大手メディアが伝えない情報の意味を読み解く
情報屋台
社会
政治
経済

五輪組織委の汚職疑惑を考える

2022.08.21 Sun

東京オリンピックを運営する大会組織委員会で辣腕を振るった高橋治之理事(当時)が8月17日、受託収賄の疑いで東京地検特捜部に逮捕されました。東京五輪をめぐり、司法当局が動いたのは2度目です。最初は、日本が東京大会を誘致するため、国際オリンピック委員会(IOC)の委員を買収した容疑で、フランスの司法当局が捜査しました。どちらの汚職疑惑にも関係しているのが、広告代理店というよりはコンサル企業である「電通」という存在です。

 

◆トカゲのシャッポ切り

 

2020年の五輪開催地が東京と決まったのは2013年9月、ブエノスアイレスで開かれたIOCの総会でした。滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」という言葉とともに、安倍首相(当時)が福島原発事故の状況について「アンダー・コントロール」(統御されている)と語ったことが思い出されます。

 

この誘致成功の裏で買収工作があったことが明らかになったのは、3年後の2016年です。日本の招致委員会が契約していたシンガポールのコンサルタント会社「ブラック・タイディングス」(BT社)が当時、国際陸上競技連盟の会長でIOC委員でもあったラミーヌ・ディアク氏(1933~2021)を買収して、主にアフリカ票の取りまとめをさせたとの疑惑が浮上、フランスの検察が捜査に乗り出したのです。

 

この疑惑で、招致委員会の理事長で日本オリンピック委員会(JOC)の会長だった竹田恒和氏は2019年6月の任期とともに辞任し、東京五輪の晴れ舞台に立つことはできませんでした。捜査が進むなかで、招致委員会にBT社を紹介したのは電通だったこと、ディアク氏らとの接点は高橋氏だったことなどが報じられました。日本側の誘致作戦の司令塔は竹田氏ではなく高橋氏ということになります。だから、竹田会長の辞任は、トカゲのシッポ切りならぬシャッポ切り、と言われたそうです。

 

高橋氏は、招致疑惑の中心人物のひとりでしたが、組織委員会は高橋氏を排除することなく理事に抜擢しました。オリンピックはきれいごとではできない、ということで、スポーツ界に顔が効く高橋氏に頼ることになったのでしょう。

 

理事になった高橋氏の名前がメディアを賑わしたのは2020年3月、新型コロナウイルスの感染が拡大するなかで、東京大会の開催をあやぶむ声が出てきたときです。高橋理事は、個人的見解として「大会を1~2年後に延長するプランも考えるべきだ」と、米ウォール・ストリート・ジャーナル(3月10日、電子版)で語ったのです。

 

この高橋発言に激怒したのが当時の組織委会長だった森喜朗氏で、「軽率な発言」と無視する姿勢を示しました。しかし、高橋氏のメッセージは、五輪をテレビの放映権料で支える米国に向けて、中止ではなく延期にしましょう、という意図だったのでしょう。米国も延期に傾くなかで、組織委は3月30日、1年後に開催を延期することを決めます。組織委のシャッポの存在は軽視されたのです。

 

◆贈収賄を可能にした組織の体質

 

東京地検の捜査で、高橋氏が組織委で、どんな仕事をしていたのかの一端が暴かれることになりました。NHKの8月20日の報道によると、贈賄側になるAOKI会長の青木拡憲容疑者は2017年、高橋容疑者から7億5000万円で五輪スポンサーにならないかという話を持ち掛けられました。このスポンサーは「オフィシャルサポーター」という立場で、15億円程度というのが相場といわれていましたから、いわば半値で、この立場を手に入れることになります。

 

朝日新聞(8月21日)によると、大会の延期に伴うスポンサーの追加出資でも、各社1億円とされたのをAOKIについては1000万円ですませたそうです。高橋容疑者の逮捕容疑は、スポンサーの選定などをめぐってAOKI側から5100万円の賄賂を受け取ったというものですが、スポンサー料の値引きへの謝礼だとすれば、コンサル料も安いものということになるでしょう。

