大石芳野『あすへの記憶』を読む
写真家、大石芳野さんの近著『あすへの記憶』(日本経済新聞社)を読みました。戦禍を経験した人たちの話を中心にした50篇あまりのエッセー集です。ひとつひとつの作品は長文ではないので、次に読み進もうと思うのですが、それぞれが重いテーマのため、小休止が必要でした。災禍の記憶を次の世代に伝えていくという大石さんの思いが込められた読み応えのある本です。
「ノーモア」という一篇は、戦時中、ナチスに捕らえられ強制収容所に送られた経験を持つポーランドの芸術家、ワピンスキーの話です。森の中を散歩しているときに見つけた木切れを手にすると、「ノーモア」と聞こえたそうです。炎のような形の作品になった木切れは、「まるで強制収容所で犠牲になった大勢の炎」のように思えたと大石さんは書いています。ワピンスキー夫妻は、「ヒロシマ、ナガサキの意味も込めて」と言って、その作品を大石さんに託しました。
「傍らに置いた炎の作品を目にしながら考える。彼や多くの人びとの残酷な体験を歴史の彼方に葬らないために、わたしたちはどう生きたらいいのか。『no more』を心に刻み、今なお繰り返されている戦地の人々に思いを馳せる」(本書「ノーモア」)
心に染みる言葉です。この文章では、エッセーということもあるのでしょう、大石さんがいつワピンスキーに会ったのかという「時」は書かれていません。大石さんがホロコーストの生存者の取材したのは40年ほど前だと思われます。しかし、このエッセーのなかでは、絵を上手に描けたので収容所のペンキ塗りなどの仕事を得て殺されずにすんだ、という収容所の体験をワピンスキーが今も語っているように思えます。ワピンスキーの言葉は過去形ではなく現在形なのです。
「花嫁写真」という一篇は、広島で被爆し、孤児となった女性の話です。最初の結婚では、子どもができないのは原爆を浴びたせいだと離縁され、二度目の結婚では、夫から「被爆者はうつるけん炊事場に立って食え」と鍋ごと投げられ、そのまま家を飛び出したと書かれています。大石さんが話を聞いた時には、布団を敷いたまま、寝たり起きたりとあり、「ついには癌とは闘えなくなった」とあるので、亡くなったのでしょう。この話でも、いつ会ったのか書かれていないので、つい昨日の話のように思えてきます。
本書に登場するのは、ホロコースト、沖縄の地上戦、東京大空襲、広島・長崎の原爆、ベトナム戦争、ポルポト政権下のカンボジア、コソボ紛争、ミャンマーの民主化運動、クリミヤ併合など、過酷な状況を生き抜いてきた人たちです。第2次大戦中の話はもう80年前のことですが、その人たちの苦しみや悲しみは、古い話ではありません。今のパレスチナやヨルダン、ウクライナ、イランで起きている悲劇と変わりはないからです。この本を読みながら、「戦禍」は時代を超えて語られるべきものなのだと思いました。
大石さんの取材者としてのありようにも心を打たれました。相手の話をじっくりと聞いている、という印象を持ったからで、カメラは横に置いて、相手の話に聞き入っているのではないかと思ったほどです。カメラを構えたら、出てこないような魂の叫び声が書かれています。「花嫁写真」には、こんなくだりがあります。
「人懐こい笑顔で『ね、ここに泊まっていって』と、寂しさを言葉にして並々ならない彼女の人生を聞かせてくれた」(本書「花嫁写真」)
「泊まっていって」と言われるほどの信頼感と親近感を大石さんが得ていたことがわかります。題名の「花嫁写真」は、自分の花嫁姿の写真を広げながら、「人並みに結婚したかったの」という女性の言葉からとられています。被爆者にとって「人並みの結婚」がどれほど難しかったのか、思わずにはいられません。
本書の各章の終わりには、それぞれの話に関係する数枚の写真が掲載されています。じっくり話を聞くだけではなく、ちゃんと写真も撮りましたよ、という証しに思えます。広島の女性の写真は本書には収録されていませんが、カメラを横に置いたままではなかったようです。大石さんが2019年に出版した写真集『戦禍の記憶』(クレヴィス)には、この女性が布団の上に花嫁姿の写真を広げている写真があったからです。笑顔のきれいな女性です。
本書の収録されている写真のなかで、私にとって印象的だったのは、コソボの小学校で出会ったという少年です。少年の左目からは涙が流れた跡があり、右目は泣きはらしたあとのようにうるんでいます。ユーゴスラビアが解体される時期に、宗教や民族の対立から紛争が多発、アルバニア系住民を主とするコソボは、セルビア人を主とするセルビアから独立しようとして激しい弾圧に遇います。コソボのこの少年も、目の前でセルビア軍の兵士に父親を殺される体験をしました。本書の文章では、この少年が次ように描写されています。
「彼は泣くまいと心に決めていたらしいが勝手に涙が溢れ出た、と言わんばかりに戸惑いの指先で涙を拭った。それでも、涙は止まらなかった」
「残酷な体験を歴史の彼方に葬らない」ためには、多くの人々の行為の積み重ねが必要です。語る、書く、写す、といった行為です。大石さんが半生を賭けてきたのは、行く、聞く、写す、書く、といった営みの積み重ねなのでしょう。世界は、「平和」には、ほど遠い状態です。しかし、戦禍の記憶を多くの人々が共有すれば、戦争を煽るような政治家に「ノー」と叫び、退けることができると思います。本書からは、そんな希望も見えてきます。
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