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「ゲノムが語る人類全史」のラフな読後感

2018.01.12 Fri
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「ゲノムが語る人類全史」のラフな読後感
平成30年 2018 1月
仲津 真治

「ゲノム」とは、或る生物を造るために必要な遺伝子のセットの事の由、
それを「ヒト」について言うと、「ヒトゲノム」と言う事になります。この事に
関心があって、或る本を手にし、ここ暫く読んで参りました。 翻訳物ですが、
原題を「a brief  history of everyone who ever told: the stories in our
Genes」と言います。 原著者は、ダーウィンが「種の起源」を発表した事で知られるロンドン大学のユニバーシィティカレッジで博士号を取得した進化遺伝学者の「アダム・ラザフォード」です。

「brief  簡略」なとの事ですが、実はなかなか大部で、英文の混じる邦文で全445頁もあり、しかも、書の構成や文章が体系的で無く、且つ訳がこなれていないため、実に読解し辛い書でした。 因みに、訳者は科学ジャーナリストの垂水雄二氏、解説は国立科学博物館の人類研究部長の篠田謙一氏が書いています。

さて、私も何とか読み仰せた中で、拙印象をポイント型にまとめたいと思います。

1)  ヒトゲノムの解読の世界的なプロジェクトは、国際的な合意の下、1990年に始まったと申します。

その目標年次は十五年後の2015年頃でしたが、プロジェクトは実に順調に進み、各取り組みの協調連携が効いたのみならず、競争も働いて、ゲノム解読技術が大いに進展、新原理でDNA配列を読み取る、新手法の装置が登場、2010年頃には概ねの成果を挙げるに至った由です。 その頃には、古代人を含む、ヒトゲノムの解析が大きく進み、人類進化のシナリオが書き換えられる事態になっていたと申します。

ゲノムの事が分かってくると、あらゆる科学の分野に大きな変化をもたらした言います。なぜなら、ゲノムは生物の設計図にたとえられるものだからです。ヒトの姿、形、健康、病気への抵抗力、治療や薬剤の効き方、個人差など、みなゲノムが規定していると申します。斯く、各人について、その個体の能力、特性、可能性と限界、病歴、寿命まで語れるかも知れませんね。

広い学問の視野に立てば、医学、生物学、農学、化学など理科系の諸科学のみならず、人文・社会系の諸学問にも、其の影響が及ぶでしょう。取り分け、人類史の分野が最も大きなインパクトを受けていると聞きます。

即ち、文献、史跡、遺跡、遺物などによる「歴史学や考古学」だけでは分からなかった祖先の物語が、次々と明らかになりつつ在ると聞きます。 戦争、闘争と抗争、侵略と支配、移動、狩猟と漁労、家畜と遊牧、農耕、定住、疾病、性行動など人類の旅路や軌跡がゲノムで読み解かれるのです。

2) 人類の起源と拡散について・・・ネアンデルタール人との混淆

私ども人類は、通常ホモ・サピエンスと呼ばれ、進化の後、アフリカ大陸で
約二十万年前に発祥したと言われます。 ラザフォードの本書に拠れば、約十万年前にアフリカ大陸の一角から、一部が約五千人ほどの規模が分派し、アフリカを離れ、中東・ヨーロッパ、アジアなどの地へと移動し、やがて全世界へと拡散したと見られています。これを、「偉大なる旅, a great journey」と呼ぶ人も居る由、その過程で、既にヨーロッパを中心に棲息していたネアンデルタール人と中東付近などで遭遇し、交雑を引き起こします。 これは約六万年か前に起きたと推測され、期間は数千年に亘ったであろうと申します。

その交雑した根拠として、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人のDNAの混淆が生じたことが、主張されました。 その分析結果を主唱したのが、スェーデンの学者でドイツ マックスプランク研究所の人類学研究所ディレルターである「ステヴァンデ・ペーボ博士でした。 2009年の事で、私も「情報屋台」で紹介しました。 これを受けて、論争が起きたようです。

しかし、今度読んだ本は、もっと新しく、このペーボ博士の説を明瞭に肯定していました。ラザフォード博士のこの近著は、「自分のDNAに於けるネアンデルタール人の比率は、2.7%である」とまで断言しています。 そして、「私たちはかれらのDNAを持っている。 それは全ての人類に存在するわけではない。大部分のアフリカ人はごく僅かしか持たず、一部の東アジア人はヨーロッパ人よりも多く持つ。」と、ラザフォードは明言しています。 もう一つのヒト科に属するで、アルタイ山脈付近に居たデニソワ人」とも、現世人類は混淆しているようで、ラザフォードは肯定的に言及しています。

