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アトキンソンの新・観光立国論で目覚める

2017.09.21 Thu
文化

平成29年 2017 9月
仲津 真治

デービッド・アトキンソンは前拙著で、その名を知っていましたが、英国人、
オックスフォード大学出身で日本学専攻、小西工藝社の代表取締役で
京都在住二十五年、裏千家茶名「宗真」の一方で、若き頃はゴールドマンサック
スなどでマネーゲームを熟知するに至り、これを達観したという経歴の持ち主で
す。現在も同工藝社にて、本邦各地を股に掛け、漆塗りの作品や和式建築物等の
復元・補修に活躍する傍ら、それを通じて、日本の文化財の保全に傾倒、遂に
日本観光の現状を「余りにもったいない」と警鐘をならし、本書のような観光に
懸る提言をまとめるに至りました。

以下、強く印象に残ったところを順次記します。

1) 日本の人口は十年ほど前に、約一億二千七百万人と最高に達し、以降、急激な
減少局面に入っていますが、人口という経済成長の最重要要因が減っていくため、
此の国は大変成長しづらい国となりました。これを克服し、経済発展の途を拓く
には、先ず生産の効率化、生産性の向上が考えられますが、それは先進国の中で
もルクセンブルクやノルウェーのような小人口の国ではあり得ても、五千万人以
上の大国では国際平均値辺りに収斂されていくものと言われています。 この事
は、主要先進国の一人頭GDPを見比べれば、どこも似たような所に在って、良く分
かります。

では、人口増のために移民を考えるとなると、そこには、宗教、民族、言語、
文化、慣習の違いなどの諸問題が噴出、山積する場がこの日本の国にも現出する
と見られます。英国人である著者も、郷里の祖国や内外の現状を見て、移民を推
奨しないようです。 要は、著者の言によれば「人は増えても住み着かないよう
にすることなの」です。

この方法を著者は、独特の言い方ですが、「短期移民」と呼んでいます。短期
移民は、出稼ぎ労働者ではありませんかから、仕事はせず消費するだけです。
ここに短期移民とは、即ち、外国人観光客のことです。 これぞ、日本が発展と
繁栄を続ける、数少ない残された道と言います。

(2)  日本が外国人の観光に、これまで力を入れてこなかったのは何故か。

著書の見るところ、これは徳川幕府の鎖国政策に次いで、明治以降の近代化
において採られた諸施策の所産のようです。 それらは有名なスローガンですが、
「文明開化」「殖産興業」「富国強兵」などに代表されるでしょう。

こうした官民揚げての諸方針、諸政策の下、一般にも、「観光を一段下に見る
風潮」が広まったようですし、旅館や店舗などにも外国人の客への対応を嫌がり、
避けたがる傾向が、つい近年までも長く続きました。 言葉や文化・風習などの
違いを忌避したのです。

(4) 観光立国の四条件とは、気候、自然、文化、食事と申します

著者は、簡潔にこの四点を、観光を支える四要素として揚げ、日本は
それらが揃っている希有な国だとしています。むしろ、条件と言うより、
欠かせない「要件」というベきかも知れませんが、日本は、それらを生かして
来ませんでした。 斯くて、「もったいない」と言う形容詞がこの著者からも
出るようなのです。訪日観光客数が増えてきたと言っても年間千三百人万位に
留まっているのですから。 もっとも最近急増傾向にあり、昨年は二千四百万人
を超え、今年はこの九月に二千万人を突破した模様です。でも、まだまだ少ない
と言われます。

ここで、著者曰く「感心するのは、フランス」です。諸々の事があって伝統的に
対立してきた英仏両国ですが、英国人の著者は「訪仏客が年八千万人を超え、世
界一位であるフランス」を褒めます。近くの英国は文化・歴史でフランスに対し
良い勝負をしているものの、リゾートでは山も海も大きく後塵を拝し、食事に至
っては、世界中から酷評されています。

私は、英国人自身が、自国料理のまずさを真正面から認めた文章を読むのは
これが初めてですが、情況は明白です。

其れやこれやで、英国は近くのフランスに順位を譲り、健闘しているものの、
訪英客年約三千万人で世界六位に止まります。

これに比し、米国は訪米客で年約七千万人とフランスに次ぐものの、観光収入で
二千億ドルを越し、他を圧倒しています。これは自然の雄大さとハリウッド、
ディズニーランド、ラス・ベガスなど文化面の特色が魅力になっているようです。
ヨーロッパに在り、自国にない歴史の深みを、新しい文化で補っているよう
ですね。

