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ウクライナ戦争を考える③国際法

2022.04.08 Fri

ロシアのウクライナ侵攻は、武力による紛争の解決を禁じた国連憲章、戦場での非人道的な行為を禁じたジュネーブ条約などいくつもの国際法に背いていると思います。ウクライナの領土内を走るロシアの戦車、軍事施設とは無縁の住宅や病院などへのミサイル攻撃、そして許しがたい住民の虐殺などの映像を見ていると、国際的な法秩序などという考えが無意味なものに思えてきます。

 

「情報屋台」に寄稿された中山昇一さんの「榎本武揚と国利民福-最終編二章-2海軍卿(2)税権回復要求」(2022年3月5日)の論稿で、19世紀のプロイセン・ドイツの政治家で、「鉄血宰相」と呼ばれたオットー・フォン・ビスマルク(1815~1898)が下記のような言葉を残しているのを知りました。

 

かのいわゆる公法(国際法)は、列国の権利を保全する(法)典、常とはいえ、大国の利を争うや己に利あれば公法を執(とら)えて動かず、もし不利なれば、翻すに兵威をもってす

 

国際法は大国にとって利があれば従うが、利がなければ兵力にものをいわせる。なんともあからさまな国際法の解釈です。ビスマルクがこれを語ったのは、1973年(明治6年)3月、明治政府が米欧諸国に派遣した岩倉使節団を歓迎する宴の席でした。近代国家としての道を歩み始めたばかりの日本から来た要人たち(木戸孝充、大久保利通、伊藤博文など)に、世界は弱肉強食なのだから、国際法による正義を頼んでも痛い目に遭うだけですよ、という“世界の常識”を教えようとしたのでしょう。

 

国際法は戦争の容認から禁止に進歩した

 

21世紀の世界は、列強が領土の分捕り合戦を繰り広げていたビスマルクの時代から進歩していないのでしょうか。2018年に亡くなった法学者、大沼保昭の遺作『国際法』(ちくま新書)を読むと、国際法は20世紀に大きな変化を遂げたと書かれています。

 

ビスマルクが活躍する少し前のプロイセンの軍事学者、カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831)は、主著『戦争論』(1832)に「戦争は他の手段をもってする政治の延長である」という有名な言葉を残しました。大沼によると、戦争は外交と並ぶ国家政策の一手段というクラウゼヴィッツの戦争観は、20世紀初頭までの列強の指導者の常識でした。しかし、戦争の被害が劇的に増大した第1次世界大戦によって、戦争の抑制を目的とした国際体制の構築(国際連盟)と「戦争の違法化」(不戦条約)に国際社会は力を入れるようになり、さらに悲惨な戦争となった第2次大戦後にできた国際連合は、その考え方を国連憲章に盛り込んだ、と述べています。

 

国連憲章第2条の第3項は平和的手段による紛争の解決を義務付け、第4項は「武力の行使」と「武力による威嚇」を慎むよう求めています。

 

「すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない」(2条3項)

「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」(2条4項)

 

ビスマルクの時代には、武力による威嚇や行使は慎むという国際法はなかったのに対して、現在はそれがあるのですから、公然と武力で他国の領土を蹂躙しているロシアの行為は、ビスマルク時代よりも悪質ということになります。

 

ロシアの言い訳

 

プーチン大統領も国連憲章に反しているという批判を意識したのか、ウクライナ侵攻を開始する直前の2月24日にテレビ演説でウクライナへの軍事行動を次のように正当化しました。

 

ロシアの軍事行動は、ウクライナ政府によって虐げられ、ジェノサイド(集団虐殺)にさらされてきたドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の人々を保護するための「特別な軍事作戦」であり、国連憲章51条に基づく自衛権の行使で、ウクライナ領土の占領は計画に入っていない。(放送の要約)

 

