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オリ・パラの中間決算

2021.08.13 Fri

東京オリンピックが閉幕、8月24日からはパラリンピックが開会される予定です。パラリンピックはまだ終わっていないので、「オリ・パラ」全体を総括することはできませんが、オリンピックが終わった現時点でいえば、東京オリンピックは壮大な失敗として五輪史に刻まれるのは確かだと思います。

 

ツケはすぐに回ってくる

 

まず、経済面から考えてみましょう。オリ・パラを開催する実行機関である「東京2020組織委員会」(組織委)が公表している予算は、2020年12月に公表された第5版によると、総額7210億円で、1年前の2019年12月公表の6300億円よりも910億円膨らんでいます。開催が1年遅れたことによる費用増が主な原因です。

 

収入をみると、チケット売上が900億円となっていますが、ほとんどの会場で無観客の開催となったため、これはほぼゼロになるはずで、支出が予算通りであれば1000億円近い赤字が出ることになります。

 

組織委員会の赤字は、基本的には東京都が負担することになっていますから、パラリンピックが終わり、組織委員会から東京都に回ってくる赤字補填の請求書は、1000億円になっても不思議ではありません。

 

五輪開催の費用は、組織委員会が負担する部分だけではありません。国立競技場などの恒久施設は、総額で3460億円となっています。費用分担を見ると、組織委はゼロで、国1200億円、東京都2260億円となっています。また、本来であれば組織委が負担するのが筋と思われる運営の諸経費についても、東京都と国が1630億円、さらに五輪関係のコロナ対策費も国と東京都が960億円に支出することになっています。

 

組織委が計上した費用は7210億円ですが、国や都が出す費用は9230億円もあり、五輪費用の総額は1兆6440億円となります。今後、国が支出した費用については、会計検査院が検証することになりますが、会計検査院は2018年度までの五輪関連支出は1兆600億円で、当時、国の負担分とされていた1500億円を大幅に上回っていると指摘しました。

 

国も都も、五輪施設は五輪だけに使うものではない、という理由で押し切るつもりでしょうが、東京都民も国民もテレビで五輪観戦を楽しんだツケは、すぐに回ってくることになります。東京都の人口は1400万、仮に東京都の五輪関連予算が1兆4000億円になるとすれば、都民ひとりあたりの負担額は10万円になってしまいます。そこまではいかないと期待しますが、新宿の「五輪バー」でいい気持ちになって出ようとしたら、「お客さん、請求書」と渡された金額を見ると真っ青、ぶったくり男爵は、ほかにもいたということになるかもしれません。

 

コロナ対策などで東京都の貯金ともいえる財政調整資金は、2019年末に9345億円あったのが、2020年度末には5327億円と半減し、2021年度末には2837億円と再び半減する見通しになっています。結果論ですが、東京都に五輪を開催する財政力はなかったといえそうです。

 

オリンピックの経済面での成功例は、1984年のロサンゼルス大会といわれ、ロスの組織委員会は、国や地方政府からの補助は一切受けずに、2億ドルを超える黒字を出し、五輪はもうかるという神話をつくりました。一方、大赤字だったのが1976年のモントリオール大会で10億ドル近い赤字を出しました。しかし、この赤字の大部分は競技場や選手村の建設費でしたから、恒久施設を除いた運営費などの赤字は、それほどではありません。今回の東京大会は組織委だけで約10億ドルの赤字になりそうですから、赤字大会として五輪史に残るのは確実です。

 

五輪を誘致した当時、東京都は五輪の経済効果として、32兆円という数字を出していました。五輪の施設建設や運営費、さらには観客が支出する「直接的効果」が2兆円、新しい競技場などが呼び込む新たな需要は「レガシー効果」と呼ばれ12兆円、さらに競技場を建設するために建設機械が増産されるといった「生産誘発」もあり、全体としての「経済波及効果」は32兆円というわけです。

 

競技場などは実際に建設され、大会も実際に行われたわけで、経済波及効果はそれなりにあったと思いますが、五輪の入場者が落とすお金を期待していたホテルや飲食店などは、あてがはずれた結果になりましたし、外国人観光客をあてこんでいたホテルなどや旅行業界は、「捕らぬ狸の皮算用」だったと、嘆いていることでしょう。客室などの設備をふやしたところは、当分の間、「負のレガシー効果」に悩まされることになるでしょう。

