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ユダヤ人を救った動物園

2017.12.31 Sun
政治

ユダヤ人を救った動物園
平成30年 2018 1月
仲津 真治
1)  実に重いアメリカ映画

原題は英語で「The Zookeeper's Wife」です。 取り上げているのは、主に第二次大戦開始直前から戦中、戦後に至るポーランドのワルシャワ動物園で、主役は園長ヤン・ジャビンスカと、その妻アントニーナでした。ドキュメンタリータッチの映画です。

上映が始まって直ぐ気がついたのは、アメリカ映画というのに、使われている英語が米国風でないことです。 いろいろチェックしてみて「こういう事のようだ」と見当が付きました。つまり、先ずヤンの話す言葉は英語なのですが、演じている俳優が「ベルキ゛ー出身」で名前がドイツ風なのです。その発音は癖がありました。

アントニーナはジュリアード音楽院演劇部門出身の米国人が演じていましたが、典型的なアメリカ英語では在りませんでした。 ヤンの妻であり、ポーランド人として出ているわけですから、これも理解できました。 斯く、いろんな人が出演していて、英語が使用言語であり、アメリカ映画なのに、随分雰囲気が違っていましたね。 他の言語の登場はほとんどありませんでしたが、ごく一部、ドイツ語らしいものが聞えて来ました。

これは舞台が主にポーランドであり、主に米国が戦争当事国で無かった頃の第二次大戦を扱っていることから来ているように思われます。

2)  独ソ不可侵条約の話題から漂う予感

映画は、ヤンとアントニーナの管理するワルシャワの大動物園の朝の開場の
当たりから始まります。 平和裏に開門され、家族連れが大勢やって来ます。何と、駝鳥などが結構放し飼いになっていました。 象や猛獣、猿は檻の中でした。

印象的だったのが、園の管理者などの集いが持たれた折り、立食パーティーが開かれ、ふとした会話で、アントニーナが「最近、独ソ不可侵条が結ばれたとのこと。ひょっとして独ソ両国の間に位置するボーランドに対し、何かあるのでは無いか。」と言ったのです。 かような国際情勢下、現下に比し、人々の間に斯くなる遣り取りがあったと言う事は、考えさせられます。

3)  果たして予感が当たる・・・ポーランドは攻め込まれた

間もなくの、1939年(昭和14年)9月1日、ナチ・ドイツのポーランド侵攻が開始されました。

この映画では、飛行機の微かな爆音が動物園に届くことで始まりました。 異変を察知した猛獣が唸り出します。 ちょうど開門後の挨拶と点検を兼ね、アントニーナが園内を自転車で走っているところでしたが、「何だろう」と上空を見つめ、自転車を降りたところ、空襲が始まり、間髪を置かずして近くで爆弾が炸裂します。 驚いたアントニーナは皆に声を掛けて急ぎ建物内に避難します。

幾つかの命中弾のため、檻が破壊され、動物たちが逃げ出し、我がちに走り出します。 映像では、虎とライオンが出くわす場面がありましたが、二頭が争うことにはなりませんでした。 空襲という異常事態で、猛獣どもも逃亡・退避を優先したのでしょう。 それにしても、こうしたところを良く撮ったものと思いました。 映画であれ、こうしたは場面を見るのは初めてです。

4)  英仏参戦、斯く第二次が大戦始まり、ソ連軍も侵攻

1939年9月3日、英仏両国が対独参戦し、ここに大国同士が戦火を交えるに至って第二次大戦に突入しました。

そして、独ソ不可侵条約の実質的効果と見られますが、それに隠れて結ばれていた独ソ間の秘密協定により、ソ連軍がポーランドの東部国境を越えて
侵入してきます。 1939年9月17日のことです。 東西から挟み撃ちにあって、ポーランドは独ソの猛攻に遭い、一ヶ月で陥落します。

もっとも、ポーランドはその後も果敢なる抵抗を続け、その政府は結局、英国に亡命政権を樹立します。 (随分と後日談になりますが、1989年に復活したポーランド政権は、その承継であると聞きます。其処に正統性の根拠をもたせた由。)

5)  ナチ・ドイツの動物保護政策と、動物園への甘言 そして人体実験の許容

占領後、早速ナチ・ドイツの西部ポーランド支配(東部はソ連)が始まりますが、その中で注目されたのは動物保護政策でした。 「ヘック」と言うベルリン動物園の要職にあった男が進駐してきて、「動物実験禁止」などに代表されるナチの哲学を披露し、アントニーナに「安心して良い」と甘言を弄します。

人の良い彼女は「それをすっかり信用し、一旦ヘックを頼りにします」が、帰宅したヤンに語ったところ、「ヘック」は動物学者と言いながら、ヒトラーの忠実な信奉者であるから、信用できない」と言われます。 斯くて、一度はヘックの指示に沿った措置が執られたものの、ヘックは数日したら本性を現し、園内にいた猛禽類が邪魔だと言って、これを拳銃で射殺します。

