大手メディアが伝えない情報の意味を読み解く
情報屋台
社会
政治
文化

「放送法文書」のもうひとつの読み方

2023.03.17 Fri

放送法の政治的公平性の解釈をめぐって、安倍政権下の2015年に、当時の磯崎陽輔首相補佐官が総務省に圧力をかけ、最終的には当時の高市早苗総務相からそれまでよりも踏み込んだ答弁を引き出した経緯が書かれた「行政文書」が明るみに出ました。いま焦点になっているのは、この文書を「捏造」と断じた高市氏(現・経済安全保障担当相)の責任問題ですが、この問題の本質は、言うまでもなく安倍政権が「放送の自由」に制限をかけようとしたことです。

 

放送への圧力が官邸の狙い

 

権力の監視役として民主主義を支える役割を負っているメディアに対して、「官邸」が公然と法解釈まで変更させようとしたことは、政権の奢りを象徴するものです。私たちは、“大本営発表”しか報じないロシアのメディア状況をあきれて見ていますが、政権側からの絶えざる圧力とそれに忖度する日本のメディア状況をみていると、日本のメディアもロシア化が進んでいるのではないか考えてしまいます。

 

この問題は、立憲民主党の小西洋之議員が入手した文書が発端で、総務省がこの文書を「行政文書」として認めたことで、「怪文書」などと発言していた高市氏の旗色がにわかに悪くなりました。高市氏は、「記憶にない」という政治家が得意とする用語を使わず、「捏造」としたうえで、事実なら辞職するとまで、啖呵を切ったのですから自業自得です。

 

この文書は、政権の圧力に屈して、役所が法解釈を変更した証拠として歴史に残ることになると思います。しかし、総務省がひとくくりの「行政文書」として残しておいたのは、政権側の圧力を役所がしのいだ記録として省内に残しておく意図があったからだと思います。役所的には、敗北の記録ではなく勝利の記録ではないかと思うのです。

 

報道されないことが勝利

 

そう思ったのは、高市総務相の5月12日の参議院総務委員会での答弁で、この問題が決着したあとの「放送法の政治的公平に関する報道の状況について」と題した2015年5月13日付けの文書が全78頁の74頁目にあったからです。この文書は、「報道の状況について」として以下のような記録を書いています。

 

  • 新聞報道 「切り抜き」記事を見る限り該当する報道は見受けられない。
  • ネット記事 「政治的公平」等で検索する限り該当するものは見受けられない。
  • その他 磯崎総理補佐官が、同日の総務委員会での質疑を受け、twitterにおいて以下のツイートを発信。(ツイート内容は後述)

 

放送法の従来解釈を変更したくない総務省からすれば、変更などと報じられることをいちばん恐れていたわけで、何も報じられなかったことが「勝利」だったに違いありません。総務省の立場を代弁していると思わせる発言が38頁にあります。当時、総務省から出向で首相補佐官になっていた山田真貴子氏に安藤友裕情報流通行政局長らがレクした結果を記録したものです。長くなりますが、とても面白いやり取りなので、そのまま引用します。

 

総務省の本音を代弁する山田補佐官

 

(山田)今回の整理は法制局に相談しているのか?今まで「番組全体で」としてきたものに「個別の番組」の(政治的公平の)整理を行うのであれば、放送法の根幹に関わる話ではないか。本来であれば審議会等をきちんと回した上で行うか、そうでなければ(放送)法改正となる話ではないのか。

 

(安藤)法制局には当たっていない。礒崎補佐官も現行の「番組全体で」とする解釈を変更するものではなく、あくまで「補充的な説明」と位置づけ。国会で上手に質問されてしまったから答弁せざるをえない形を取ることとしている。

 

 (山田)礒崎補佐官は官邸内で影響力はない(長谷川補佐官は影響力あるとの言)。総務省として ここまで丁寧にお付き合いする必要があるのか疑問(山田秘書官としては総務省から礒崎補佐官を止めて欲しかった?)。今回の話は変なヤクザに絡まれたって話ではないか。

 

(山田)礒崎補佐官からすれば、前回衆院選の時の萩生田(議員名の要請)文書と同じ考えで、よかれと思って安保法制の議論をする前に民放にジャブを入れる趣旨なんだろうが、(山田秘書官からすれば)視野の狭い話。党がやっているうちはいいだろうし、それなりの効果もあったのだろうが、政府がこんなことしてどうするつもりなのか。礒崎補佐官はそれを狙っているんだろうが、どこのメディアも萎縮するだろう。言論弾圧ではないか。

 

(山田)政府として国会でこういう議論をすること自体が問題。新聞・民放、野党に格好の攻撃材料。自分(山田秘書官)の担当(メディア担当)の立場でいえば、総理はよくテレビに取り上げてもらっており、せっかく上手くいっているものを民主党が岡田代表の出演時間が足りない等と言い出したら困る。民主党だけでなく、どこのメディアも(政治的公平が確保されているか検証する意味で)総理が出演している時間を計り出すのではないか。

