自由と安全…米国映画「スノーデン」が提起するもの
この程、関心があって、この「スノーデン」と言う映画を鑑賞しました。実に込み入った話しで、実話をもとにしており、昨年つまり平成28年(2016)に出来た作品です。ただ、事実と異なる所も、程々に在る由、脚本家(ハーバード卒)、監督(オリバー・ストーン)、主な俳優、制作スタッフなどは主にアメリカ人ですが、制作国は米国と、何故かドイツ、フランスとなっていました。その事には制作費の負担と撮影場所が関連している様で、いろいろ在った由。上映時間は二時間を優に越し、実に135分もあって、鑑賞するのは随分くたびれました。
1) 作品の舞台
作品の舞台は、香港に始まり、米国のジョージア、首都ワシントンやメリーランド、ボルチモア、ハワイのオアフ島、スイスのジュネーブ、英国のロンドン、日本の横田、ロシアのモスクワ、中東の某所などなど、関連場所を含め転々としていて、それだけ、主人公スノーデンの仕事や活動の範囲が広いと言う事を示していました。
なお、諸々の経緯もありますし、評判の映画とみえて観客は結構な入りでした。以下、印象に残った所を中心に、粗く記します。
2) スノーデンの卒業校と職場
先ず、ご当人は、日本でも報道されたように、現在も存命で36歳ほど、今はロシアに住んでいて、モスクワに居る様ですが、具体の所在は明らかにされていません。
スノーデンは非常に頭の良い人物のようですが、いろいろ事情があって所謂エリート・コースに乗れず、コミュニティ・カレッジに入り、其処でコンピューターに精通するようになって、高卒相当の資格を得ます。そして、その頃縁あって、ボルチモア近郊の街、エリコットシティーに母とともに住まいますが、その町には、米国政府の国家安全保障局(National Security Agency)が置かれていたのです。スノーデンは、その施設に関心を持ち、自然とNSA等の事に詳しくなります。(彼を演ずる男優は屈強なタイプでなく、小柄で、報道で知られた本人に良く似ていました。)
ところで、此処に略称「NSA」とは、米国の情報機関の一つで、1949年に設立され、国防総省に属し、情報通信機器を駆使した諜報活動を行っていて、且つ、他国のそうした活動から自国を守る、所謂カウンターインテリジェンスも所掌する機関と言います。因みに、よく知られるCIA(中央情報局)は、NSAとは違い、ヒューミント(人間活動)に重点を置いている機関と言われます。
さて、国家・公共の事に関心が強くなっていたスノーデンは、2003年、折から始まったイラク進攻を契機に、陸軍に志願、特殊部隊に入ります。その訓練の様子が映画で描かれていましたが、上官から、激しく罵倒されながらも、大声を出しつつ、従容と凄まじい特訓に励む姿に、圧倒されました。されど暫くして、スノーデンは不注意から重傷を負い、両足骨折に見舞われて、やむなく除隊となります。失職したスノーデンは、結局コンピーターの技量を生かして何とか収入を得、国家に奉仕しようと、かねて住んでいた町に所在し、興味のあったNSAを訪ねて仕事を得たのです。
その就職の最初のシーンは印象的でした。スノーデンが訪ねた所は、まるで工場か倉庫でして、たくさんの諸装置が置かれ、管理に当たる職員がしきりと作業していました。すると、コンピュータ学校に行っていたスノーデンは、こうした物に通じていたからか、「それはエニグマか?」と尋ねたのです。因みに、「エニグマ」とは、ナチドイツが開発した、極めて優れた暗号装置の名称です。職員は嬉しかったのか、「違う。エニグマはこちらの方だ。」と思わず本当のことを教えてしまいます。映画とは、こうしたシーンをきちんと盛り込むのですね。
3) NSAで体験し、活躍し、高い報酬を得るようになった一方、其処で関わり、加わるようになって行った事
スノーデンは、同所で水を得た魚の如く活躍し始めます。そして、国際連合の欧州本部があるジュネーブ始め、各地・各機関にも出張して有能振りを発揮します。また其処は、さすが米国の諜報機関、それぞれに、出先機関やエージェント、そして諸装置が在るのでしょう。スノーデンは、それらを駆使し連携して、成果を上げていきます。彼はやがて評価され、その能力を活かすべく、CIAのスタッフともなります。つまり、兼任ですね。その報酬は高くなり、やがて年20万ドルに達したと申します。
