大手メディアが伝えない情報の意味を読み解く
情報屋台
文化
その他

ネットコミュニティの20年 

2017.10.13 Fri
atclub画面例199901

インターネットが一般個人に普及し始めた頃、それは「ホームページ」を見るためのものというイメージが強く、コミュニケーションの場という印象は弱かったと言えます。そのインターネットに、パソコン通信のフォーラムやSIG(スペシャルインタレストグループ)のように交流の場をつくる発想を受け継いで広まったのが掲示板やメーリングリスト(ML)です。これらは、ネットコミュニティの素朴な第1世代と言えますが、いまでもツールとして根強く使い続けられています。

現在第3世代まで来ているネットコミュニティの変遷を連載でたどってみたいと思います。

 

第1世代のネットコミュニティ

①パソコン通信のフォーラム 

パソコン通信は、1982年の回線開放を機に始まって、インターネットが隆盛になる1990年代後半まで盛んだったサービスです。回線開放とは電電公社(現NTT)が独占提供していた電話用の回線を、データ通信にも開放したことを意味します。それによって、NiftyサーブやPC-VANといったパソ通サービスが登場しました。

インターネットは、全世界に散在するコンピューター(パソコンを含む)をつなぎ合うことによってできあがった、中心のないネットワークシステムですが、パソ通はサービス提供会社のサーバー(大型コンピューター)に会員のユーザーがすべてぶらさがるシステムでした。そのもとで、会員は好きなテーマを掲げて会議室(フォーラム)をつくることができました。サービス提供会社が一元的に管理しているので、毎月の利用料200円という課金が完全にできたという特徴も忘れられません。

私は、Niftyのフォーラムにいくつか参加していましたが、そのひとつ「ビジネスヒントフォーラム」に入ったことが縁で、主宰者の松島庸さんと知り合いました。松島さんには、私がインターネットに取り組むようになってから、パートナーとしておおいに助けてもらいました。当時20代の松島さんの興した会社クレイフィッシュは後に、開設されたばかりのマザーズに上場を果たしました。(残念ながら、松島さんとは多少の行き違いがあって関係を解消していたので、未公開株を取得しておらずリターンを得ることはできませんでした。念のため。)

②掲示板、メーリングリストによる“部室貸し”サービス

掲示板でもっとも有名になったのは「2ちゃんねる」です。1999年に西村博之氏が創設したもので、だれでも自由に意見交換ができる場として、日本最大の掲示板に成長しました。無料で参加できて、匿名で好きなことが言えることから、タブーなき議論ができる機会を多くの人に提供しました。その反面、匿名同士で相手の顔が見えないことから、自制する力が働きにくく、発言者同士のケンカや非難の応酬が起こりがちであるという問題も発生したことはよく知られていることです。

メーリングリスト(ML)は、あらかじめ登録したメンバー全員にメールを同報できるしくみです。メンバーのある人が発言すると全員がその発言を読めて、こんどは読んだ人が返信すると、それがまた全員に同報されるということで、ネットコミュニティとして機能します。「そうだね」とか「いいね」というようなちょっとした相づちもいちいちメールとして配信されるので、メールがたくさんたまってしまうことからMLを嫌う人もいます。

しかし、きわめて簡易な手段なので、今でも同窓会やサークルなど、さまざまなグループでしばしば利用されています。

(参考) FreeML  http://www.freeml.com/

私が1997年に興した会社(未来編集)では、掲示板とMLをシンクロさせたサービスをNTTのマルチメディア部門と共同開発し、「アットクラブ」の名称で提供しました。いわばネット上のサークル会館のようなもので、誰でも好きなテーマの部室を持って、部員を募ることができるというものでした。当初Niftyの会費に合わせて月額200円という設定で、クレジットカードでも支払えるようにしました。

しかし、インターネットのユーザーは何でも無料という“常識”が支配していて、パソ通の常識が通用せず、会員はまったくというほど増えませんでした。当時の有力雑誌「日経ネットナビ」や「朝日パソコン」にもカラーの見開き広告を打ったのに、反応はほとんどありませんでした。そうこうするうちにガーラフレンドなど新規参入組が無料をアピールして登場、対抗してアットクラブも無料化に踏み切りました。すると、ユーザーは現金なもので、早々に3万人までふくらんだのです。長野オリンピックサポーターズクラブ、経営者クラブ、ハーバルライフなど、多彩な“部屋”が作られて、活発な交流が行われた部屋もありましたが、インターネットユーザーがまだマスの域に達しておらず、接続速度や料金の障壁もあって会員増には壁がありました。

機が熟して果実を取ったのはmixiでした。2004年にスタートしたmixiは、自由にテーマ設定をして交流の場を作れるサークル部室型のコミュニティサイトです。匿名でOKですが、招待制をとっているため、場が荒れにくいという特徴がありました。しかし、一般に日本における最初の有力SNSと呼ばれるmixiは、LINEやツイッター、フェイスブックの登場、発展とともに次第に存在感がなくなっていったのでした。  (つづく)

(参考)mixi   http://mixi.jp/


コメントする

内容をご確認の上、送信してください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

文化 | その他の関連記事

Top