 

(山田)だいたい問題になるのは「サンデーモーニング」「ニュース23」「報道ステーション」 だろうが、国民だってそこまで馬鹿ではない。今回の件は民放を攻める形になっているが、結果的に官邸に「ブーメラン」として返ってくる話であり、官邸にとってマイナスな話。

 

(山田)礒崎補佐官から総理アポの依頼は来ている。来週のどこかで時間を取ろうと思っていたが、このような話であれば、総理室からすれば、何でこんな話をこの時期に入れるのか? ということにもなりかねない。(総務省も)本気でこの案件を総理に入れるつもりなのか。 総務省も恥をかくことになるのではないか。

 

(山田)ひとまず「来週のどこかで総理の時間を取る」件は引き延ばすが、礒崎補佐官が別の(秘書官の)ルートでアポ入れをしてくるかもしれない。本件を総理案件から落とすよう総務省から礒崎補佐官にアプローチすべきではないか?(注:山田秘書官は、総理レクに は総務省同席せず、あくまでも礒崎補佐官の整理として総理に上げることについては理解 されていないようす)

 

山田補佐官は初めての女性の首相補佐官で、総務省に戻ったあとは官房長、総務審議官と出世して退官、その後、菅内閣では内閣広報官となりました。このときに、菅首相の長男からの接待問題が浮上、体調不良を理由に職を辞しています。「飲み会を絶対に断らない女」と以前に発言していたことが話題になりましたが、このやりとりだけを読めば、磯崎秘書官の介入を「変なヤクザにからまれた話」と見立てたうえで、総務省の立場に沿って、「放送の自由」を尊重する様子がうかがわれます。

 

内閣広報官時代には、菅首相の記者会見で東京新聞や朝日新聞をほとんど指名しなかったり、NHKの政治部長に「首相が怒っている」というクレーム電話を入れたと報じられたり、言論の自由を尊重する人物とは思えません。しかし、少なくとも、このときのやりとりは、総務省の言ってほしいことを存分に語っている感じで、総務省の「レク」というよりは、山田氏の「独演会」になっています。要点だけをメモする役所の文書では珍しく、オフレコ的なヤクザ発言を含め、山田氏の発言が長文になっています。総務省にとっては「溜飲を下げる」発言だと思われたのでしょう。

 

◆官邸対総務省の妥協の結果

 

磯崎補佐官が総務省に求めたのは、放送の政治的公平性について、「ひとつの番組ではなく、放送事業者の放送全体を見て判断する」というこれまでの基準だけではなく、ひとつの番組でも極端な場合などは公平性から逸脱するとみなす、と言うことを放送法の解釈として認めろ、ということです。総務省は、放送法の解釈の変更ではなく、「補充的な説明」ということで対応したいとして、磯崎補佐官と答弁のすり合わせをします。最終的には、ひとつの番組でも、「政治的公平を確保しているとは認められない」とする場合があるとして、以下のような場合を例示することで双方が折り合いました。

 

・選挙期間中又はそれに近接する期間において、殊更に特定の候補者や候補予定者のみを相当の時間にわたり取り上げる特別番組を放送した場合のように、選挙の公平性に明らかに支障を及ぼすと認められる場合

 

・国論を二分するような政治的課題について、放送事業者が、一方の政治的見解を取り上げず、殊更に、他の政治的見解のみを取り上げて、それを支持する内容を相当の時間にわたり繰り返す番組を放送した場合のように、当該放送事業者の番組編集が不偏不党の立場から明らかに逸脱していると認められる場合

 

実際の高市総務相の参院総務委員会での答弁(2015年5月12日)は、以下の通りで、官僚の用意した想定問答に沿っていることがわかります。

 

「ひとつ番組のみでも 国論を二分するような政治課題について、放送事業者が一方の政治的見解を取り上げず、殊更に他の政治的見解のみを取り上げて、それを支持する内容を相当な時間にわたり繰り返す番組を放送した場合のように、当該放送事業者の番組編集が不偏不党の立場から明らかに逸脱していると認められる場合といった極端な場合においては、一般論として政治的に公平性であることを確保していることは認められないものと考えます」

 

この答弁を受けて、磯崎補佐官は、以下のようにtwitterに投稿します。

 

「従来はその放送事業者の番組を総合的に見て判断するとしていたのですが、極端な場合は一番組でも、政治的公平性に反する場合があるとしたのです」

 

補佐官からすれば、政府の政策に批判的な放送があっても、これまでは、その局の放送全体を総合的に判断してという形で見過ごされてきたが、これからは政治的公平性に反するという理由で放送法違反だと問うことができるようになった、ということなのでしょう。

 

