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ペロシ訪台で高まる緊張

2022.08.04 Thu

米国下院議長のナンシー・ペロシ氏がアジア歴訪で台湾を訪問、蔡英文総統らと会談しました。これに対して台湾を中国の領土の一部と主張する中国は強く反発、台湾周辺で軍事演習を始めました。日本政府によると、中国軍が発射したミサイル9発のうち5発は日本の排他的経済水域に着弾しました。また、カンボジアで開かれているASEAN外相会議にあわせて行われるはずだった日中外相会議も中国側からキャンセルされました。

 

ペロシ訪台をめぐる国際的な緊張を、中国の台湾併合という野望や米中対立の構図から読み解くことは可能です。しかし、日本の国民がいまもっとも考えるべきことは、中国が武力で台湾を攻撃する「台湾有事」が起きれば、それが日中戦争につながりかねないということだと思います。

 

朝日新聞の社説「ペロシ訪台 軍事的な緊迫、回避を」(8月4日)を読んで、日本が戦争になるかもしれないという危機感がないのにがっかりしました。「緊張緩和に向け、日本も米中の『橋渡し役』の役割を十分に発揮すべきだ」という社説の結論はご立派ですが、そんなのんびりした「主張」でいいのかと思いました。岸田首相は訪日するペロシ議長に「火遊びはやめてほしい」と苦言を呈するべきだ、という主張こそが必要な時だと思いました。

 

台湾が民主主義を重んじる事実上の国家であるという認識は、民主主義を重視する国は共有していると思います。だから、中国が軍事力で台湾を屈服させようとすることには、多くの国が断固反対の声をあげると思います。しかし、「台湾有事」が起きた場合、ほかの民主主義国が台湾を守るため、中国に対して軍事力を行使するかどうかは別問題です。

 

米国のバイデン大統領は、ことし5月に日本を訪問した際に、「中国が台湾に軍事侵攻した場合、米国は軍事的に関与するのか」と問われ、「イエス、それが我々のコミットメントだ」と答えました。台湾有事に米国は軍事介入をする、と米国は宣言したことになります。ただし、米国は台湾とは、防衛義務を約束した安全保障条約を結んでいるわけではありませんから、台湾有事で米国が軍事介入するかどうかは、そのときの大統領や議会の判断次第だと思います。

 

一方、米国が台湾有事への介入を決めると、日本はどうなるのでしょうか。安倍政権下の2015年に決められた一連の安保法制によって、日本は、米国の要請を受けて米軍の防護や後方支援のため、「重要影響事態」あるいは「存立危機事態」を認定することになるでしょう。

 

「重要影響事態」で、日本の自衛隊は米軍の後方支援はできますが、米軍が戦闘状態に入った場合には活動ができません。したがって、集団的自衛権の発動になる「存立危機事態」だと認定することになるでしょう。中国からみると、台湾有事で出動する米軍は在日米軍が主となりますから、米軍との戦闘状態に入れば、中国軍が日本にある米軍基地を攻撃する可能性は高いと思います。そうなれば、「存立危機事態」を超えて、集団的自衛権ではなく個別的自衛権を行使できる「武力攻撃事態」になるのは確実です。つまり、日本は中国と戦争状態に入ることになります。

 

重要影響事態(後方支援)➡存立危機事態(集団的自衛権)➡武力攻撃事態(個別自衛権)の道筋は、絵空事でしょうか。台湾有事で米軍が軍事介入する可能性、中国軍が在日米軍の基地を攻撃する可能性、自衛隊が反撃のため中国軍と戦闘に入る可能性、どれも確率ゼロの絵空事でしょうか。

 

こうした想定をするときに、おそろしいのは、日本に選択の余地が少ないことです。台湾有事が起きたときに、日本の国民に、日本は参戦すべきかどうかアンケート調査をすれば、ノーという答えが大多数だと思います。しかし、米軍が台湾有事に参戦した場合、あれよあれよという間に日本は中国との戦争状態に入るのではないでしょうか。そうなった時に、日本は戦争に巻き込まれた、と言うのでしょうか。それとも安保法制を制定した自公政権を選んだのは私たち国民ですから、巻き込まれたというよりも、主体的に戦争を選んだと言うほうが正確かもしれません。

 

台湾有事による米中戦争を想像するときに、日米の非対称性が明確に出てくると思います。第1に、参戦の意志です。米政府は、民主主義の台湾を守るのは米国の責務だとして米軍を投入し、米国民の多くもこの決定を支持するでしょう。日本政府も参戦する場合には日本の国土と国民を守ると言うでしょうが、国民の多くは巻き込まれたという意識でしょう。

 

第2に、被害の非対称性です。戦闘状態に入れば、打撃を受けるのは兵士で、米軍も自衛隊も犠牲が出るでしょうが、中国軍による在日米軍基地への攻撃(おそらくはミサイル)が始まれば、犠牲者は基地周辺の一般市民にも及ぶのは確実です。自衛隊が本格的に参戦すれば、中国は日本全土の自衛隊基地を攻撃するでしょうから、基地周辺の市民の被害はさらに広がります。一方、極東から遠く離れた米国の本土は無傷ですから、一般国民に被害は出ないでしょう。

 

第3に、戦争のステージの非対称性です。米軍の台湾有事への参戦を第1ステージ、日本の関与と参戦は第2ステージ、中国と米国とが互いに相手国の本土を攻撃し合うのを第3ステージと考えてみましょう。そうすると、日本は第2ステージで国土にも国民にも相当な被害が及びますが、米国民が被害を受けるのは第3ステージです。米中は本格的な核戦争の前に停戦することになると思います。気が付けば、日中の国民には日中戦争以来の深い傷が残りますが、米中は戦略的和平ですませるかもしれません。

 

安倍元首相は2021年に台湾で開かれたシンポジウムに日本からオンラインで参加し、「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と述べました。元首相は、台湾有事の際の日本政府がとるべき政策を語ったのかもしれません。しかし、米国の台湾有事への参戦を前提にすれば、日本有事はあるべき論ではなく、必然ということかもしれません。

 

ペロシ議長の訪台を前にした米中首脳会談で、習近平国家主席はバイデン大統領に「火遊びをすれば必ず自らを焼く」と警告したそうですが、米国の火遊びで大やけどをするのは日本かもしれません。ペロシ訪台をめぐる緊張の高まりのなかで、安倍元首相の最大の置き土産は、安保法制だとあらためて思いました。

(冒頭の写真は、台湾政府のウェブページに掲載されていた米国のペロシ下院議長と台湾の蔡英文総統との会談の写真)


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