プーチン演説の矛盾は、ジェノサイドのような事実が起きているのであれば、国連人権理事会などで、問題提起すべきなのですが、そういう平和的なプロセスをせずに武力を行使したことです。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の「ウクライナ人権報告書」(2015)を見ると、ウクライナ軍ではなく、ロシアの支援のもとで2014年にドネツクとルガンスクに自称共和国をつくった武装勢力による住民への人権侵害が次のように報告されています。

 

「武装グループによる地元住民への深刻な人権侵害、脅迫、嫌がらせが続いていると報告されている。さらに、違法な自由の剥奪、強制労働、略奪、身代金要求、領地での金銭の恐喝などの事例とともに、殺害や拷問、虐待が武装グループによって行われている、との新しい申し立てが届いている」(国連人権高等弁務官事務所「ウクライナ人権報告」)

 

武装勢力とウクライナ政府軍による紛争は、多くの死傷者を生じさせていますから、双方による人権侵害があったと思われますが、少なくともウクライナ政府軍による一方的な集団虐殺が起きたとは思えません。

 

さらに、プーチン演説は国連憲章51条に言及していますが、これもこじつけです。51条は、憲章が禁止した戦争の例外として、加盟国が武力攻撃を受けた場合、国連安保理が必要な措置を取るまでの間、個別的または集団的自衛権の行使を認めるものです。しかし、二つの共和国は、ロシアが侵攻の3日前に承認した自称共和国で、国連の加盟国ではありませんから、51条の適応はできません。

 

また、ロシアの論理は、ドネツクとツガンスクがウクライナから攻撃を受けているため、集団的自衛権を発動して両国を守るのだから、これは憲章が認めた「自衛権の行使」にあたる、というのです。しかし、両国の自衛を助けるのが目的なら、まず両国の地域に入り、防衛の役割を果たすべきで、ウクライナ全土を侵攻するのは「超過剰防衛」と言うしかありません。

 

国際司法裁判所が動いた

 

ウクライナ政府はロシアから侵攻された2日後の2月26日、ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)に、ロシアがジェノサイド条約に反してウクライナで大量虐殺を行おうとしているとしてロシア政府を提訴、ウクライナ国民の権利を守る暫定措置を求めました。(写真はハーグにある国際司法裁判所の建物。ICJの公式サイトから)

ICJは提訴を受けて、3月7日には公聴会を開いてウクライナ側の言い分を聞き(ロシア側は欠席)、16日には、ロシアに対してウクライナにおける軍事作戦を直ちに停止するよう命じた暫定措置命令を出しました。

 

ICJは、国家間の紛争を解決するための国連の主要な司法機関のひとつであり、訴訟の当事者となれるのは国家だけです。当事国の同意なしに裁判を進めることはできない規則になっていますから、ウクライナが提訴しても、ロシアが審理に応じなければ裁判は開くことができません。しかし、暫定措置は、当事国の同意なしに出せることになっていて、法的な拘束力もありますから、ロシアは暫定措置によって軍事作戦を停止しなければならなくなったのです。

 

実際には、ロシアはICJの決定を無視しました。ICJに決定に従わせる強制執行力がないためで、そうした実行力を持っているのは国連安保理になります。しかし、ロシアは常任理事国で拒否権を持っていますから、結局は、ICJに従わなくてもおとがめなし、ということになります。

 

ICJは、戦争に寄らないで国家間の紛争を解決するという人類の歴史にとって理想の存在となるはずでした。しかし、当事者の同意が必要で一方が同意しなければ裁判が成立しないという弱点があります。もうひとつの弱点は、法的な決定を執行する強制力を持っていないということです。強制力を発揮できるのは安保理なのですが、常任理事国が拒否権を持っているため、今回のウクライナ戦争のように、常任理事国が当事者であると、その国が不利になるような決定は執行されないということになります。

 

ICJの戦争抑止あるいは紛争解決能力は限られているわけですが、大沼保昭は「国際裁判所には、紛争解決のほか、最終的に権威をもって国際法の解釈を確定するという、もうひとつの役割がある」と前掲書のなかで指摘しています。今回の暫定措置も、ロシアの軍事行動を停止させる力はありませんでしたが、ロシアの行為はICJが停止を求めるようなものであった、ということは、今回のロシアのウクライナ戦争が国際法上、不法であることのひとつの証しになると思います。