 

勝利の方程式の崩壊

 

五輪の政治的効果は、内外に向けての国威発揚で、古くはヒットラーがナチスドイツの宣伝に利用した1936年のベルリン大会が有名ですが、今回は、内外からの「やめろコール」のなかでの開催でしたから、国威発揚とはなりませんでした。

 

国威発揚というのは抽象的ですが、政権の思惑は、オリ・パラの高揚感が冷めやらぬなかで総選挙をして、与党自民党が大勝するという勝利の方程式を実現することだったと思います。しかし、五輪は終わっても、内閣支持率は上がるどころか下がっていて、朝日新聞やNHKの世論調査では、支持率の危険ラインといわれる30%を下回ることになりました。オリンピックは開催してよかった、という意見が多かったようですから、菅内閣への厳しい見方は、五輪開催への批判ではなく、コロナ対応の遅れということでしょう。

 

オリ・パラの高揚感という方程式は崩れたため、いま政権が考えていることは、衆院議員の任期が満了となる10月21日にできるだけ近づけて選挙を設定し、それまでに第5波のピークアウトやワクチン接種者の増加による感染者数の減少を期待するというコロナ減頼みの方程式に切り替えていることと思います。

 

それにしても、8月24日からはパラリンピックが始まります。コロナの感染者数などコロナ情勢はオリンピック開催前よりも悪化していますから、無観客は当然だと思いますが、警備やボランティア、医療スタッフの動員計画を考えれば、もっと早く無観客を決めて、観客を前提にしたスタッフの動員を変更すべきだと思います。オリンピックもそうでしたが、無観客への決断の遅れは、なりゆきまかせというか、コロナに対する政権の後手いっぽうの姿勢を世間に見せるだけだと思います。

 

より速く、より高く、より強く

 

東京五輪は、経済的にも政治的にも失敗だと書きましたが、競技自体としてはどうだったのでしょうか。

 

選手村での選手同士の交流が制限されたり、外出も厳しく制限されたり、選手にとっては、「一刻も早く帰国したい」と思わせる大会になったと思います。それでも、開会式で先頭のギリシャに続いて難民選手団が五輪旗を掲げて入場してきた場面、メダルを獲得できず泣いていたスケートボードの岡本選手をほかの選手が担ぎ上げた場面、女子バスケットの表彰式で米、日、仏の選手が混ざり合っての記念撮影の場面など、五輪はいいなと思わせるシーンもありました。

 

記録的にはどうでしょうか。陸上競技場では、女子三段跳びで優勝したユリマル・ロハス選手(ベネズエラ)、女子400m障害のシドニー・マクラフリン選手(米)、男子400m障害のカルステン・ワーホルム選手(ノルウェー)が世界記録を出しました。陸上競技は競泳に比べて世界記録の更新が難しいといわれていますから、3つも出れば十分かもしれませんが、新国立競技場は弾むようなトラックで、記録ラッシュになりそうだという事前の予測は、当たったとはいえません。

 

水泳は、男子100mバタフライのケイレブ・ドレセル選手(米)、女子競泳4×100mのオーストラリアチームなどが世界記録を出しました。しかし、SPEEDOのレーザー・レーザーが席巻した北京大会の21種目は例外としても、リオ大会(2016)の6種目、ロンドン大会の7種目などに比べても記録的には低調だったといえそうです。

 

五輪に向けての長期的な体調管理、大会直前の感染対策による規制、さらには観客の声援がない、などの悪条件が重なったためだと思います。マラソンや競歩では、リタイアした選手が続出していましたが、高温多湿という環境は、「より速く、高く、強く」の実現には、適していたとはいえなかったようです。

 

もともと東京で五輪を開催する意味はないと思っていましたが、招致したからには、安全な大会を開催するのは日本政府の国際的な責務だと思い、コロナの感染状況をみれば、無観客での開催が必須だと書いてきました。結果的には、ほとんどの競技やイベントが無観客で行われましたが、その遅すぎる対応を見ていると、政治家は国民や市民の命よりも、オリンピックを利用して自分の政治的なアドバンテージを得ることしか考えていないのだとあらためて思いました。金メダルをかじった市長がいましたが、あれこそ五輪にあやかりたいという日本の政治そのものの戯画でした。

(冒頭の写真は組織委員会のHPに掲載された閉会式の様子)

 


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