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田中直毅の「中国大停滞」論

2016.09.22 Thu
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経済評論家の「田中直毅氏」が四十年近い観察をもとに、渾身の書き下ろしをしたとのこと、それは、この三月に日本経済新聞出版社から刊行された「中国大停滞」と言う書名の力作です。三百四十一頁に渉る大部の著作ですので、その詳細を紹介することまでは出来ませんが、以下、ポイントを絞って、率直な拙コメントを記すことにします。

 

1  中所得の罠

中国は1992年の「鄧小平」の南巡講話以降、改革開放の加速により、超高度成長を遂げ、特に2000年のWTO加盟以後の僅か八年間に経済は一挙に四倍強に拡大、GDPの規模でそれまで第二位の日本を追い越し、第一位アメリカに次ぐ位置にのし上がって、世界の工場と言われるようになりました。誠に凄まじい発展ぶりです。

しかし、2011年頃から、経済は変調し始めます。それまで、どんどん労働力が新規参入して来たのが続かなくなり、賃金が騰がり始めて、対外競争力が失われる一方、公共投資などを優先する資源配分が余り変わらず、不動産騰貴が起き、また、環境問題が拡大深刻化して行きます。

ここで、共産党への権力集中と相俟って、経済発展の果実が普及均てんしてゆかず、一部に所得が極端に偏ったまま、伸び出した経済が腰折れし始めまています。最近、私が論評紹介した中国人学者「沈才彬(ちんさいひん)」の言う、「中所得の罠」が中国でも起き始めたのです。

田中直毅氏もこれを肯定します。遂に大幅な株価下落が起き、中国製品は売り負け、中国企業への欧州系銀行のファイナンスが拒否され、更に、鉄鋼、化学製品等の膨大な過剰生産能力が積み上がって行きます。そして、2014年から2015年に到り、停滞は一段と顕著・明瞭化して参ります。本年に入っても、事態は改善していません。

 

2 集権国家の罠

田中直毅氏は、これに加えて、政治、文化、歴史的視点を入れ、「集権国家の罠」と言うものを説いています。

第一は中国史で「天命は常なし」と言われて来た事への怯えです。それは中国に深く内在し、歴代王朝が抱いて来たもので、「天は状況と切り結び、成果を上げる限りにおいて、その権力のあり方を支持するに過ぎない。」とされてきた、易姓革命の伝統です。悪しき権力は取って代わられるのです。この認識は現共産党政権にも在るようで、その頂点に立つ習近平にも当然在る由です。現に在る課題状況としては、「腐敗の広がりであり、統治の仕組みの非効率化と問題処理能力の劣化」と申します。
この伝統と状況の下で、政権は常に正当性の確保を問われます。それは、中国の現状が少数者による独裁体制だからです。党員約八千万人と言われる中国共産党の支配体制は、13億の巨大人口に対する、僅か0.6%の共産党による独裁体制なのです。そこには、選挙や投票による支持、裏支えがありません。それは統治のあり方として、そもそも堅牢性、柔軟性を欠いています。
また、大問題とされる腐敗ですが、権力集中には必然的に伴うものと歴史的に知られており、対処する仕組みとして民意による民主政治や、権力を分かつ三権分立が考えられ、採られて来たのですが、中国では共産党独裁の下、現実に朋党跋扈が起き、大腐敗が蔓延顕在化している由です。ここに朋党とは、「ある種の人脈をもとにした相互の引き合いによる党派形成」の事を言い、これが現中国では凄まじいものになっていると申します。それは歴代王朝などでも止めどなく起きてきた事と言われ、将に現共産党政権も例外ではないのです。

斯く、集権の罠は深く恐ろしいものがあります。

 

3  幾つか例示する問題点と課題状況

更に、著者は中国の多種多様の問題点や課題状況を各所で記載、列挙しており、本当に圧倒されますが、ここでは特にそのうち、印象に残ったものを記しましょう。

1) 著者が国家統計局長から見聞したところによれば、「中国には統計法がないため、国務院の各部局に対する回答データは、徴税にも、あるいは賄賂などの認定の補助材料として使われるのでは、という猜疑心が回答側にあることを意味し、統計データの収集のためにのみ、回答個票が使われるという法制も慣行も存在しないなかで、国民所得統計を作り上げることは難しい。」と申します。要は、各数値がきちんとしたデータで無いまま、「掴みとして提示されるに過ぎない」と言うのです。 斯くして、そもそも「中国の統計など信用できない」と言われている事が分かろうというものです。
2) 共産党は市場を理解しない

鄧小平の1978年の「改革開放」以来、「社会主義市場経済」はすっかり有名になりましたが、それを推進する「中国共産党が市場を理解としているか」と言うと、大いに疑問があるようです。
一つは、まず前提として統計が信用できない訳ですから、「地方政府から上がってくるレポートをいくら丹念に読んでも、そもそもレポートが実態を映していない以上、正しい包括的認識に至るわけがない。」と言うことがあります。それに、国有企業とは、「たとえば借金ひとつとってみても、あるとき払いの催促なし」が実質的に許容されていると申します。こうした体制と組織運営の実態からすれば、中国共産党は、総じてマーケット・メカニズムを理解していないと言えるというのが、有力な仮説といわれます。
ただ、個々にはそれなりにマーケット・メカニズムを理解しているものの、「権限が包括的ではなく、各部署は与えられた権限の範囲内で行動選択を迫られるため視野の狭い
部分最適行動に走ってしまい、結果として全体最適に至らない」とする見方もあるようです。
3)   結社の自由なくして生産性の上昇はない

この事は、経済・社会・文化などの諸活動にとって決定的に重要な事と思われます。自由な提案、企画、自発的な行動、問題点の持ち寄りによる相談、議論、諸案の形成などなど・・・。

しかし、共産党の指導的役割の下では、「セクションを越えて議論するというのは謀議に近づく可能性があるという問題意識になる」由です。 全て、党の指導によるのです。企画も、人事も、財政も、会計も、会議も・・・。
斯くて、議論し、提案をまとめ、「政府に対する要望書の作成を行うなどの行為は原則的に禁じられ、ときには反党活動という扱いを受けることさえある」と申します。つまり、自主的なQC活動なども考えにくい訳です。

こういう所では、新しいアイデアも生まれず、新製品も登場せず、企画も発案されないでしょう。いわゆる生産性の上昇、向上は期待できないでしょうね。一方、鉄鋼や化学製品の過剰生産は膨大なものとなるでしょう。現にそうなっている由で、それは世界的な問題でもあります。

斯く結社の自由が無い事とは、その社会にとって、将に致命的な事であると思われます。

以上、この書は良き啓発書であり、専門書と思います。


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