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石巻で見た高倉健の映画『鯨と斗う男』

2019.08.03 Sat

宮城県石巻市で、プロトタイプの高倉健を見ました。1957年に公開された『鯨と斗う男』(東映、津田不二夫監督)のフィルムを劇場用のデジタル版に転換して上映する映写会があったのです。

 

いまも残る捕鯨基地である宮城県牡鹿郡牡鹿町(現、石巻市)の鮎川が映画の舞台。捕鯨船のベテランの砲手(佐野周二)と新入りの砲手(高倉健)の対立と和解の物語で、デビューから2年目、26歳の高倉が一本気で曲がったことが大嫌い、女性にはストイックな山上洋介という男を演じていました。

 

山上には「忍耐」という要素が加わっていませんが、高倉を人気スターにした『日本侠客伝』シリーズ(全11作、1964~1971)や『網走番外地』シリーズ(全10作、1965~1967)、『昭和残侠伝』シリーズ(全9作、1965~1972)など東映時代を経て、独立後の『幸福の黄色いハンカチ』(1977)や『駅STATION』(1981)などに一貫して流れる「高倉健」というアイコンのプロトタイプ(原型)が『鯨と斗う男』に現れていると思いました。

 

この映画のポスター(写真参照)には「巨鯨を追って、男と女・意地と恋情が火花を散らす大型映画初の海洋活劇」と宣伝文句が書かれているように、物語は単純で、認下の機微が描かれているような名画ではありません。しかし、私は高倉健のファンというほどには彼の映画を見ていないのですが、高倉健のプロトタイプを見るという意味では、高倉健映画の研究には欠かせない映画だと思いました。

この映画を復活させたのは、石巻出身で、父が捕鯨船に乗っていたというノンフィクション作家の大島幹雄さん(66)です。「捕鯨で栄えた鮎川の原風景が写し出されている映画を鮎川や石巻の地元の人たちやゆかりのある人たちに見てもらいたい」というのが動機で、石巻の興行・企画会社、オカダプランニングとともに東映と交渉し、フィルムのデジタル化に必要な費用を負担することで、実現させました。その費用の約100万円は、全国からの寄付で賄ったそうです。

 

映画は8月2日、石巻市内にある宮城生協文化会館「アイトピアホール」で3回上映され、ホールに設けられた約100席の観客席は毎回、満員でした。私は初回を鑑賞しましたが、若き高倉健が登場すると会場からはため息が、鮎川の遠景や石巻の日和公園が写し出されると、ウォーというどよめきが聞こえ、映画が終わると大きな拍手が起こりました。泣くような映画ではないのですが、私にはハンカチが必要でした。

 

復活上映に際してつくられた映画のパンフで、ドキュメンタリー映画監督の青池憲司さんは「すべての映画はドキュメンタリーである」と題した解説で、次のように書いています。

 

「スクリーンに写し出されるのは、ドラマの周囲に実在する、港、町並み、路地、事業所、住宅など、労働者庶民の暮らしが見える『町の風景』である。それらは、鮎川や石巻の映像アーカイブとしていまに活きていて、これがこの作品の見所の一つである」

 

たしかに、捕鯨船が実際にクジラを捕獲する場面、水揚げされたクジラを解体するシーンなどは、捕鯨の映像として貴重であり、鮎川の鯨祭りシーンも、映画のロケのために繰り上げて祭りだったそうですが、クジラの山車が出てくるなど捕鯨でにぎわった町の風景を残す貴重な資料だと思いました。

 

映画会の前日は、石巻市の最大のお祭りである「川開き祭り」で、午前中から市内を流れる旧北上川では孫兵衛船の競漕、中心市街地ではいろいろな団体のパレード、そして夜には北上川河畔で盛大な花火大会がありました。私も久しぶりで石巻のさかな料理に舌鼓を打ち、花火を堪能しました。市内の料理店で出てきた刺身の盛り合わせには、ニタリクジラの刺身がありました。商業捕鯨に転じた母船式の捕鯨船団が沖合で獲ったニタリクジラの生肉で、7月31日に仙台市中央卸売市場に水揚げしたものでした。

 

石巻は、生の鯨肉を食べる文化があり、私も石巻に住んでいたときには、刺身や寿司に出てきたミンククジラの生肉を食べましたが、ニタリは初めて、なかなかの美味でした。7月3日に寄稿した「どうなる商業捕鯨」のコラムのなかで、「味覚はイワシのほうが上等」と書きました。たしかにイワシクジラの美味も忘れられないほどでしたが、「味覚はイワシに負けず劣らずおいしい」と訂正しておきます。

大島さんは、石巻の現在、過去、未来を語る「石巻学」プロジェクトを立ち上げ、『石巻学』という雑誌を発行しています。その3号は「牡鹿とクジラ」の特集で、食文化論の小泉武夫さんと石巻魚市場の須能邦雄さんと私の鼎談「クジラを食す」が所収されています。また、最新の4号は、「石巻にはいつも音楽があった」と題した石巻と音楽の特集で、私は、連載の「石巻さかな族列伝」で、石巻の漁師の話をかいています。

http://deracine.shop-pro.jp/?pid=120875260

http://deracine.fool.jp/books/isnmk/04.htm

 

(映画のスティル写真は@東映、拳を振り上げているのが高倉健、対峙しているのは佐野周二。ポスターの写真は、牡鹿交流センターに展示されているものを大島さんが撮影したもの)


この記事のコメント

  1. 考え人 より:

     クジラは哺乳動物で知能が高いし、保存種と言われてますよね。
     しかも、それを捕らなければ普段の生活がなリ立たないというわけでもないし、云わば、金儲けのためと世界中から猛反発を喰らってますよね。
     日本文化の後進性そのもと冷笑されてるだけ。
     いい加減止めたら!。

  2. マイケル より:

    ぜひ、試してみたいですね。映画から時代やのものを見るのが一番わかりやしいですね。

  3. 高成田享 より:

    クジラを食べなければ私たちの食生活が成り立たないわけではありませんが、鮎川(石巻)、太地(和歌山)など沿岸捕鯨の基地の捕鯨関係の人たちにとっては、生活の糧がクジラということになります。鯨肉の消費は減っていますから、捕鯨は衰退産業です。ですから、海外からの批判を避けることもあり、目立たないようにほそぼそと沿岸捕鯨が続けられるような政策を考える、というのが私の見方です。

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