の癒着の象徴と言える。日本では目立つことはできないが、「遠いテキサスなら平気だろう」と考えたようだ。その実態を写真付きで詳細に暴いたのも週刊文春の記者たちである(6月18日号)。

奥歯に物が挟まったような書き方ではなく、核心にズバリと切り込み、実名で赤裸々に書いていく。ここ数年の週刊文春の報道は秀逸だ。新聞各紙も「週刊文春によると」と書いて引用するようになった。かつては「一部報道によると」といった表現しか使おうとしなかったが、彼我の取材力の差を認めざるを得なくなったのだろう。

週刊新潮にも、たまに興味深い記事が載る。6月25日号に「Go To キャンペーンも食い物にする『パソナ』の政治家饗宴リスト」という記事があった。

コロナ対策の補正予算事業を電通と一緒になって貪(むさぼ)る人材派遣のパソナは、東京・元麻布の高級住宅街に「仁風林(にんぷうりん)」なるゲストハウスを構えている。ここに政治家や経済産業省の幹部、有名人らを招いて夜な夜なパーティーを繰り広げ、もてなしているのだとか。

接待するのはパソナの南部靖之代表の「美人秘書軍団」。歌手のASKAが覚醒剤取締法違反で逮捕された際、一緒に逮捕された愛人もこの秘書軍団の一人で、ここでのパーティーで知り合ったという。

招待された政治家のリストも興味深かったが、そのパソナの現在の会長は小泉政権で経済財政担当相を務めた竹中平蔵氏である、という記述に私は目をむいた。担当大臣として派遣労働を製造業にまで拡大した、その張本人が人材派遣会社の会長に収まっていたとは・・・・。

これまで本誌で、吉村美栄子・山形県知事の義理のいとこ、吉村和文氏の政商ぶりを報じてきたが、そうした構図を何百倍、何千倍にしたスケールで政府の公金を貪る政商が東京にはゴロゴロいる。電通やパソナは「政商たちの巣窟(そうくつ)」であり、安倍政権はとてつもなく気前のいいスポンサーと言うべきか。

世界の流れに乗り遅れ、日本の政治と行政のシステム、産業構造は根元から揺らぎ始めている。救いは、私たちの国には自分の仕事に誇りを持ち、自らの務めを誠実に果たそうとする人がまだたくさんいることだ。

新型コロナウイルスの感染が広がり、政府が右往左往しても、亡くなった人を現在のレベルで抑えられているのは、そういう人たちが医療や介護などそれぞれの現場で踏ん張ってくれているからだろう。

「失われた10年」を取り戻すことはできない。けれども、そういう人たちがいる限り、苦難を乗り越え、新しい道を切り拓くことはできる。私たちの社会にはまだその力がある、と信じたい。

 

*このコラムは、月刊『素晴らしい山形』の7月号に寄稿した文章を若干手直しして転載したものです。

*図1、図2をクリックすると内容が表示されたます(現在、リンク作業中です。しばらくお待ちください)。

 

≪写真説明&Source≫

◎電通との関係について国会で答弁する前田泰宏・中小企業庁長官

https://gogotamu2019.blog.fc2.com/blog-entry-11668.html


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