それにしても、ナチスの動物保護政策とは奇異に感じました。 動物の種は保護・保存されるベキと言い、動物実験禁止と主張するのですが、その一方で、ナチスはユダヤ人への差別的扱いを主唱、強制収容所や、遂には絶滅収容所を作り、所謂ホロコーストを実行しています。  その過程で、医学研究のためと称して人体実験まで行っていたと言います。 動物実験は禁止する一方、人体実験は許容したというのですから、均衡の取れない、本当に酷い話ですね。
ただ聞くところによると、懸かる人体実験は、医学の発展と研究の進展には
結局何の役にも立たなかったとのことです。 例えば、人体に塩酸を注射して反応を見たと言うのですからね。

6) 占領とワルシャワなどのゲットー そして其処からの解放・救出

ナチス・ドイツは占領すると、そこに居るユダヤ人を一定区域に閉じ込めて居住させる政策を採りました。 その地域をゲットーと言った由です。

ポーランドは戦前のヨーロッパで最大のユダヤ人人口を擁していたと聞きます。斯くて、その首都ワルシャワには多くのユダヤ人が集められ、それを狭い地域に押し込めて居住させる措置が執られました。ここに、ヨーロッパ最大のゲットーが誕生した由です。この映画では、1940年十月頃の町のようすが描かれていました。 閉じ込められた夥しい数の人々が、劣悪な生活環境の中、街中を歩く姿が映っていました。 ナチ・ドイツ進駐開始約一年後の、実に陰惨な光景です。

その頃、ある信じられないような秘密裏の計画が動き出しました。

この作品のハイライトは、このワルシャワのゲットーからのユダヤ人の解放・救出の実話です。

それは、日本人外交官の「杉原千畝」によるビザ発給の特別措置やドイツ人実業家「シンドラー」の自ら雇用せるユダヤ人の就業継続措置と並ぶ、命懸けの、人の生命を救うための、正義の行動と言われます。 この動物園の件の救出数は、約三百名と、先の二件を下回っていますが、同盟国の外交官である事や、ドイツ人雇用主の優位性であることなど、何れも持たないポーランド人夫妻の勇気ある行動なのでした。
詳しくは、全国各地で上映中ですので、御自身で、この作品を御覧になって戴きたいのですが、簡単に記すと、その動物園で園内に養豚場を作り、ドイツ兵の栄養源とするとともに、その養豚場に出入りするトラックに豚の飼料を積み込む作業をゲットー内で実施、その際、飼料の中に居住民を若干名我慢して潜り込ませると言う奇想天外なものでした。 ヤンの発案でした。 動物園管理者らしい発想と思いました。

7)  ワルシャワ蜂起のこと

映画は、この試みが何と成功し、ドイツ側に気づかれること無く、かなりの数の人をゲットーから脱出させたことを描いています。

だが、終焉がやって来ました。 今次大戦の初期に、ドイツと不可侵条約を結ぶ縁に在ったソ連ですが、次第にドイツと対立するようになり、遂に1941年6月その攻勢を受けるに至ります。 当初圧倒的に優位であったドイツですが次第に逆転され、1944年には明確に劣勢となります。

好機到来と見たポーランド側の国内軍と呼ばれる抵抗勢力は、ソ連側からの
呼びかけを受け、遂に対独の蜂起を起こします。 1944年の7月の事でした。そのとき、ソ連軍はワルシャワの郊外僅か十キロの所に迫っていたと言います。

ところが、結局ソ連側は動かなかったのです。 するとドイツ鎮圧軍は勢力を盛り返し、9月には大勢を決しました。ワルシャワ蜂起は失敗、反乱を起こした勢力は壊滅致しました。 反乱側に加わっていたヤンも負傷、行方が分からなくなったのです。 斯くて、養豚場作戦は終わりました。

それにしても、ソ連軍は何故動かなかったのでしょう。 西側で言われている有力な説は、ソ連側スターリンが、こうした勢力の存続を望まなかったというものです。 ワルシャワ近郊まで進出したソ連側にはルブリン委員会という自陣営側の勢力があり、ワルシャワ蜂起まで引き起こすような抵抗勢力が力を残せば、まずいと言う判断があったのでしょう。 まして、それがロンドンのポーランド亡命政権と繋がれば、一段と差し支えが出る感じがあるように思われます。斯くて、この際ドイツ側に潰させる方を選んだ感じです。この映画は、決起の攻防をよく描いていました。

前に少し触れましたが、1989年の東欧民主化により、東欧各国がソ連陣営から解放され、ポーランドにも自由国家が樹立されたとき、ロンドンにあった亡命政権の承継が正当性の焦点になったというのも、問題の根は深いと言うべきでしょう。

以上、この映画は実に大事な問題を取り上げていると思います。映画鑑賞の感想を兼ねつつ、拙見を申し述べました。


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