 

しかも、前述のNHK報道によると、AOKIが実際に組織委に支払った協賛金は5億円でした。AOKI側は差額の2億5000万円は関連競技団体への協賛金に回されると理解していたそうですが、競技団体に回ったお金は数千万円だったそうで、約2億円のお金が高橋容疑者の経営するコンサル会社に入ったことになります。

 

高橋容疑者は、仲介手数料の2000万円を除いた差額は、AOKIがスポンサーになったゴルフ大会を仲介した謝礼だと説明しているそうです。五輪のスポンサー料をめぐり、不透明な取引が行われていたのは明らかで、それを許すような土壌が組織委にはあったのでしょう。

 

その土壌を耕したのは電通という存在です。電通は、組織委に約150人の社員が出向していました。スポンサー契約を担当したのもこうした電通組だったため、過大な値引きが組織委内で問題視されることはなかったのでしょう。組織委としてのガバナンスの欠如で、その原因をたどれば、組織委の運営を電通が仕切っていたからだということになります。

 

◆五輪幻想とメディア

 

ところで、スポンサー収入が大きく伸びたのは、五輪の協賛会社は1業種1社という原則が東京大会では変更され、奉加帳方式でいろいろな企業から資金を集めたからです。これは高橋氏のアイデアだと本人が語っています。冒頭で掲示したパートナーリストを見ると、ライバル同士の大日本印刷と凸版印刷、ANAとJALなどが並んでいます。滑稽と言うしかないのは、読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞が「オフィシャルパートナー」に、産経新聞と北海道新聞がAOKIと同じ「オフィシャルサポーター」になっていることです。まさに新聞業界の横並びです。

 

新聞社が横並びで東京大会を協賛することになったのは、新聞社の経営を購読料とともに支える広告を仕切っているのが広告代理店としての電通だからでしょう。電通の顔を立てるためというよりも、協賛すれば五輪関係の広告が電通を通じて舞い込むという目算もあったからでしょう。

 

しかし、協賛するということは大会を支える側に立つわけで、メディアにとっては、報道する自由と抵触するリスクを抱えることになります。新聞各社がスポンサーに名を連ねたときに、これで五輪を批判できるのか、メディアの自殺行為だというという疑問や批判の声が起きました。

 

五輪が大過なく過ぎれば、五輪関係の広告も増え、結果オーライだったかもしれません。しかし、実際には、大会の再延長や中止を求める声が渦巻くなかでの大会となり、ワールドワイドサポーターという最上位のスポンサーだったトヨタが五輪関連の広告を自粛するなど、新聞業界にとっても捕らぬ狸の五輪になったことは確かです。

 

「協賛」と「報道の自由」とが衝突したのが朝日新聞の「夏の東京五輪、中止の決断を首相に求める」と題した社説(2021年5月26日)でした。よくぞ書いた、という賞賛とともに、大会スポンサーの会社が社論である社説で大会の中止を求めるのはおかしいという批判の声も聞かれました。実は、朝日の社内でも「衝突」が起きたようです。

 

鮫島浩『朝日新聞政治部』によると、掲載前日のデスク会で、五輪報道を担う社会部やスポーツ部を中心に、この社説に強い抗議が沸き上がり、編集局長と論説主幹が協議することになりました。その結果は、論説主幹がそのまま掲載するということで押し切ったわけですが、編集局内には不満が残ったと書かれています。著者はこの事件について、次のような感想を書いています。

 

国策の東京五輪を中止するよう訴える社説に対して批判一色に染まるデスク会の様子を思い浮かべ、朝日新聞は極めて深刻な事態に陥っていると痛感した。編集局のデスクたちは、国民の生命が危険にさらされているコロナ禍や国家権力が強引に開催しようとする東京五輪よりも、自分たちの社内的立場に関心があるとしか思えなかった。彼らは読者の立場から権力を監視するジャーナリストというよりも、上司から与えられた業務を遂行する会社員だった

 