 

ロシアは、ウクライナ侵攻のあと、経済制裁を含むさまざまな制裁措置を国際社会から受けていますが、そうした「被害」を、ICJを含む国際機関に訴え出ても、暫定措置を無視したロシアに理がないという「効果」は期待できます。また、歴史的にも、ICJが侵攻後すぐにロシアの軍事行動の停止を求める暫定措置を下した事実は残ります。

 

◆国際刑事裁判所は捜査を開始

 

ICJの限界が指摘されるなか、いま注目されているのが国際刑事裁判所(ICC)です。ICJと同じくハーグにある国際司法機関で、2002年に発足した新しい組織です。ICJが国連の司法機関と位置付けられているのに対して、ICCは国連から独立した機関と位置付けられています。ICJが国家間の紛争を解決する裁判所で、訴追するのもされるのも国家なのですが、ICCは、国際的に問題となる①集団殺害犯罪(ジェノサイド)、②人道に対する罪、③戦争犯罪、④侵略の罪について、国家ではなく個人を訴追します。

 

ICCには123か国が加盟しているのですが、常任理事国で加盟しているのは、フランス、英国だけで、ロシア、中国、米国は加盟していません。大国は、自国の兵士が訴追され、自国以外の組織で裁かれるのを嫌っているのでしょう。非加盟国の個人であっても訴追される可能性はあるのですが、非加盟ならICCの管轄権が及ばないので、訴追された人間を逮捕したり、ICCに差し出したりしなくてもすむのです。

 

今回のロシアのウクライナ侵攻に対してICCはすぐに反応しました。カリム・カーン主任検察官は2月25日、ウクライナの状況を注視するとの声明を発表、ジェノサイド、人道に対する罪、戦争犯罪をした者は訴追される可能性があるとして、戦場の兵士たちに警告を発しました。

 

カーン検察官は2月28日には、できるだけ早く捜査を開始したいとして、加盟国に人材や資金の支援を求め、3月2日には、加盟する37か国の負託を受けて、捜査を開始したと発表しました。付託したのは英国、カナダ、オーストラリアなどで、日本は入っていませんでしたが、3月9日に加わりました。(下の写真は、3月中旬、ウクライナに入り、クレーバ外相らから話を聞くICCのカーン検察官=右、ICCの公式サイトから)

ICCがウクライナで捜査するにはICCがウクライナから管轄権の同意を得る必要がありますが、2014年にクリミア半島と東部のドンバス地方で、親ロシア勢力が武装蜂起した際に、ウクライナ政府はすでにICCにロシアによるジェノサイドなどを訴え、ICCの管轄権を受け入れていました。

 

ICCの捜査に対しては、ウクライナ政府だけでなく各国とも協力を約束していますから、ロシアの兵士たちの犯罪行為は、かなり明らかになるのではないかと期待します。国際的な人権団体であるヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)も、すでに調査をはじめていて、4月2日には、ロシア軍による民間人の殺害、処刑、レイプなどのレポートを公表しています。こうした情報もICCは入手しています。

 

ただ、被告とされた兵士たちは事情聴取や召喚に応じない場合、ロシアはICCに加盟していませんから、彼らがロシア国内にいればロシア政府が身柄の引き渡しに応じることはないでしょう。ICCは、原則として欠席裁判はしないことになっているので、実際に判決を下すところまでには至らないかもしれません。

 

しかし、ICCの「被告人は公判の間在廷する」(ローマ規程63条)は、被告人と権利と義務であり、義務を放棄して出廷しない場合は欠席裁判も許される、という解釈もあるようです。戦争の犯罪行為を固有名詞のある個人の犯罪として訴追することができれば、戦争犯罪の明示とともに抑止という意味でも大きな意味があると思います。

 