しかし、スノーデンは、その一方で自分の仕事や取り組んでいる事に疑問を感ずるようになりました。各機関やプロジェクトに、市民自身を監視し、その情報を集め、何かに役立てていることが分ってきたからです。さらに、それは対立国とだけでなく、同盟国の首脳などにすら、及んでいることが判明してきました。
4) 上司に疑問をぶつけるようになる
こうした事から、スノーデンと、彼を評価し、何かと支え、引き上げてきた上司との間で、意見の食い違いが生じ、直接か装置を通じてなど、あれこれと遣り取りが行われます。
スノーデンは言います。「アメリカ合衆国は、その建国の理念に立つ自由・民主主義国である。然るに、この情報機関が行っていることは、市民の監視であり、そのデータを収集することであり、それは人権を侵害している事になる。間違っている。」 法理から言えば、その通りでしょう。
これに対し、上司は、懸かる「普遍の理想」は否定しないまでも、「市民が求めているのは、実は安全なのだ。」と語り、現実的観点からも事象を見るように、穏やかに説得します。両者の間に議論は続き、収斂しませんでした。ここも見ものですね。
以上のことは、国の基本となる原則と、現実の安全との比較考量の問題です。これは容易に解ける問題ではありません。読者におかれても、この作品を実際に御覧になって、お考え頂きたいと思います。
然りながら、周知の通り、現実にスノーデンは行動を起こしました。それは勤め人の立場を考えれば、随分、思い切ったものと云えるでしょう。
5) スノーデンの行動
斯くて、最後のところでですが、スノーデンは既報のように、遂に立ち上がり、報道機関とコンタクトを持ちます。その直前、リンゼイ・ミルズと言うガールフレンドに内々の相談をし、打ち明けます。うすうす気がついていたリンゼイは悩みますが、結局は同意し、行動をともにします。ここのところの二人の遣り取りの場面は心理描写を含め、なかなかのものでした。将に一見に値します。
斯くてリンゼイも今は在モスクワの身です。米国から移り、何もかも激変している事でしょう。
6) 上司との遣り取りで、ひとつ目を引いたのは、両人の対話が狩猟の場面を活用して行われることです。これは、この映画がコンピュターや機器、映像装置などが盛んに使われるシーンが続くので、鑑賞者の関心を持続するために工夫したものと思われます。疎林から次々と飛び立つ雉子を三羽も撃ち落とすところが映されていました。此処は、この映画で猟銃ながら銃器が使用される唯一の場面ですが、スノーデンは上司から「初めてと言うのに、良い腕をしているな。」と褒められます。彼の答えは「軍隊に居ましたから。」 猟犬ではセッターやゴールデン・リトリーバルが見せ場を作っていました。
7) 伝えられる「プーチンの言」の意味
スノーデンは、自身が志願して特殊部隊に入るほど愛国者でしたが、その行動は、結果として彼自身の祖国アメリカを裏切ることとなりました。
これを見て、ロシアの指導者プーチンは、期間を限り、スノーデンのモスクワ滞在(亡命)を認めたものの、「その間、米国の利益を害さないこと」と言う条件を付けたと言います。これについては、「プーチンからすれば、自国に反する事をするなど許せない。」との心情が働いていたとの「解説」が伝えられています。それは、プーチンのロシアが米国と対峙しているものの、各々の祖国についての共通する立場が在るはずとプーチンが認識しているからと推測されます。
これに対し、スノーデンは、「米国の情報機関のしている事には問題がある。」と考えていましたら、彼は当初、このプーチン側の条件を拒否していました。しかし、遣り取りがあって、結局は従ったと言います。なかなか、この辺り、意味深長なところがありますね。
ともあれ、こうした映画が鑑賞できる自由は貴重です。
御関心のある方は、全国各地で上映が続いていますから、是非と存じます。
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