斯く、DNAが語ることは、実際、実に意味が広く大きいのでしょう。 更に、ラザフォード博士自身が、英国人を父とし、インド系の人を母とする混血であると言いますから、いろいろと考えさせられます。 当人は小さい頃、ガキ仲間に「パキ」との蔑称で呼ばれ、喧嘩になった思い出を語っています。 インド人もパキスタン人も宗教の違いこそあれ、所謂人種で見れば、南アジア共通の人々であり、風貌が同じように見えるからです。
3) 近親交配と中世史

近親婚の弊害は良く知られていたのに、それが色んな事情や理由から繰り返されたのは、王家や帝家の場合、突き詰めていくと、やはり権力の掌握・承継に在ったようでした。典型例を言うと、著者に拠れば、ハプスブルク家最後のスペイン王カルロス二世が1700年に死ぬまでに、この人々は「二百年に亘って、歴代の神聖ローマ皇帝に授けられてきた、他の追随を許さない権力と富を持ち、その期間を通じて、ヨーロッパ本土で最大の領地を支配してきました」。

彼らは他に類を見ない「ハプスブルク唇」(現代医学用語で言えば、下顎前突症)を持っていました。 この天与の印は、父から息子へ、また娘や母親を介して、何代にも亘って伝えられていきました。 それはカルロス二世が誕生する一世紀以上も前から、族外婚を止めていたことを意味していると言います。 この人達は、近親婚の弊害と言うより、むしろ御互いの婚姻の世界を誇りに思っていたとすら伝え聞きます。

こうした家系からは、短命、奇形、様々な異常、疾病、狂気などが生じたと申し
ます。原因や事情を如実に語れるのはDNAでしょう。 家系は、ツリー状に広がらず、むしろループ乃至ネットワーク状に閉じていたと言われます。 かくて、カルロス二世に至るハプスブルク家の場合、二百五十四人居るべき八世代以内の祖先が、僅か八十二人しか居なかったとの事です。 直系間すらあり、いとこ同士はおろか、おじ姪夫婦などざらだったと申します。

4) 進化は今も起きているか・・・ホモ・サピエンスの未来

これについて、著者は肯定的です。

ただ、注意して発言していると思えるのは、例えば、「鳥のように飛ぶようになる可能性」についてです。 懸かる、テレビのプロデューサーからの素人質問に対し、著者は「私たちは、既に飛行機や宇宙船を実現していて、自力で飛翔する必要は無い」と明言しています。 これは、物事の核心を突いた議論で、進化の本質に触れています。 ヒトは、自らの個体を進化させずとも、道具や機械装置を発明・工夫することにより、その必要に応え、欲望を満たすようになっているのです。調理器具や食器などと食事の関係もそうでしょう。こうしたことで、生物進化が不要になった事は、多々在ると思われます。

もし、全く何か良くからない非現実的な突然変異によって、萌芽的な飛翔能力を持った子供が生まれたとしても、地面に局限され、縛り付けられている我々を上回る利点はほとんど無いだろうと著者は言っています。

且つ、「その奇形性は、その人物を性的パートナーになり難くさせるだろう。」とも、明言しています。 「飛ぶ必要がない」と言う言葉とともに、これは至言と言うべきでしょう。

だが、「私たちのゲノムは進化が起こる場所なのです。」と著者は断言します。
そして、現に変化が起きているかも知れないところとして、視角の中の取り分け色覚を挙げています。 以下、それに触れます。

5 光と色覚の世界

我々人類は三色色覚であると申します。学校で教わった色の三原色で、光の波長の短い方から言うと、青、緑、赤であり、あとはその組み合わせで見ている由です。我々の眼の裏側にある光受容体の中の錐体が、この働きを持っているとのことです。

もう一つ桿体と言われるものが光受容体にはあり、暗い光と、動きを拾い上げるようになっています。色の区別の付かない暗闇の中で凝視すると、この桿体の働きに気がつきますね。

さて、話を戻して、私どもの錐体について述べると、多くの哺乳類ではそれが二種類しかなく、例えば、犬では青と緑しか見えないため、その見ている世界は青っぽいと言われています。これを反映し、犬が見ている光景が映画に映ることがありますね。他方、旧世界猿や類人猿はヒトと同じく三原色の世界に居る由です。いわゆる総天然色の世界です。

ところで、一部の女性は、四色色覚を持ちつつ在るかもしれないと
言います。これは少数の女性について研究されているようで、まれにしか出ない症例と言います。 この機能を持つ女性には、我々にモノトーンにしか見えないところでも色を見られると言います。 推測ですが、この人達には赤色より波長が長い赤外線の一部が見えているのでしょうか。 すると、世の中は一段と鮮やかなのでしょうかね。そう言えば蝶々は赤外線が見ているとの小論記事を読んだことかあります。

男女不平等との声が聞えそうですが、男にはもともと女なら出ない色盲が出ることがありますので、世の中は多様なのです。

懸かることが進化進行中の証左のひとつのようです。


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