日ロ首脳会談の教訓は「現実」を直視すること
「2島+アルファ」との期待が大きかった日ロ首脳会談は、日本側の”完敗”で終わりました。ロシア側は、北方領土問題について、1956年に日本との間で結ばれた日ソ共同宣言にある「平和条約の締結後、ソ連は歯舞群島と色丹島島を日本に引き渡す」という条項から一歩も譲らないことを明確に示したからです。
安倍首相は、プーチン大統領との間で築いてきた個人的な”友情”によって、共同宣言を超えたプラスアルファを得られると期待していたと思います。しかし、プーチン大統領は、領土では譲らないというソ連時代を含めてのロシアの国家意志というかタテマエを最後まで崩しませんでした。
両首脳の記者会見で、安倍首相はプーチン大統領を「ウラジーミル」とファーストネームで何度も呼びました。プーチン大統領は、冒頭発言では「シンゾー」と呼びましたが、あとは「首相」だったように聞こえました。両者の会談や雑談のなかでは、「ウラジーミル」「シンゾー」の仲なのでしょうが、出るところに出れば、個人ではなく国の代表として振る舞う、というのが首脳の矜持なのでしょう。私には「ウラジーミル」という安倍首相の呼びかけが片想いに終わった今回の会談の「ウラミ」節のように聞こえました。
領土問題からみれば、成果の乏しかった会談でしたが、経済協力のほうは、いいとこどりをされたようにも見えますが、長期的にみれば、日本側にも利益をもたらす種になるかもしれません。北方4島での日本側への経済的な利益は限定的ですが、日ロ関係が改善されていけば、サハリン、シベリアなどのエネルギーを含めた開発に日本が参画する機会も拡大し、そこからの大きな利益が期待できるからです。
これまでもシベリアから送電線で電力を日本に送る「赤い電力」とか、天然ガスのパイプラインをサハリンから北海道・本州に引き込む計画とか、いろいろな構想が浮上するたびに挫折していたのは、日ソあるいは日ロの政治関係が妨げになっていたからです。それが取り除かれれば、日ロ間の投資や貿易が大きく拡大する可能性は十分にあります。アベノミクスの成長戦略でいえば、カジノよりはずっと”健全”なものになると思います。
ロシア側が歯舞・色丹の「引き渡し」(「返還」ではないというのが向こうの言い分)の具体化を示さなかったのは、日米安保条約の存在があるからだと思います。歯舞・色丹に米軍の基地が置かれることになれば、ロシアの太平洋の出入り口にあたる千島列島でのロシア艦船の航行に黄信号が灯る、という警戒感です。日ソ共同宣言による平和条約交渉がとん挫した大きな原因も日米安保だったといわれていますから、同じような状況が続いているということになるのでしょう。
今後の日ロの交渉では、「引き渡し」「返還」後の歯舞・色丹の「非軍事化」が焦点になると思いますが、ここで日本がロシアに譲歩しようとすれば、今度はアメリカが黙ってはいないと思います。今回の日ロ首脳会談についても、ウクライナ問題で経済制裁をかけているロシアに対して抜け駆け的に経済協力を打ち出したことをアメリカが快く思っているとは思えません。
沖縄でオスプレイが”不時着”した事故で、在沖縄の米軍トップが沖縄県の副知事に「住民に被害を与えなかったことを感謝すべきだ」と高飛車に言ったことが批判されています。記者会見の映像でも、この軍人は”逆切れ”しているように見えましたが、彼が怒っていたのは、自分たちが命を懸けて日本を守っているのに、米国の利益をないがしろにして、日ロ首脳会談が行われようとしているという状況認識もあったからではないでしょうか。下衆の勘ぐりかもしれませんが、日ソ・日ロで進展がみられそうになると、アメリカがちょっかいをいれてきた過去の歴史を思い返すと、”逆切れ”の真意を聞きたくなりました。
今回の日ロ会談の教訓は、首脳間の個人的な信頼関係などという幻想は捨てること、そして、ソ連の対日参戦の見返りに千島列島をもソ連に引き渡すことを約束したヤルタ秘密協定(1945年2月)から1956年の日ソ共同宣言、さらにはその後の交渉の経緯を見つめ直して、ロシアが「北方領土」に居座っている現実を直視することだと思います。
「お互いにそれぞれの正義を主張しあっても、この問題を解決することはできません」。これは、記者会見での安倍首相の発言です。まさに戦後70年の「現実」を直視した発言だと思います。保守派の安倍首相でなければ、保守派から袋叩きに遭う発言だと思いますが、この認識がこれからの交渉の出発点ということであれば、平和条約や道筋や経済協力の広がりが見えてくるように思えます。今回の交渉は、黒帯が白帯の挑戦をはねつけたごとくで、日本側の完敗ですが、日本には「負けて勝つ」という言葉もあります。ウラジーミル、私たちはそう思うことにしようと思います。
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北方領土問題解決のための夢物語
首相がプーチン大統領と会見している報道を、入院中の病床で聞き、はっきりしない頭で、下記のような夢物語を考えました。
「どちらの国にも属さない地域という発想」
四島で、日本人もロシア人も全く自由に出入りでき、経済活動、文化活動等も自由に、対等に行えれば、四島がロアシアであろうと日本であろうと関係ないという状況になるのでなかろうか。
そもそも、一般論として、領土を重視することがなくなれば、戦争が起きる重要な要素が一つ消えることになろう。
飛躍すれば、世界に国という制度が無くなり、人々は世界のどこにでも自由に住める状況を夢見ている。北方四島で、このような世界を目指すことも念頭にいれた実験を行ったらどうだろうか。