一方、総務省からすれば、放送法の解釈の変更ではなく、「補充的説明」だとして、個別の番組で政治的公平を判断しないという法解釈の本丸を守ったうえで、もし個別で判断するとすれば、「殊更に」、「相当な時間にわたり繰り返す」、「明らかに逸脱」、「極端な場合」など、いくつもの留保をつけ、個別の放送を取り上げることのない「一般論」にすることで、これまでと変わらないという従来の解釈を守った、ということなのでしょう。

 

集団的自衛権の解釈を変更させられた内閣法制局などに比べれば、総務省は官邸からの圧力に抵抗したといえなくもありません。この行政文書は、ヤクザにからまれたときにどうすればよいかのノウハウ集にするつもりだったのかもしれません。

 

高市総務相の悪ノリ

 

しかし、高市総務相は、この「補充的説明」に悪乗りするような形で、2016年2月の衆院予算委員会では、以下のような発言をしています。

 

「電波の停止は、私のときにするとは思いませんが、将来にわたってよほど極端な例、何度行政のほうから要請をしても、まったく順守しない場合に、その可能性がまったくないとは言えません」

 

放送内容によっては停波の可能性もある、というのは明らかに権力による「放送の自由」に対するおどしです。たとえば、台湾有事で自衛隊が参戦しそうなときに、それに反対する意見を並べた番組が出てくれば、「極端な場合」ということで、その放送局の放送全体が「停波」になるかもしれません。まるでロシアのようですが、この想定はありえないことでしょうか。

 

磯崎補佐官の「首が飛ぶぞ」「無駄な抵抗はするな」といった総務省の官僚に対する執拗な恫喝、「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要がある」といった放送メディアに対する弾圧論など、文書に記録された官邸側の発言を読むと、「停波」は夢物語ではないように思えてきます。

 

放送の自由を守るには

 

権力側がメディアに圧力をかけることは、どこの国でもあることで、最近では、英国の公共放送BBCが政権の政策を批判するツイートをしたスポーツ番組の司会者を降板させる事件があり、他の出演者たちが出演を拒否するなどの反撃があって、BBCは司会者の降板を撤回しました。言論の自由は、それを守ろうとする戦いがなければ崩れてしまうのです。(下の写真は、降板後・復帰した番組司会者のゲーリー・リネカー氏。この問題を報じるBBCのネットニュースから)

放送の自由を守るうえで、もう一つ重要な課題があります。それは、放送を監督する機関を政権とは独立した組織に委ねることです。具体的には、公正取引委員会のような独立委員会として放送委員会を設けることです。2009年に発足した民主党政権は、独立表製委員会として通信・放送委員会を設置し、総務省の通信・放送行政を移行することを公約としましたが、実現できずに終わりました。独立した行政委員会が本当に機能するかは、国民の監視が必要ですが、首相補佐官が「首が飛ぶ」とおどすようなことは避けられると思います。米国は連邦通信委員会(FCC)、英国は通信庁(Ofcom)、フランスは視聴者高等評議会(CSA)など先進国では、政府とは距離を置く組織が放送の監視や規制を行っています。

 

通信・放送行政という重要な権限を握っている総務省にとって、もっとも困るのは、このおいしいところを独立委員会に持っていかれることで、この行政文書にでも、長塩放送政策課長が山田首相補佐官にレクする場面で、そのことが記録されています。

 

(政策課長)海外の状況については、例えば仏CSAの「出演時間の通知」(注)がそうだが、いずれも規制機関が独立行政機関だからこそ与えられる権限。総務省のような政府機関が同等の権限を行使することは適しないとの議論があり、番組内容に対する監督が「組織論」に飛び火することを懸念。

 

筆者による注)CSAは大統領、与党、野党などの放送時間を集計して、公共放送における政治的な多元性が確保されるように監視している。

 

(補佐官)独立行政機関といえど、人事は国会同意になるだろう。NHKの経営委員会の委員も(同意人事という点で)同じで、「独立行政機関であれば政権与党の影響から独立」とはならないのではないか。

 

山田補佐官の「独立行政機関であれば政権与党から独立とはならない」という指摘はその通りだと思いますが、政策課長が懸念していたのは、この問題が「組織論」つまり、通信・放送行政の分離につながることでした。

 

“大本営発表”の恐ろしさを考えれば、放送の自由は、私たちの安全と命にかかわっています。今回の問題を高市氏の捏造発言に矮小化することなく、放送の自由、報道の自由につながる問題として国会で議論してほしいし、独立した行政委員会を設けて放送行政の権限を総務省から移すことを考えてほしいと思います。

 

(冒頭の写真は、高市早苗氏の捏造発言問題を報じるデジタル朝日の記事)


この記事のコメント

  1. 高成田 享 より:

    リネカー氏の降板をめぐる記述が不正確だったので修正しました。読者の指摘です。ありがとうございます。リネカーは日本でも活躍した元英国代表のサッカー選手ですね

コメントする

内容をご確認の上、送信してください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

社会 | 政治 | 文化の関連記事

Top