その点、日本は、治安の良さや鉄道ダイヤなどの正確さなどを強調しているよう
ですが、著者はピント外れとしてます。 治安は良いに越したことはありません
が観光判断で高い位置は占めず、鉄道の精確さは、多少の遅れは目をつぶるから、
高い運賃を下げて欲しいとの声が大きいようです。 この書物では日本二十一位
という統計を揚げています。

(5)  「おもてなし」と言うが、・・・・。

著者は、或るスピーチ以来有名になった、この言葉について、疑問を呈して
います。特に、「お・も・て・な・し」と区切って話されため、上目線を
感じた面もあるようです。欧米人は、普通この話し方には、そう感じるというの
です。

また、「おもてなし」とは、例えば、外国人に、言わずともさりげなく箸の代わ
りにスプーンを出すとしたとき、それを経験した著者は「あれと言う違和感を
持った」ことを語っています。 しかも、「そのとき、箸にして欲しい」と事前
に言ってあったので、何故また、わざわざ?」という面も有ったようです。

著者は、仮に、「日本人旅行者がフランスに行って、同国の料理を頼んだら、外
見が日本人なので箸が出てきた。」という事が起きたら、「どう思いますか」と
疑問を呈しています。

斯くて、あれやこれやの指摘をしたあと、著者は、観光立国になるためには、
「ゴールデンウイーク型の多くの人たちをさばく、また、日本人同士でわかり
合う観光」から、「お金を落とす客に来てもらう」発想への転換が必要とうった
えています。 其処で、ポイントは、お金にある由です。 観光客はお金を落と
してこその観光客であり、「おもてなし」をする価値があるというのです。
「それくらいの割り切りを」と著者は記しています。 現在、漆という文化財の
世界に居つつも、金融のビジネスで達熟した人物の透徹した考え方がよく出て
いますね。

(6)   市場開拓

著者は、「お金を落としてもらう」という発想から、日本に上客が来ていないこ
とを大変残念としています。 どういう国々が上客かというと、豪州、独、英、仏、

伊、露の各国からの観光客で漸く八位になり、米国、十位でチャイナが登場します。

それは何の順位かというと、観光支出額の世界ランキングなのです。

つまり、こうした上位国が余り、日本に来ていないのです。
日本は、豪、欧州各国、米国など対し、顧客開拓努力が足りないことが知られ
ます。

特に、豪州は意外でしたね。 著者自身も驚いたようですが、調べている内に
納得したと言います。かの国は、ニュージーランド以外何処も遠く、
訪れる国が遠くなればなるほど、長く滞在する傾向があり、お金を良く落とすと
いうのです。

斯く、市場動向や特性良く把握する調査や、対応と対策が欠かせないようです。
ただ、京都の「一見さんお断り」の伝統はどうなるのでしょう。ひとつの焦点で
しょう。

(7)   日本の現金主義にこまります。

日本は、現金がよく使われる国で、クレディットカードが余り使えません。
駅の切符売場で乗車券などを買おうとすると、機械が対応していないのです。
近くにATMがあれば、千円札や小銭を引き出すことが出来ますが、そうは行かない
のが普通です。各JRや私鉄のカードを買ったらと言いますが、日本に慣れない
外国人観光客に其処まで求めるのは無理です。

他方、ペルーのマチュ・ピチュの様な山奥でも、交通機関はクレディットカード
対応をしている由です。 これは、鉄道先進国日本の実は大きな課題でしょう。

(8)  超富裕層に向けた豪華ホテルの供給も

東京で帝国ホテル、ホテルニューオータニ、ホテルオオクラと言えば御三家と
言われる一流ホテル陣ですが、ここ十数年の間に、フォーシーズンズホテルに
始まり、リッツカールトン、ペニンシュラと言う更に高級なホテルが
出てきました。 供給不足に応えるためかと思っていたら、大きなポイントは、
超富裕層の需要に応えて言う面の高い事が伝わって来ました。

著者に拠れば、世界には一泊四百万円から九百万円のクラスの部屋を常宿とする
人々がいる由、その観光出費は当然大きなものになります。 これを当て込んだ、
豪華観光旅行も企画・実行されていることでしょう。 日本も漸く懸る層を掴み
始めたと言う事でしょうか。 彼らが落とすお金も莫大なものになり、観光収支
に大きく寄与することになります。