私は、日本政府には五輪を開催する国際的な責任があり、それを果たすには、完全な無観客で感染リスクを減らしたうえで実施するのが最善だという意見でした。しかし、社説は一つの見識であり、スポンサーであっても批判すべきことは批判する、という新聞ジャーナリズムとしての矜持を示したものと評価しました。『朝日新聞政治部』を読んで驚いたのは、デスク会が社説の撤回でまとまり、編集局長が論説主幹と談判したということです。朝日OBとしての私の感覚では、なぜ朝日は大会の中止を主張しないのかと、編集局が論説を突き上げる、というほうがありうる姿だと思っていたからです。

 

◆官業コンサルとしての電通

 

新聞社が横並びで五輪の協賛企業に名を連ねたのは、電通を敵にしたくない、という思惑もあったからでしょう。五輪関係者も、スポーツビジネス界も、政界も、官界も、メディアも、電通という存在の影響力に屈しているように思えます。利用していると思っていたら、いつのまにか利用される立場になっているのではないでしょうか。

 

Wag the dogという言葉があります。シッポが犬を振り回す、という意味で、本末転倒ということです。電通と五輪、あるいは、電通と政府などのクライアントとの関係は、まさにこの状態になっていたのではないでしょうか。

 

私は以前、農林水産省のある政策を考える会の委員になったことがあります。会を重ねるうちに、開催場所が役所から電通の会議室になり、その会で提案された事業に大きな予算が付きました。事業そのものにそれだけの予算が必要なのだろうかと思っていたら、事業をPRするためだとして、テレビ番組のスポンサーとして大きな費用が含まれていました。広告代理店というよりは官業コンサルとしての電通の仕事ぶりを垣間見た感じがしました。

 

公正取引委員会は2020年12月、独占禁止法の「競争者に対する取引妨害」にあたるとして、電通に対して、「注意」の処分をしました。コロナ対策で設けられた「持続化給付金」の業務委託を受けた電通が再委託していた企業に対して、別の「家賃支援給付金事業」で、競争相手の博報堂からの委託を受託した場合、「出入り禁止にする」と圧力をかけたことに対する「注意」でした。

 

持続化給付金をめぐっては、経済産業省が2020年4月に委託した団体(一般社団法人サービスデザイン推進協議会)が電通に仕事を丸投げ、電通も下請けに再委託していたことがわかり、不透明な公的事業への電通の関与が国会などで追及されました。

 

会計検査院は2020年度の決算検査報告で、「持続化給付金事業の実施状況等」についての報告のなかで、中小企業庁から委託を受けた団体からの再委託率が99.8%、なかでも電通への再委託率が97.4%だったことを明らかにしました。また、再委託率が50%を超えているため、中小企業庁は理由書を提出させ、問題なしとの判断をしたのですが、検査院は「必ずしも再委託する理由が具体的、客観的に記載されているとは認められない」と記述しています。

 

公取委も検査院も、電通の目に余る行動には、注意をしているということでしょうが、電通の官公庁ビジネスを総体として、役所との癒着がないのか、トンネル団体を通じての契約を取り、再委託を受けるなどの不透明な取引がないか、同業他社を競争から排除する動きがないか、などを調べる時期に来ているのではないかと思います。

 

今回の事件で、高橋容疑者のカリスマ性を強調する報道が多く流れていますが、個人の犯罪が強調されればされるほど、それを許した電通の存在がかすんでくるからくりがあるように思えます。だいたい高橋容疑者がカリスマ的なビジネスマンなら、自分の経営するステーキハウスを大黒字にすることぐらい朝飯前のはずで、AOKIからの協賛金をつまみ食いして、赤字の穴埋めに使った、などという疑惑を持たれることがナンセンスということになります。

 

トカゲの本体とはだれなのか、シャッポもシッポも切り捨てて、考える必要があると思います。

 

(冒頭の写真は「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会公式報告書」に掲載されたマーケティングパートナーリスト)


コメントする

内容をご確認の上、送信してください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

社会 | 政治 | 経済の関連記事

Top