◆国際刑事裁判所はプーチンを裁けるか

 

それでは、ICCはプーチン大統領を裁けるのでしょうか。ICCの実務を定めているのは1998年に国連で採択された128条に及ぶローマ規程です。それによると、①ジェノサイド、②人道に対する罪、③戦争犯罪の3項目は、集団への暴力、奴隷化や強姦、毒ガスの使用などの犯罪、文民への攻撃など戦場における具体的な非人道的な行為が訴追の対象になっています。実行した人間だけでなく、指揮官も訴追できることになっていますが、ここで想定している指揮官あるいは上官は、犯罪行為を実行した部隊の長のようで、国家の最高責任者が「皆殺しにしろ」とか「住民も殺せ」といった命令でも下していなければ、その責任を問うのは難しいように思えます。

 

そうなると、④侵略の罪がプーチン氏の“罪状”としてはもっとはっきりしているように思われます。ローマ規程の発効時には侵略の罪についての具体的な内容は、継続協議になっていたのですが、2010年の改正で中身が確定しました。

 

この改正について日本の外務省は「一定の条件が満たされれば、将来ICCが安保理の侵略行為の認定なしに侵略犯罪の管轄権を行使することを認める内容となっている。これまで安保理常任理事国が安保理の認定権限を最優先する対応をとっていたことからすれば、画期的な合意内容と言える」と評価しています。

 

一方、アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪)は、侵略がロシアのようなICCの非締結国の国民によって行われた場合は、ICCが管轄権を行使できない、と解説しています。ICCのカーン検察官も捜査を開始するにあたっての声明(2月25日)のなかで「改正ローマ規程に関連して複数の質問を受けているが、ウクライナもロシアもローマ規程の非加盟国なので、ICCは侵略の罪についての管轄権を行使することはできない」と明確に述べています。

 

プーチン訴追はやはり無理なのか、ということになりそうですが、ウクライナが国連と協力して侵略の罪について特別法廷を設置するということができるかもしれません。国連はこれまで安保理の決議によって、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(1993~2017)とルワンダ国際刑事裁判所(1994~2015)、の2つの特別法廷を設けましたが、安保理の決議はなくても、シエラレオネ特別法廷(2002)及び残余特別法廷(2010)、カンボジア特別法廷(2006)、レバノン特別法廷(2007)などは、国連と国家間の協定などで設けられています。

 

ニューヨークタイムズ紙は4月6日の社説で、ロシアが依然として撤退していなかでは、ウクライナへの強力な武器の供与やロシアに対する制裁を強化することが目下の焦点で、プーチン氏らの戦争犯罪を追及することは「長期的な目標」になるとしたうえで、次のように述べています。

 

「ブチャや他の多くの場所で示された犯罪的残虐行為の恐ろしい証拠がまだそこにある間に迅速に収集され、目撃者が彼らの記憶がまだ新鮮であるうちに証言を得ることは必要不可欠なことです。後世の人々は実際に何が起こったのかを知らなければならないし、正義にはチャンスが与えられなければなりません」

 

ウクライナのニュース映像を日々見るたびに、どうしたらプーチンの戦争を止めることができるのか、そしてこの残虐な行為の責任をどうしたら取らせることができるのかと、考えます。国際法に即効性はないのかもしれませんが、IJCやICCなどで、「プーチンの戦争」を法的に追求し、その活動記録と文書を後世に残すことは、プーチン氏に「戦争犯罪人」の名札を永遠に残すことになると信じます。

 

(冒頭の写真はドミトロ・クレーバ・ウクライナ外相のツイッターに掲載された東部ドネツク州のクラマトルスク鉄道駅へのミサイル攻撃で犠牲になった人たちの所持品)


この記事のコメント

  1. 常深 より:

    判決の実効性は、ともかくそれなりの判断がなされるだけでも意味があるかもしれませんねー

  2. 高成田 享 より:

    戦争犯罪を裁けるのは勝者だけ、という「正解」を崩すのは難しいですね。

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