本書に拠れば、その対世界人口比は0.002%あり、ほんの僅かですが、人数にする
と十七万人余もあり、一人当たり金融資産三十億円以上と言います。 全く別界
の話しに聞こえますが、地球外で起きていることでは在りません。 しかも、
金融のプロの言う事ですから、真相を語っているのでしょう。 迫力があります。

(9)  もっと文化財を生かしましょう

著者は、日本の文化財の現状を、率直に言うと、「ただ、そこにある」と言うだ
けですと断言します。 観光資源にふさわしい修理や整備はおろか、まともに
利活用もされていないと言わざるを得ないとまで言っています。

これは、文化財行政が「保存」に重点が置かれているので、予算が少ないと言え
るようです。一方海外では、「観光」にも対応するために頻繁に小修理を繰り返
してといるため、予算が増える傾向にあるようです。

此処に、文化財を国民共通の財産とする考え方からすれば、保存と言う道が
導かれるでしょう。 他方、自国の文化を楽しみにやってきてくれる外国人とい
うお客さんに対して、お金を落としてもらうのに見合うだけの価値を用意すると
いう意味からすれば、其の方途を探ると言う事になりましょう。 実際は二つの
道のいずれかか、その組み合わせですが、今、大事な視点は外国人を重視した
観光整備にあります。それはほとんど唯一残された、日本の成長の道の感がある
のだす。

(10)   文化財には、説明と展示が不可欠です
特に、日本の文化財は非常にユニークなので、取り分け、欧米人などには
それが云えます。

大仏などの巨大な例外を除いて、地味だが良く聴くと「すごい」ものが多いと申
します。 典型例は、「京都二条城の大広間」で、そこで大政奉還の議が行われ
ました。 分かり易く丁寧な英語などの説明が欠かせません。なのに、それが
簡単な日本文の翻訳に止まり、不十分極まりないのです。 折角、日本の歴史や
制度を知ってもらう良い機会なのに・・・。

且つ、英語を母国語とする人がチェックした英文解説が必要と申します。
因みに、著者の本は、精確な、読みやすい日本語で書かれていますが、日本人の
精査を受けている由です。

(11)  色んな方法によるガイドが要ります

無料が当然という日本での発想は疑問で、有料化が喫緊の課題です。

(12)  多言語対応は欠かせません

なのに、多くの場合、英語以外は望めないという現実があるようです。
潜在需要は結構あ由です。 中韓とは限りません。

(13)  稼ぐことを意識する

日本では、「観光客にお金を使わせないようにする」のが「おもてなし」のよう
に思われていますが、それは違うようです。何でも経費がかかり、そのコストの
回収は当然出てきます。 更に、収益まで確保することを考えるものです。

仲津の経験では、シルクロードのサマルカンドの諸寺院で、入場料とは別に、
写真撮影代を一括して取っていました。

(14)  街並みの整備は急務

日本は、気候、自然、文化、食事の四点に、都市の文化を入れて考えると、
かなりマイナスが出ると申します。 京都ですら、ビルやコインパーキングが
無造作に並び、統一性のない雑然とした街になっているという印象なのです。
例えば、イタリアのベニスとそこは随分違いますね。

京都は本来博物館のような街なのに、風景や街並みよりも、清潔さや治安の良さ
が訪問外国人の満足感の上位を占めていた由です。これは、むしろ東京のイメー
ジというのが、著者の率直な評価です。 日本人も、ヨーロッパの街を見ている
のです。考えねばなりませんね。

(15)  観光は一大産業であると自覚すること

文化の享受と言う事になると、ほとんどの人は自国の文化だけで十分と申します。
みな、日本文化に興味がありますし、体験してみたいけれども、滞在している間
で充分なのです。 従って、その対価は戴きます。お金を落としてもらいます。

でも、日本文化を広めたいとか理解してもらいたいと言うのは、リスキーな
ところを伴う恐れがあります。 著者には母国の大英帝国の経験があるだけに、
この言動は意味深長ですね。

ともあれ、平成32年 2020年の東京五輪は、日本観光にとって、大きな試験のよ
うな体験になるでしょう。本格的に外国人観光客が増勢に転じ、二千万人に達し
た後で初のエベントとなるからです。 それに、それは、工業化後の日本の発展
経路を見る実験路ともなりましょう。


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